第三十一話:蠢く洞窟の攻防
「やるな、小娘」
グラモラはそう呟く。
「だが、悲しいかな我ら大蜘蛛一族は、雷に耐性がある。お前のメインの攻撃であろう雷は、我には効かない」
グラモラの発言に対して、サキは頷く。
「うん、そうらしいね。魔族の丈夫な体、相性の良くない雷の攻撃、分が悪そう」
サキは頷いた。
「だけどさ、君はたぶん、火にはあんまり耐性がないよね? 君らの糸って、めっちゃ簡単に燃えるんだしさ」
サキの横で、ヴァンが立ち上がった。
「サキ、ありがとう。回復薬のおかげで助かったよ」
サキはその言葉に対して、嬉しさを感じた。
「ちっ!!」
グラモラは舌打ちをした。
サキの戦闘能力自体は、グラモラにとっても脅威。脅威ではあるが、グラモラには自信があった。もう先程と同じ手は喰らわない。それに、喰らったとしても、自らに耐性のある雷の攻撃である。だからこそ先にヴァンを倒し、サキと一対一に持ち込む算段だった。
そしてその場所に、数多の大蜘蛛達も現れた。
「悪いが、我が同胞も戦いに参加させてもらいたい」
ヴァンとサキの状況は、絶体絶命。
ヴァンは、大きく息を吸い込む。
「地面に糸が蔓延してるんならさ、こうすれば良かったのかもね」
ヴァンが、地面に手を当てた。
「スキル"焔の心"」
地面に黒炎が灯った。岩石すらも燃やす恐ろしい黒炎は、燃えやすい糸を媒体として、辺りに広がっていった。
地獄の劫火が徐々に蔓延する広場。だけどその劫火は、ヴァンとグラモラの付近一帯程度の範囲でとどまった。
「この黒炎は、俺が燃やしたいと思った全てのものを燃やせる。今はまだこの程度の範囲の蜘蛛の糸しか燃やしていないけど、俺が燃やそうと思えば、この洞窟の中にいる生物はみんなまるこげにできる」
アリシアは思う。
"きゃははははははは、面白いわね"
「どうする? それでもまだやるか?」
グラモラは楽しそうに、口角を曲げた。
「くっくっくっくっく」
「何がおかしい?」
ヴァンが問うた。
「なるほどなるほど。ならば、降参しかないな。わっはっはっは」
グラモラは朗らかに笑う。
ヴァンは「ふぅ」という息を吐いた。
「言葉の通り我は降参しよう。だから、我が同胞は助けてもらえないか? 討伐対象である我は、勇者であるお前達から逃げることを許されまい。だが、同胞は討伐対象ではない。お前も勇者として、不要な殺生は好まぬだろう?」
「それはそうだな」
ヴァンは頷く。
"よしよし、うまくいったぞ"
実はヴァンが先ほど口にした発言、”俺が燃やそうと思えば、この洞窟の中にいる生物は、みんなまるこげにできる”というのは、はったりである。
ヴァンはまだ、黒炎をこの洞窟全体に蔓延らせることなどできない。燃えやすい媒体がある前提で、せいぜい今ヴァンとグラモラがいる場所付近、すなわちヴァンの半径10mくらいが、その黒炎を広げられる限界だ。
だからヴァンは、ブラフを張ったのだ。
"たまには頭を使えるんじゃない"
アリシアは、ちょっとだけ感心した。
刹那、グラモラの八つの脚がヴァンの胸に伸びた。その脚は、ヴァンの胸を串刺しにすべく進む。
だが、ヴァンは速度4倍のスキルにてその脚を避けながら、グラモラの胸元に入り込んだ。
「スキル"焔の心"」
ヴァンは黒炎をまとった拳で、グラモラの胸を殴った。その拳はグラモラの胸に綺麗に撃ち込まれ、吹っ飛んだグラモラは動かなくなった。
「きゃはははははははははははは、やるじゃん」
ぞろぞろと集まってきた大蜘蛛達は、蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
"あいつら、なんのために来たのかしら?"
来てすぐ逃げたそいつらに対してアリシアは、首を傾げる。
ヴァンとサキがグラモラの手を掴み、引きずるように洞窟の少し先に進む。洞窟の行き止まりのそこには、発光する草が生えていた。
「これが依頼の品である、月光草だな」
ヴァンとサキは月光草を摘んだ後、グラモラの討伐完了を巻物経由で勇者協会に連絡した。そして洞窟の外で落ち合った勇者協会の者達に、グラモラの身柄を引き渡した。
「討伐の完了を確認しました」
勇者協会の者が敬礼をした。
そして、貧乏性のヴァンが額が多すぎて吐き気を催してしまうほどの、かなり多くの報酬を得た。
そんな、"蠢く洞窟"での攻防だった。




