第二十九話:アリシアの断言
ヴァンの持つ松明のみが光源の洞窟の中。"ぴちゃんぴちゃん"という水の落ちる音が不気味さを醸し出す。そんな場所で、アリシアがつぶやく。
「ねぇ、ヴァン。この前あたしさ、ララーシャにぼこぼこにされたあんたを連れ帰ってあげたじゃん?」
アリシアの声が、洞窟の中にこだまする。
「うん、アリシアがいなかったら、俺はたぶん死んでた」
「そうそう。でもね、あんたが次倒れても、助けないから。あたしに助けてもらえると思ってたら、あんたそれに甘えて気が抜けちゃうかもしれないしさ。だから前回助けたのが、超特例。次はないから」
アリシアの断言に対してヴァンは、神妙な面持ちで頷く。
アリシアの発言は脅しではない。ヴァンはいつか必ずアリシアと離れ、自らのパーティと一緒に魔王と戦わねばならなくなるのだ。だからアリシアの助けなしではミッションをクリアできないようであれば、魔王を倒せる器ではなかったというだけの話なのだ。
だからこそアリシアは、ヴァンを助けないことに決めた。助けないのならば、そのことを事前に伝えたほうがよい。アリシアの残酷な発言は、ヴァンのことを思ってのものだった。
そしてヴァン達は、開けた場所にたどり着いた。そこはヴァンの持つ松明の灯り程度では天井やら壁やらまでも照らせない、つまりヴァン達には全貌すらも分からないが、実はとても開けている場所。ヴァン達はその開けた場所をまっすぐに進む。
アリシアは思う。
"今あたし達を暗闇の中から見ている数多の存在に、こいつ達は気づいてるのかしら"
アリシアの思考の通り、何百もの目がヴァン達を見ていた。そして、ヴァンの方に糸が飛んできた。その糸は、ヴァンの足に絡みついた。
「なんだ?」
ヴァンはそう口にする。さらに数多の糸が四方八方から飛んできて、ヴァンの体の至る所に絡みつく。その糸の出所は暗闇の先で、目視できない。サキの方にも糸が飛んでくるが、ヴァンの持つ灯りを頼りに素晴らしき体術にてそれを躱す。アリシアには不思議と、その糸は飛んでこなかった。
アリシアは糸に絡みつかれているヴァンに対しては反応を示さずに、糸から逃げ続けるサキを見た。
"この子、本当に体術は天才的だわ"
「スキル"焔の心"」
そう口にしたヴァンの体に黒炎が灯り、絡みつく糸が燃え去った。"焔の心"はこの世の全てを燃やす劫火を出し、それを操れるという上級スキル。
アリシアはそれを自由自在、例えば龍の形にして空を飛ばすことすらもできる。だがヴァンのそれは、手に黒炎を出し、そこに触れたものを燃やせるというはるかに利便性の乏しいものだが、燃やすものと燃やさないものはヴァンが選別できる。
ヴァンはその劫火にて、自らの体に巻き付いている糸のみを燃やしきった。
「蜘蛛か」
サキがそう口にする。糸という攻撃方法からそう判断したのだろう。そしてその推測は正しい。暗闇の中、大群の蜘蛛がヴァンとサキを標的にしていた。
大蜘蛛という安直なネーミングの通り、牛ほどに体の大きな蜘蛛。性格は獰猛。洞窟に大群で生息し、獲物を糸でがんじがらめにしてから食すというそいつらは、天井やら壁やらに蠢いていた。
数多のそいつらが存在していることこそが、この場所が蠢く洞窟と呼ばれる所以。ヴァンは息をのむ。
「どうしようか?」
だが、どうもしなくてもひとまずは、何も起こらなった。大蜘蛛は敵を糸でがんじがらめにしてから食すという性質を持つ。つまり、糸を燃やせるヴァンに対してできることはない。そのことを理解した大蜘蛛は、それ以上何もしてこなかった。相性はヴァンの方が有利な以上、戦いを挑んではこないのだろう。
"賢明ね"
アリシアはそう思う。そして三人はその広けた場所から抜け、再び狭くなった道を進む。だんだんと通路が明るくなってきたのを感じるヴァン。
「光苔ね」
洞窟の壁面に付着しているその苔は付近を照らすという不思議な性質を持ち、それにより洞窟の壁が光っている。そんな幻想的な洞窟を三人は進む。そしてしばらく歩いたころ、三人の前に一体の存在が現れた。