第四話:力に適合した、力の不要な人間
アリシアは悩む。"こいつに力を与えてみようかしら? そんな価値すらないような気もするけど"
「君、子供なんだから大人を頼っていいんだよ。俺が君の親を絶対に見つけてあげるからね」
アリシアはイライラしながら歩く。愚かな言葉を発し続ける、とてもつもなくめんどくさい存在がついてくる。闇の化身であるアリシアですら、狼狽していた。
アリシアは路地裏に入り込み、誰もそこにいないことを確認する。にぎやかな大通りから少し裏に進むだけで無人となり、世界が変わったかのような印象をヴァンは抱いた。だが、ヴァンにはそんなこと関係ないようだ。
「こんな薄暗い路地裏を君みたいな少女が歩くと、危ないよ」
アリシアはヴァンに向き直った。
「ねぇ、うるさいお兄ちゃん、あんた勇者になりたいんでしょ?」
アリシアがその言葉を吐くと同時に、路地裏に冷たい空気が流れた。
「ああ、そうだな。俺は勇者になるためにこの街に来たんだ」
「勇者になりたいんだったら、力が欲しいでしょ?」
ヴァンは頷いた。
「ああ、勇者になるために力は絶対に必要だからね」
「なら、あげるね」
アリシアがヴァンのすぐ前に立ち、その手の平に黒色の雫を出した。それをヴァンの胸に押し当てる。その瞬間、ヴァンの身体に真っ黒なオーラがまとわれた。
「きゃはははははははははははは。それが力、あんたのようなザコが生涯かけても手に入らないような、圧倒的な力よ」
アリシアは楽しそうに笑う。
"さて、どうなるか。ま、力に溺れて壊れるでしょうけどね"
「これが、力か」
ヴァンが自らの身体を見る。
「ええ、そうよ。その力があれば、あんたは世界すらその手中に収めることができる」
「ああ、確かに、とてつもない力が体に溢れているのが分かる」
"ん?"
ヴァンは確かに力を獲得している。そのヴァンを見てアリシアは、違和感を覚えた。
「え、ええ、その力はあんたのものよ。好きに使いなさい」
「ああ、これは必要に応じて、何かしらに利用させてもらおう」
"え~~?"
アリシアの違和感が大きくなる。
「なるほどなるほど、この力は便利に使えそうな予感がするぜ」
アリシアは悩む。なんだ? この違和感は。
「なぁ、ちょっと腹が減ったんだ。君の親を探す前に、屋台で腹ごしらえをしようか」
アリシアは理解した。
"こいつ、あたしの力を与えられてもただの馬鹿のまま、何も変わってないんだ"
「あ、でも俺もう150ゼニーしか持ってない。これで何か買えるかな? できれば肉系がいいんだけど」
「うるさい!! ちょっと静かにしてて」
アリシアは顎に手を当てて考える。
"なんでだ? なんで他の勇者と違ってこいつは力に吞まれない? もしかして、馬鹿だから力の価値に気づいてないのか? いや、そんなわけがあるか?"
アリシアは目を細めて、ジッとヴァンを見る。
「あんた、もしかしてほんとは、力が欲しくないの?」
アリシアは手をヴァンにかざし、与えた力を回収した。ヴァンの体から真っ黒なオーラが収まったが、ヴァンは力に対して名残惜しそうにしているそぶりを全く見せなかった。それどころか、
「うーん、いや、ラーメンも捨てがたいか?」
とほざいており、アリシアは目眩がする。
"こいつは全く力に執着がないから、身に余る力を手に入れても、それに溺れることがないんだ"
アリシアは考える。
"なら、こいつみたいに力にまったく執着がない人間なら私の力を扱える。いや、そんな人間こいつ以外にいるのか? 普通、力を渇望するというのが人間の性だろ"
「きゃはははははははははは」
いきなり笑い始めたアリシアに対して、ヴァンはぎょっとした。
「面白いじゃない、お兄ちゃん。あたしは力を渇望する者を選定してたけど、あたしの力に適合するのは力を渇望しない者だったなんて、とんでもない皮肉ね」
アリシアは静かにそう告げた。
「お兄ちゃん、あんたが心から力を欲しいと思っていないことは分かった。でもさ、勇者になるんでしょ? なら力って必要じゃん? 意味が分かんない」
アリシアはその姿に似合わない、圧倒的な威圧感を放った。
「お兄ちゃん、ちょっとあたしと遊んでよ。力を渇望しない人間が本当に勇者の器なのかどうか、あたしが確かめてあげる」
路地裏に真っ黒な風が吹いた。それは、アリシアの方からヴァンに向かうように付近を一層暗くし、その暗くなってきた世界の中、アリシアの目だけが光っていた。