スケバン女侠、お京が行く!
(あの男、相当やるわね……)
逃げ込んだ倉庫の片隅で、お京はギリッと唇を噛みしめた。
慎重なおとり捜査の末、ついに敵のアジトを発見した。ひとまずそこで引き返せば良かったのだ。
しかし、一度走り出したら止まらないのがお京の性分。そのままアジトに潜入し、命懸けの大一番に『一・一の丁』で勝利した。その後、約束通り“願い”を告げた。
「組長と、サシで話がしたい」
お京の申し出は、やけにすんなり受け入れられた。銃や刃物を持たないことだけを確認され、お京はその部屋の前に一人残された。
重い扉を押し開け中に入ると、そこには不気味な般若面を被った男が佇んでいた。藍色の着流しを身にまとい、壁際に置かれた水槽を眺めている。男は入ってきたお京を一瞥すると、巨大なアロワナへと視線を戻した。
「何の用だ、小娘」
完全に油断している。少なくともお京にはそう見えた。
野良猫のように足音一つ立てず背後へ忍び寄り、首筋を狙った手刀は……見事にかわされてしまった。あたかも床に落としたものを拾うかのごとく、滑らかで自然な動きだった。
――勝てない。
相手の力量を瞬時に察したお京は、ロンタイ《ロングタイトスカート》を翻し、アジトの窓を突き破って逃げた。黒服サングラスの使えない部下達がざわざわと騒ぐ中、般若面だけが唯一お京の後を正確に追ってくる。
闇雲に走り回ったあげく埠頭へ追い詰められたお京は、目に付いた運送会社の倉庫に飛び込んだ。
***
乱れた呼吸をラマーズ法で整えながら、お京は考える。
(いや、これは絶好のチャンスよ。アイツをタイマンで仕留めるための……)
薄闇の中、埃っぽい空気が喉を刺激する。万一咳でもしてはマズイからと、お京はセーラー服の赤いリボンタイを解いた。ポニーテールのおくれ毛を耳にかけ、広げたリボンで口元を覆い後ろ頭で結ぶ。
次に取り出したのは、八つの球。
お京にとって最凶の武器である鋼鉄のビー玉は、弾丸にも劣らない破壊力を持つ。やや小ぶりで重みのあるビー球を、一粒ずつ指の股に挟みこんで行く……その手が止まった。
慣れ親しんだ戦友が、今日はなぜかしっくりこない。どうしても手汗で滑ってしまう。
(馬鹿な……ビビってるの? このアタイが? “ビー玉のお京”ともあろう者が?)
ふっと自嘲したお京は、一旦全ての球を指から外し、覚悟を決めてパンツ《ヒモパン》を脱ぎ捨てた。
それは闇に舞う白い蝶。淡く光るその姿を見届けながらお京は思った。
戦いに、女の意識は要らない。こうして女の象徴を捨て去れば、自分は非情になれる――
床から這い上がる冷気が剥き出しになったお京の柔肌を刺激し、反射的に身体がぶるりと震える。その震えを、お京は武者震いと受け取った。
と、砂利を踏みしめるような音が、倉庫入り口付近から聴こえてきた。お京はしゃがみこみ、息を殺す。
どうやら敵は、隠れるつもりなど微塵も無いらしい。自らの居場所を告げる荒々しい足音が、お京が潜むユニチャームの段ボール群へと真っ直ぐに近づいてくる。
お京は目を閉じイメージした。浮かびあがる勝利の方程式。指先に力を込めて最後のビー玉を装着すると、お京は段ボールの影から飛び出した。
――今だ!
「くらえ! 必殺ビー玉乱舞、“羅無音”!」
振り抜いた両手から放たれたビー玉は、栓を抜かれ弾ける炭酸を彷彿とさせる。儚い泡粒に見えてその実は、骨まで打ち砕かんと牙を剥く光速の鉄球。この攻撃から逃れた者は誰も居ない。
勝利を確信したお京は、信じられないものを目にした。
般若面が、ニヤリと嘲笑った気がした。そんなわけが無い、アレは単なる面なのだから……。
「お前の技、破れたり!」
瞠目するお京の前で男の腕がゆるりと動き出し、一気に加速する。その姿はまさに千手観音。大地が揺れるほど覇気のこもった男の叫び声が、お京の胸に突き刺さる。
「ふんふんふんふんふんふんふんっ!」
放ったビー玉は、全て男の手の中に収まった。
***
再び訪れる、静寂。
お京の足はガクガクと震え、心臓は「早く逃げろ」と急かすように早鐘を打つ。それでも“スケバン女侠”としての意地と矜持が、お京をその場に止まらせていた。
しばし睨み合った後、お京は両手を上げる降参のジェスチャーをしてみせた。口元を覆っていたリボンタイを解き、乱暴にスカートのポケットへねじ込むと、溜息混じりに告げた。
「このまま逃がしてくれなんて、野暮なことは言わないよ。アタイの命を獲るつもりかい? それとも、女の子の一番大切な物を……?」
「お前は、どちらを望む?」
艶やかな赤い唇を強く噛みしめ、お京はうなだれた。つぶらな瞳に闘志の炎をくすぶらせたまま。
手負いの獣と化したお京にゆっくりと歩み寄りながら、男はくぐもった声で命じた。
「後ろを向いて、スカートを上げるんだ」
「――っ!」
好敵手と認めた男が、まさか本当にこんなことを望むとは……!
お京は信じたかった。この男は、自分の命を奪いたくないだけなのだ。自分を生き永らえさせ、復讐の種を植え付ける……リベンジのチャンスを与えるために、あえてこのような惨い仕打ちを行おうとしているのだと。
そんなお京の甘えを打ち砕く、冷酷な低い声が響く。
「さあ、早くしなさい」
気付けば男は、下半身に天狗の面を装着していた。お京は咄嗟にそこから目を逸らす。
「くっ……分かった」
戦いの世界に身を投じているとはいえ、お京はまだ十六。今まで誰にも見せたことのない秘密の花園を、得体のしれない仮面の男に晒さなければならない屈辱に、自然と身体が熱くなる。
敵に背を向け、羞恥にうち震えながらロンタイをたくし上げるお京。舞台の幕が開けるように、少しずつお京の下半身が露わになっていく。細い足首、引き締まったふくらはぎ、柔らかな太腿、その先には……。
「なっ……透明パンツ!」
「奥義――“菊一文字”!」
お京の(ピー)から、最後の弾丸が発射された。それはお京へと接近していた般若面の額を直撃した。
蛙のような醜い呻き声を漏らし、後方へ倒れる男。床に積もった埃が一気に舞い上がる。振り向いたお京は、幼い面立ちに似つかわぬ妖艶な微笑を浮かべた。
「油断したね。アンタがその手で受け止めたビー玉は七つ。最後の一つは……ふふ」
静かな勝ち鬨をあげながら男へと近づいたお京は、息を飲んだ。
渾身の一撃によって、無惨に砕け散った般若面。お京の脳裏に淡い記憶が蘇る。
それはビー玉を必死で投げつける、豆だらけの小さな手。上手だと褒められるたびに、頬を真っ赤にしてはにかんだ。そんな自分の頭に乗せられたのは、節くれだった温かい手のひら。
「――お師匠様っ!」
幼いお京にビー玉殺法を仕込み、その後謎の組織に攫われ行方知れずになっていた師匠。相貌はだいぶ変わっていたが、口元にくっきりと浮き出たエロ黒子がその証だった。
動揺したお京は、ただの無垢な少女に還った。大の字に倒れた男の身体に縋りつき慟哭する。
「お師匠様、どうしてっ!」
「強くなったな、京子……私の屍を、越えて行け。私を操った者……お前の真の敵は、西に……」
「いや、嫌ですっ、お師匠様っ!」
「最期に、お前の(ピー)を見ることができて……良かっ、た……」
「さよなら、お師匠様」
涙の沁み込んだリボンタイを結び直し、お京は立ち上がった。安らかな師の寝顔を見下ろし、小さな胸に手を当てて誓う。
最後の敵を倒すその日まで、決してパンツは穿かないと――。
↓作者の言い訳(痛いかも?)です。読みたくない方は、素早くスクロールを。
つい調子に乗って書いてしまいました。orz 大映ドラマのアホらしさ(常に大げさ&キャラは真剣)を再現したくて……というか、本当は某おフランス系小説のタイトルからインスパイアされて作りました。この手の話を書いているときが一番輝いてる気がするんだよね、アタイ……。このスケバン女侠は、何人か仲間の女子キャラを登場させてシリーズ物にしたいところです。シリーズといっても、タイプの違う女子がちょっとエッチな攻撃を受けていや~んな展開になるという、水戸黄門的お約束な感じで。いずれテレビ東京深夜枠でドラマ化を狙います。嘘です。……さて、一応軽く補足を。ビー玉のお京、般若あたりは『スケ○ン刑事』から。ロンタイ、ノーパン、百恵ちゃん(女の子の一番大切な物)は『花のあ○か組』からアイデアいただきました。黒服の部下は『カ○ジ』ですね。お京の武器、本人はビー玉と言い張ってますが、本当はパチンコ玉です。師匠は本物のヘンタイです。下半身に天狗……いわゆるテントのことですね。ちなみに(ピー)の中身はご想像にお任せです。ふふ。