第三話:メスガキと馬鹿の遭遇
夜が始まり、ランタンで照らされ始める数多の屋台。そんな屋台を眺める少女がいる。
「ねぇ、これちょうだい」
アリシアが、ウサギ熊(ウサギの耳を持つ熊)の串焼き肉を扱う屋台の前に立ち、店主である鉢巻をした男性に対して、そう告げた。
「おいおい、嬢ちゃん、これは200ゼニーだが、お金は持っているのかい?」
アリシアは首を横に振る。
「ん-ん、1ゼニーも持ってないよ。でも、ちょうだい」
少女に目を見られながらそう告げられた店主は、"こっちも商売だから、父さんか母さんをつれてきな"というフレーズを飲み込んだ。
店主は感じたのだ。そのフレーズを言う、いや、この少女に歯向かったら駄目だ。その少女の大きな瞳を見ているうちにその深い黒目に呑み込まれそうな錯覚に陥った店主は、ぎこちない笑顔を作る。
「あ、ああ、嬢ちゃ…ん。しょうがねぇなぁ、今日だけ特別だぞ」
震える手でそれをアリシアに渡した店主。
「きゃはははははははは、あんがと」
満足そうに少女が去った後、その屋台にカップルの客がやってきた。
「ウサギ熊の串焼き肉一つください」
「えー、みっくん、二人なのに一つしか買わないの~?」
「一つの串を二人で分け合えばさ、値段は半額だけど、美味しさは二倍だぜ?」
「きゃー、みっくんったら♡」
そんな意味不明かつ気色の悪いやり取りに対して店主は特別な感情を抱くことすらできず、屋台の中でへたり込んでいた。
アリシアはその串を頬張りながらとある感想を抱く。"ご飯を食べる時は、一緒に飲み物を飲みたい"という、一種の真理であろう感想。
だからアリシアは飲み物を売る屋台にたどり着き、そこの店主である女性に向けて言葉を発する。
「ねぇ、これちょうだい」
そうしてアリシアは、幸せオレンジという糖度があまりにも高く、甘党以外の人間が口にすると甘ったるすぎるそれでつくったオレンジジュース(100ゼニー)を指さした。
「えっとお嬢ちゃん、お金持ってるの?」
「んーん、でも……」
「なんだよ君、お金持ってないのか? なら、俺がおごってやるよ」
アリシアが脅しの言葉を発する前に割って入ってきたそんなフレーズは、ヴァンという青年の口から発せられた。
「ほら、これ100ゼニー。すごいだろ、今日昼からバイトして、半日で250ゼニーも稼いだんだぜ?」
どや顔でそう告げるヴァンに対して、アリシアは思った。
"どうでもいい"
それはヴァンがお金をバイトで稼いだということが"どうでもいい"というのもそうだが、ジュースが手に入るならその方法は"どうでもいい"という言葉にもうまくかかっていた。
「きゃはははははは、ありがとう、お兄ちゃん」
アリシアはそのジュースを手に持ち、歩き出した。そのアリシアの腕をヴァンがつかんだ。
アリシアは馴れ馴れしく触られたことに苛立ちを感じ、脅しの笑顔を作った。
「なぁに? お兄ちゃん。こんな小さな子を捕まえるなんて、犯罪だよ?」
ヴァンは首を横に振る。
「君、親御さんは?」
「は?」
「親御さんはどこにいるのか聞いている。もうすぐ夜が深くなる。こんな夜に少女が一人で、人ごみの多い屋台をうろつくなんて危険だ。でも、君の側に親らしき人はいない。このことから推測される事実は一つ」
ヴァンはアリシアから手を放し、アリシアを指さす。
「君、迷子だろ?」
アリシアはあまりにも素っ頓狂な発言に、なんとも言えないモニョモニョとした表情にさせられた。
"こいつ、馬鹿なのかしら"
「違う違う、大丈夫。迷子じゃないから」
「大丈夫だ、迷子になったことを恥ずかしがらなくていい。勇者候補生の俺がいればもう安心だ。君の親を探してあげよう」
そんなヴァンの発言にアリシアは頭を抱えた。だが、一応こやつが"勇者候補生"と発言したため、スキルチェックでそのスキルを確認してみた。ヴァンが所有しているスキルは以下4つだった。
"圧倒的な正義感"
"速度3倍"
"頑張り屋"
"馬鹿"
そんなスキルを確認したアリシアは思った。
"やっぱりこいつ、馬鹿だったんだ"