異世界金融譚-パーティーを追放された上に連帯保証人にされた俺は大穴ペガサスに人生を賭ける-
「クリス!お前はクビだ!!」
俺はクリストフ。
たった今冒険者のパーティーから追放された24歳だ。
「折角拾ってやったのに役に立たねぇお前が悪い!パーティーにお荷物はいらねぇんだよ!」
「そんな…」
突然のことに頭が真っ白になった俺にリーダーのヨニゲールが紙を突きつけてきた。
「仲間ヅラされんのもムカつくからな。今後二度と関わりませんって一筆書いてもらおうか!」
「本気なのか…?分かった」
俺がなんと言おうと意志は変わらないらしい。
俺は言われた通り誓約書に名前を書いた。
その一ヶ月後。
「元金500万とトイチの利息一ヶ月分。占めて650万ゴード…、お支払い願えますか?」
俺は色素の薄い桃色の髪が印象的な青い瞳の女の子に捕まってどこかの建物に連れてこられた。
「ヒュー!随分摘んだなぁ兄ちゃん!」
「お嬢が優しいうちにジャンプした方が身のためだぜ!」
そこにはどう見てもカタギには見えない所謂訳アリという感じの人間が大勢いた。
状況が飲み込めない俺に女の子が名刺を差し出す。
「私はこういう者です」
「トルタタン金融代表取締役、フランエルマ…?」
「ヨニゲールさんをご存知ですか?」
「あぁ」
「あなたはヨニゲールさんが借りた500万ゴードの連帯保証人となっています。そして彼が蒸発したことであなたに返済義務が発生しました。ここまではご理解いただけましたか?」
とても丁寧で穏やかな口調で話す彼女だがその目は虫の死骸でも見るかのように冷え切っている。
「待ってくれ!借金っ!?保証人!?そんなの知ら…」
彼女は俺の前に紙を突きつける。それはヨニゲールに名前を書かされたあの紙だった。
「この通り借用書もあります。言い逃れはできませんよ?」
「だーははは!ばっかでぇ!!」
「俺のレンホにもなってくれや!今度でけぇレースがあんだよ!」
似たり寄ったりの連中が俺を笑うが何も言い返せない。
「ご理解いただけましたか?」
「ふざけるな!なんで俺が払…」
「やめろ兄ちゃん!」
相手は女の子。その気になればどうにでもできる。
そんな甘い考えはフランエルマが俺の首を掴んだ瞬間に吹き飛んだ。
俺も冒険者の端くれ。魔物ともそれなりに戦って死線をくぐり抜けたことだって何度もある。
なのに、彼女の手が全く見えなかった!!
その細腕からは想像できないほどの力で締め上げられてしばらく呼吸が止まる。
たまらず両手を上げて降参のポーズを取るとようやく離してくれた。
「がはっ!げほっ!!」
「それが連帯保証人です。恨むなら迂闊な自分を恨んで下さい」
「うぅ…!」
「彼らはカモを見つけては似たようなことを繰り返していたそうですよ」
「なっ!?じゃあ…」
「最初から騙されていたということです」
「それが分かっててなんで俺に請求するんだ!?」
「債務者が逃げたら連帯保証人が払う。当然の話でしょう?」
俺の目の前が真っ暗になった。
500万の借金?紙切れに名前を書いただけで…?
「諦めな。蒼眼の悪魔からは逃げられねぇよ」
「お嬢も鬼じゃねぇ。返せねぇなら仕事紹介してもらいな」
「10日で50万だぞ!?そんなの生まれ変わったって返せるか!」
冒険者としてはヘボもいいとこでまともな職にも就いてない俺には元金どころか利息すら払えない。
俺はこれから一生法外な利息を払うために働かなきゃならないのか…!
「ぐっ…ふぅっ…!!」
「あーあ、泣いちゃった」
今はただ現状を諦めて泣き続けることしかできない。
どれほどそうしていただろうか?
フランエルマが蹲って泣きじゃくる俺の前に鞄を置いた。
「分かりました。特別にチャンスをあげましょう」
そう言いながら開いた鞄の中には見たこともないほどの札束が…
フランエルマはそのうちの一束を俺の前に置く。
「追加で100万ゴード融資します。これで逆転を目指してみませんか?」
「はっ?逆転…?」
「なっ!?ずりぃーぞ兄ちゃん!」
「お嬢!俺にもそれ貸してくれよ!」
債務者達が騒ぐのも無視してフランエルマは続ける。
「一週間後にジェンアルーエ公国で翔馬が開催されます。これを元手にすれば借金を帳消しにできるかもしれませんよ?」
「ギャンブルで稼げってか?ふざけるな!それだって借金だろ!?負けたら借金が膨らむだけだろうが!」
「では他に返済する方法があると?」
「なっ…!?」
「今更100万増えたところで変わりませんよ」
「いや変わるだろ!?」
「いらねーなら俺に回せ!」
「いや俺だ!」
確かに100万使って勝てれば借金を帳消しにできるかもしれない。
だが負けた場合更に地獄に堕ちることになる。
負けても地獄、何もしなくても地獄…
「話はここまでです。次は返済計画について話し合いましょう」
いつまでも煮えきらない俺にしびれを切らしたのかフランエルマは札束をしまおうとする。
俺は反射的にその手を掴んでいた。
「やる!やらせてくれ!!」
どうせ落ちるなら前のめりに落ちてやる!!
今思えば俺はあの場の空気と垂らされた希望の糸に目が眩んでいたのかもしれない。
一発逆転と再起を懸けた100万ゴードは…
「嘘、だろ…?」
一瞬で10万ゴードになってしまった。
自慢じゃないが俺は生まれてこの方一度もギャンブルをやったことがない。
そんな俺が初めてのギャンブルで一攫千金なんて狙えるか?
答えはNOだ…
「けど、翔馬って面白いな」
翔馬とは簡単に言うと羽を持つ馬、ペガサスの空を駆けるかけっこだ。
どのペガサスが勝つかに金を賭けるとてもシンプルなものだけどそれ故に奥が深い。
スタートの瞬間から始まる馬と騎手の駆け引き、ペガサスという言葉がわからない生き物のままならなさ、そして最終直線での死力を尽くした手に汗握る攻防…
こんな状況じゃなきゃもっと楽しく観戦できただろう。
「わ、わかんねぇ…!」
ついに後がなくなった俺は次のレースに出るペガサスがグルグル歩き回ってるのをぼーっと眺めていた。
パドック、というらしい。
素人目には大きいか筋肉質かくらいしか分からない。
どれもこれも同じにしか見えない中、二頭だけ目を引くペガサスがいた。
一頭は黒くて大きめな全身ムキムキなペガサス。
もう一頭は灰色のほっそりしたかわいらしいペガサス。
「ルナーが大穴とはすごい面子だな…」
「えっ?」
声に振り返ると新聞を持ったおじいさんが立っていた。
「ルナー?」
「スマールナ。あの芦毛さ」
おじいさんが指差したのはさっき俺が見てた灰色のペガサスだ。
「まぁグラノアレグロが出るんじゃ無理ないな」
「もしかしてあの黒い奴ですか?」
「あんた翔馬初めてかい?」
「えぇ」
「勝ちたいならグラノに賭けてみな。配当はしょっぱいがな」
それだけ言っておじいさんはペガサスを見るのに集中し始めた。
おじいさんの言う通り当てるだけなら勝てそうなのに賭けた方がいいんだろう。
でも、配当を見る限りグラノアレグロは1.1倍のダントツ一番人気。
10万賭けて勝ったとしても11万。500万どころか追加の100万にも到底届かない。
対するスマールナとやらは最低人気の200倍。
ほぼありえないとしても全額賭けて勝てば2000万ゴード。
借金帳消しどころか差額で人生をやり直せる。
この後もレースがある。けどっ!大きく金が動くのはここしかない!!
「決めました」
「おんっ?」
「俺、スマールナに賭けます!!」
そして出走5分前。
俺は…賭けたことを後悔していた。
「無名の騎手なんて聞いてねぇぞ…!!」
なんでも騎乗予定の騎手が怪我で乗れなくなったらしく急遽乗ることになったのがかなり若い…いや、幼いと言ってもいいくらいの騎手だった。
シルフと言うらしいそいつの来歴は一切不明。
目元を覆う仮面で顔を隠してる胡散臭い奴だ。
「大穴にはワケがあるってこった。勉強代になったな兄ちゃん」
さっきのおじいさんが俺の横でけらけらと笑う。
「そんな…!!」
待ち受けている最悪の未来に絶望している間にゲートが開いてペガサスが一斉に飛び出していく。
【各馬一斉にスタートしました!ハナを切ったのはやはりこのペガサス!8番スマールナ!】
「えっ?」
信じられないことにルナーが先頭を飛んでいた。
一番人気のグラノアレグロは真ん中少し後ろくらいだ。
このままゴールすれば…
「そう甘くはないぜ」
「どうしたんですか急に?」
「ルナーは逃げだから先行してるだけだ。後続は追いつけないんじゃなくて脚を溜めてチャンスを窺ってるのさ」
「えっと、つまり…?」
「スパートかけた後続に抜かれたら終わりってこった。今回は全員がグラノを恐れてスローになってる。あいつらが脚を使えばひと溜まりもないだろうよ」
正直何言ってるかほとんど分からなかったが楽観できないことは分かった。
一分一秒も見逃すまいとレースを凝視する俺の目の前でついにレースが動く。
悪い方向に。
「あ、あぁ…」
「もうへばったか。スローだってのに情けねぇ」
さっきまで先頭を飛んでいたルナーの速度が目に見えて落ちてきたのだ。
その背にじりじりと近づいていく後続のペガサス。
ルナーはどんどん距離を詰められ馬群へと呑まれそうになる。
けど、ほんの紙一重の差で踏み止まって逃げ続けている。
後続のペガサス達は前が詰まったことで群れの密度が増し、その状態で最終コーナーを回って最終直線へと向かう。
これでルナーが呑まれたらルナーも俺も終わる。
だが…
「っ!?」
「加速しやがった!?」
最終直線に入ったルナーは後続を突き放してぐんぐんと速度を上げていった。
「すげぇ!ルナーの陣営は当たりを引きやがった!!」
「当たり?」
「あの騎手だよ!わざと速度を落としたんだ!そのおかげでルナーが一息ついてスパートをかけやすくなった。それだけじゃねぇ」
おじいさんが馬群を顎でしゃくる。そこにはぶつかりそうなほどにみっちりと詰まったペガサスの群れがあった。
「動かない?」
「後続がグラノを警戒しすぎて団子になっちまった。あぁなれば実力なんて関係ねぇ。狙ってやったならあのシルフって奴相当できるぜ」
「ってことは…!」
「あぁ。このレース、ルナーの…
【大外から飛び出す黒い影!グラノアレグロだ!グラノアレグロがスマールナに襲いかかる!!】
「っっ!?」
コースに視線を戻すと団子になった後続を悠々と抜き去った漆黒の影、一番人気のグラノアレグロが恐ろしい速度でルナーに迫っていた。
グラノアレグロは瞬く間にルナーの背に追いつきぴったりと真横に並ぶ。
【グラノアレグロ並んだ!だがスマールナも粘る!粘る!!】
外を回って体力を使ったはずなのにグラノアレグロは疲れた様子もなく追いすがる。
「なんつー脚だ…!やっぱグラノで決まりか」
「ぐっ…!」
でも、ルナーも諦めない。
猛追するグラノアレグロを鼻の先で抑えて矢のようにまっすぐゴールを目指す。
【どちらも一歩も譲らない!スマールナか!?グラノアレグロか!?スマールナか!?グラノアレグロか!?】
「いけーー!グラノーー!!」
「頑張れルナーー!!」
会場のあちこちから歓声が上がる。
グラノアレグロへのものがほとんどだったがわずかにルナーを応援する声もあった。
誰も注目していなかった人気薄の大穴。
そんな馬が今、皆の注目を一身に浴びている。
「いけーーー!!ルナーーー!!!」
気付けば俺は心の底から声を張り上げていた。
ルナーが負ければ一生借金生活が待っている。
そんな考えは完全に吹き飛んでいた。
勝って欲しい。
ただそれだけの衝動が俺を突き動かしていた。
「いけいけいけーーー!!ゴールはもうすぐだーー!!」
そんな思いが通じた…なんて馬鹿なことはあり得ない。
でも、ルナーは全く前を譲ることなく両者はほぼ横並びで…
【ゴーーーーール!!!両者一歩も譲らずほぼ同時にゴール!これはどうだ!?】
会場は一時静まり返ったかと思えばすぐに困惑に満ちたどよめきがそこかしこから聞こえてきた。
【結果は真画判定に持ち越されました!もうしばらくお待ち下さい】
「…っっ!!!」
刻一刻と近づくその時の前にできることなんてたかが知れている。
俺は両手を握り締めて祈ることしかできなかった。
【確定審議が通過するまでは馬券はお捨てにならないで下さい】
「…?」
かすかな気配を感じて横を見るとおじいさんも両手を組んで祈っていた。
「俺はグラノを本命にした。けどよぉ…見てみてぇじゃねぇか。大穴が観客の度肝を抜く瞬間を。…兄ちゃん!」
「は、はいっ!」
「ルナーが勝ったら奢ってくれや!」
「…っ!はいっ!!代わりといってはなんですが、その…もっと翔馬のこと教えて下さい!」
「任せろ!!」
【判定の結果が出ました】
その一言に会場は水を打ったように静まり返る。全員が固唾を飲んで見守る中、レース場の中央にある掲示板に結果が映し出された。
一着はハナ差の…
【一着はスマールナ!!並み居る強豪を抑えスマールナがG1初制覇だぁーーーっ!!!】
実況の言葉に静まり返っていた会場の声は少しずつ大きくなりやがてそれらが勝者を讃えるファンファーレとなっていく。
「…った」
「しゃあっっ!!やったな兄ちゃん!!」
「やっっったぁーーーーーーっっっ!!!!」
全身を駆け巡る多幸感のままに手すりから身を乗り出し称賛を一身に浴びるルナー達に出したことのないような大声で感謝を伝えた。
「ありがとうルナーー!!シルフーーー!!!」
当然俺の声なんて歓声でかき消されて聞こえない。
でも、今この場で感謝を伝えられたことがなにより嬉しかった。
「こうしちゃいられねぇ!早く換金しに行こうぜ!」
「はいっ!!」
配当金は2000万ゴード。
一生かかっても拝めないような大金がたった一日で転がり込んでくるなんてまるで夢みたいな話だ。
「これで借金ともおさらば…」
そう言いかけた俺の耳に聞き覚えのある声が届く。
「クソッ!!誰だよあいつ!?」
ヨニゲールだ!!
「ちょっ!どうすんのリーダー!」
「グラノアレグロは固いって言ったのお前だろ!?」
「うるせぇ!!…まだだ!!あいつさえ見つかれば…」
「ヨニゲール!!」
俺が声をかけるとヨニゲールはちらりとこっちを見る。
そして俺に駆け寄る勢いそのままに綺麗な土下座を披露した。
「クリス!!金を貸せ!!俺で勝負しろ!!」
「はぁっ!?人に借金押しつけといて何言ってんだ!!」
「500万くらいでぎゃあぎゃあ騒ぐな!聞いたぞ!お前宝くじが当た…」
その言葉は最後まで続かなかった。
「探しましたよ。ヨニゲールさん」
「はぎょっ!?」
突如飛んできた鎖つきの首輪がヨニゲールの首に取り付いたからだ。
見るとかつての仲間達も首輪をはめられ何者かに手綱を握られている。
「お久しぶりですね」
「フランエルマ!?」
予想外の乱入者、黒い服を着た屈強な男達を従えたフランエルマは鎖を引いて全員を立たせると俺に向かってわざとらしく一礼した。
「ご協力感謝します。あなたのおかげで彼らを見つけられました」
「どういうことだ?」
「端的に言えばあなたは撒き餌です。彼らをおびき寄せるためのね」
「撒き餌?」
「ちょっと噂を流したんですよ。クリストフが宝くじで大金を当てて翔馬に挑戦すると」
なんだってそんな回りくどいことを?
行動が腑に落ちず首を傾げているとフランエルマは腰に下げた鞄から一枚の紙を取り出して俺に投げ渡した。
あの時書いた借用書だ。
「では、契約通りこちらは頂いていきますね」
そう言って突き出した指先にあったのは一枚の馬券。…俺の馬券!!
「っっ!?返せ!!」
「…はぁ。相変わらず読まない人ですね」
「っ!!」
まさかと思い借用書の裏を見る。
予想通り裏面の端に短い一文が添えられていた。
[◯月△日のレースで配当金を受け取った場合その一切をフランエルマに無償で譲渡する。その額が100万ゴードを超えていた場合当債務を完済したものとする]
「ふざけるな!!当てたのは俺だぞ!」
「契約は絶対です。次からは裏もよく読むことですね」
それだけ言い残すと首輪を外そうともがくヨニゲール達を引きずって去って行く。
だが、数歩進んだところであっと声を上げると足を止めて肩越しに俺に振り返った。
「この度はトルタタン金融をご利用頂きありがとうございます。入用の際は是非ご一報を…」
貼り付けたような笑顔でそう言うと黒服達を引き連れて今度こそ去って行った。
「クリス!助けてくれ!!今までのことは全部謝る!!金も返す!!だから!あっ、やっ!やだああああああああああっっ!!!!」
情けない断末魔を上げながら消えていくヨニゲールに最早何の情も湧かなかった。
「な、なんだったんだ?おい!大丈夫か兄ちゃん!?」
「…そうか。最初っからずーーっと踊らされてたってわけか」
「あんっ?」
追加融資したのは優しさでも憐憫でもない。
どう転んでも自分が損しないためだ。
レースに興じてる俺を見ればヨニゲール達が噂を信じて寄ってくる。
それを捕まえれば500万をヨニゲールから、100万を俺から毟り取れる。
寄ってこなければ600万を俺に請求する。
俺が必死の思いで握り締めた糸は救いどころか更に深い地獄へと繋がる甘い罠だったんだ。
けど、最後の最後で俺は悪運に救われた。
ヨニゲール達が見つかったおかげで借金はチャラになり、ルナーが勝ったことで配当が100万を越えて借金を負うこともなくなった。
何も得られなかったけど何も失わなかった。
悪魔め!二度と俺の前に現れるな!!
「…おじさん」
「お、おぅ」
「すみません!やっぱ奢って下さい!!」
「…、一杯だけだぞ?」
「ありがとうございます!!」
こうして、俺の人生初のギャンブルはプラマイゼロという形で幕を下ろした。
それから3ヶ月が経った今でも俺は翔馬を続けている。
もちろん生活に困らない程度に。
「行け!差せ!差せーーー!!!…はぁっ」
本日二度目の敗北にがっくり肩を落とす。
あれ以来ほとんど負けている。
多分あれが最初で最後のビギナーズラックってやつだったんだろう。
「パドック見に行くか」
次のレースに出走するペガサスを見にパドックへ向かう。
相変わらずどのペガサスがいいのか分からず唸っていると快活な女の子達の声が耳に届いた。
「ポーフぅ。やっぱこいつらムッキムキでまずそうだよぉ」
「それは何より。えーっと、四番は右に寄れる癖がある、七番はよく眠れなかったのかな?眠くて元気がなさそう。十番は羽ツヤも良いし常歩に力が漲って…」
何かを呟きながらペガサスを観察する緑髪の少女と涎を垂らしながらペガサスを眺める紫混じりの金髪の少女。
容姿も相まってとても目を引く二人だけど特に引きつけられたのは緑髪の少女。
その背はまるであの日声援に応えて手を振っていたあの人のようで…
「シルフ!!」
「っっ!?!?」
俺は思わずその名を叫んでいた。
「えっ?えぇっ!?」
「…」
振り返った少女はひどく狼狽した表情で俺を見つめている。
その顔を見ているうちに自分がいかに馬鹿なことをしたかに気付き顔が一気に熱くなる。
「シルフ…?」
「それってあの…」
周りの人間がざわつき始めた。まずい…!!
「ご、ごめん。人違いだったよ」
そう言うと周囲の視線はこちらから外れすぐにいつも通りの空気に戻った。
「シルフぅ?それって前にポー…むぐぅっ!!」
「そ、そうでしたか…」
お互いにどうしていいか分からず気まずい沈黙が流れる。
あのレースが終わったその日から翔馬界は大騒ぎだった。
突然現れた無名の騎手が単勝1倍のペガサスを破り大穴ペガサスにG1を勝たせたという偉業は翔馬界に激震を走らせた。
シルフを探せ。
それを合い言葉に翔馬ファンだけでなく翔馬関係者達も血眼になってその行方を追った。
けど、その足取りは全く掴めず3ヶ月経った今ではほとんど沈静化。
某国の王子だった、とある騎手の隠し子だった。
色んな噂が飛び交ったけど結局真相は闇の中。
「なんだおっちゃん?ナンパ?」
「おっ…!!ち、違う!」
「ティーカ!」
どういう関係かは分からないけどまるで姉妹みたいだな。
「すみません。この子が失礼なことを…」
「こっちこそごめん。君達も翔馬を?」
「はいっ」
「すごく集中してたね。良かったらどんなペガサスがいいとかアドバイスもらえないかな?」
「下手な横好きでよければ…」
「おぅクリス!ナンパか!」
「ダミアさん!」
声に振り返ると3ヶ月前のレースを一緒に見た翔馬の師匠、ダミアさんがいた。
ダミアさんだけじゃない。
「おいおい兄ちゃん。いくらなんでもそれはないんじゃねぇか?」
「どっちもまだ子供じゃねーか」
フランエルマのところで会った多重債務者の面々だ。
今でもトルタタン金融で金を借りてギャンブルをやっては地獄の労働に勤しんでいるらしい。
本当によくやるよ…
彼ら曰くヨニゲール達は遠い遠いどこかの島で朝と昼は海、夜は炭鉱で働いて借金返済に勤めているのだとか。
あの日ルナーが負けてたらそこにいたのは俺だと思うとゾッとする。
「違いますよ!この子に予想を聞いてたんです」
「ほぅっ?」
「すごいんですよこの子。ペガサスを一目見ただけで癖とか体調とか言い当ててたんです」
「あのっ、それはあくまでボクの私見でして…」
「マジかよ!?」
「俺らにも教えてくれよ嬢ちゃん!!」
「一発当てて借金チャラにしてぇんだ!!」
俺が余計なことを言ってしまったばかりに大の男共が女の子に詰め寄った。
あんたらプライドとかないのかよ…
「ポーフから離れて!おっちゃんら暑苦しいよ!!」
「当たったら後で飯奢ってやっからよ!」
「本当!?ちゃっちゃと当てちゃってよポーフ!」
「ティーカ!?…ペガサスの見方を教えるだけでしたら」
「本当か!ありがとう!!」
そんな話をしているうちに騎手達がペガサスに乗って本馬場に入っていく。
もうすぐレースが始まる合図だ。
「早く行こうぜクリス!いい席なくなっちまう!」
「はいっ!」
ダミアさんに急かされ急いで客席に戻る。
あの日、フランエルマに2000万ゴードを掠め取られたのは今でも苦い思い出だ。
けど、あの金があったら翔馬にのめり込むこともこの人達との付き合いもなかっただろう。
その点は良かったと思ってる。でも感謝する気は毛頭ない。
「見方が分かっても絶対当たるわけじゃないですからね」
「安心しろ!こっちにゃラッキークリス様がついてんだからよ!」
「ちょっ!ダミアさん!!」
「3ヶ月くらい前のレースでスマールナって馬に全ツッパして2000万ゴード儲けたのさ!」
「ぶふぅっ!?る、ルナー?」
よほど衝撃的だったのかポーフと呼ばれていた緑髪の女の子が吹き出した。
「ルナー!おっちゃんらポーフのレぶむぅっ!?」
「その金全部お嬢にぶっこ抜かれたんだよなぁ?」
「たけぇ勉強代だったなぁ?」
「もうやめて下さい…」
あれは俺にとってもう掘り起こされたくない黒歴史だ。二度と思い出したくもない。
でも…
「あいつもどこかで飛んでるのかな…?」
目を閉じればいつでも蘇る。
あの日の熱、声援、そして俺の目の前を駆け抜けていった優駿の姿が…
「よーっし!ほどほどに勝つぞー!」
「つまんねぇなぁ」
「男ならでっかくズドンと当てようぜ!」
「あいつのお世話になるなんて二度とごめんでーす」
「なぁあんたら。その、フランエルマ?って奴紹介してくんねぇか?最近負けが込んでてよぉ」
「おぅいいぜ!!」
「ダメですよダミアさん!あいつは悪魔!血も涙もない冷酷な悪魔ですから!!」
こうしていられるのもただ運が良かっただけ。
俺自身にすごい力も巨万の富もない。
だからどうした!!
運でどうにかなっただけだとしてもこうして楽しく生きられていることは変わらない。
これからも弱いなりに身の丈にあった仕事をしてたまの休日に翔馬を楽しめればそれで十分。
それが俺のセカンドライフだ。誰にも文句は言わせない!!
その後、ポーフちゃんのおかげで大勝利。
ほどほどに稼げたものの的中した稼ぎを2人に食い尽くされて奢ると言ったことを全力で後悔したのは別の話だ。
パーティー追放ものを自分で書いてみたらというコンセプトで書いてみました