第三十話:大蜘蛛の頭領
「諸君、よく来てくれた」
再び洞窟の開けた場所に辿り着いたヴァン達に、そんな低い声が聞こえてきた。光苔が付近をキラキラと照らしており、目の前の存在のことがヴァン達にはよく見えた。
ヴァン達の前に立つのは、初老の男性。髪は真っ白だが堂々と二本足で立っており、貴族の正装である白色のローブを身につけている小奇麗な男性。
だが、魔族らしい。目が八つついている。縦に四つずつついているその真っ赤な目。さらに背中から、蜘蛛の脚のようなものが八つ伸びている。人間の二つ足で立っているから、その八つの脚では地面に立っていないが、それらの脚がその存在の背で蠢いている。
「ヴァン、討伐リストを確認してみなさい」
アリシアの言葉の通りヴァンは、巻物で討伐リストを確認した。
〈討伐対象〉
大蜘蛛の頭領 グラモラ
〈生息場所(推測)〉
蠢く洞窟
〈報酬〉
18,000ゼニー/12,000勇者ポイント
魔族トカゲの大将 ベルナーガよりも報酬が10倍以上も高いそいつ。その文言により、目の前の存在の危険度の高さがうかがえる。
「俺達は月光草を探しに来たんだ。そこをどいてくれないか?」
「それは不可能だな。我が同胞は腹をすかしている。わざわざ入ってきた生きのいい餌三つ、いや、二つだな。それをみすみす逃すことはできない」
"さりげなくあたしをターゲットから外したわね。やるじゃん"
そんかアリシアの感想。
「なら、戦うしかないか。スキル"焔の心"」
ヴァンはその手に、黒色の炎をまとった。
「スキル"速度4倍"」
ヴァンはグラモラという名のその魔物の背後に超スピードで移動し、そのまま殴りかかる。
グラモラの目は、ヴァンの速度に追いついていない。
ヴァンの黒炎をまとった拳が迫る中、グラモラがその体を回転させるように動かした。グラモラの八つの蜘蛛の脚は長く伸びており、それが殴りかかろうとするヴァンの足払いをした。
そしてヴァンは、その場に仰向けになるようにこけた。ヴァンが即座に立ち上がろうとした刹那、グラモラのその口から伸びる糸が、ヴァンの足に巻き付いた。
本来なら糸を燃やせば済む話なのだが、今回はそう簡単にはいかない。なぜならグラモラが、ヴァンのすぐ近くに立っている。グラモラはその人間の足を上げ、糸を燃やす暇すらないヴァンの顔を思い切り蹴った。
「うがっ」
ヴァン吹っ飛ばされた。
「弱いなぁ、勇者よ」
アリシアはグラモラのその声を聞きながら、思う。
"あんたが強いのよ"
ヴァンの焔の心とグラモラが主として扱う糸とでは、どう考えてもヴァンの方に相性の利がある。だが、それでは埋められぬほどに、経験値の差がある。
「勇者よ。君の亡骸は我が同胞の糧となり、その体の中で生き続けるであろう」
顔を蹴られたことにより体に力が入らないヴァンに対して、グラモラはそう告げる。
アリシアは思う。
"負けだわね”
そして一拍置いて、再度思う。
"ヴァンが一人で戦ってるんならね"
「スキル"雷のこぶ……"、いや、スキル回復が必要な仲間を助けるための"雷の拳"」
サキの拳がグラモラに背後から向かい、それに対してグラモラは体をひるがえして、ヴァンをこかした時のようにその八つの脚を動かした。だがその脚はヴァンの時とは違い、あらぬ方向に向かった。
サキの雷の拳がグラモラの胴体に直撃した。グラモラは少し遅れてしまったが、八つの脚でサキをはじいた。
「ヴァン君、これを飲め」
はじかれたサキはヴァンの近くに移動しており、ヴァンに薬剤の瓶を渡した。
「市販の回復薬だ。うちの調合品は、実戦で使えるような代物じゃないから……」
そんなサキの顔は、悔しそうだった。グラモラがサキを見るその顔には、怒りがにじんでいた。
「気づいたのか、小娘ぇ!!!!」
「うん、そうだね。さっきのヴァン君の背後からの攻撃を君は、その目で追えてすらなかった。それでも君は、的確に防御した。洞窟の蜘蛛も真っ暗な闇の中、松明を持っているヴァン君だけじゃなくて、逃げ回るうちの姿も的確に捉えてた。だけど、浮かんで移動してたアリシアちゃんには糸の攻撃がされていなかった」
サキは名探偵かのようにグラモラを指差す。
「その事実から推測できることがある。君達は目以外にも、敵を察知する感覚器官を有してる。そしてそれは、これだろ?」
サキはベタベタの床を指さす。そこには細い細い蜘蛛の糸のようなものが、至る所に存在している。
「君達はこの地面に敷かれた糸に触れられることでも、対象の位置を感知出来る。だからうちは近付いて攻撃する直前、履いてた靴を別方向の床に投げた。そうすることで、君の糸による感知にその靴をうちだと錯覚させることができるから」
確かにグラモラが誤った攻撃をした方向には靴が落ちており、アリシアはしみじみ思う。
"賢い奴がパーティーにいると、イライラしないでよくて助かるわ~"