第二百五十七話:情けない妹
「おほほほほほほほほ」
ナナラナーラが笑う。
「あんたさえいなかったら、この国は平和なままだったんじゃん」
サキの方に鞭が向かう。それをサキは片腕でキャッチした。
「なっ‼‼‼‼」
ナナラナーラが声を荒げた。
サキがナナラナーラの前に立つ。
「おほほほほほほ、肉体強化されたわたくしの前に立つなんて、笑止千万ですわ」
鞭を捨てたナナラナーラがサキに殴りかかる。
「スキル"雷の拳"」
ナナラナーラの拳よりも、サキの拳の方が速かった。
その拳がナナラナーラの顔にクリーンヒットし、ナナラナーラは吹っ飛んだ。
「くっ‼‼‼‼」
ナナラナーラ吹っ飛んだ先で殴られた頬を撫で、サキを恨めしい目で睨む。
「何よ‼‼‼‼」
ナナラナーラが初めて怒りの表情をした。
「今は、わたくしがこの国のトップ。そのわたくしが一番偉いに決まってるの。そのわたくしを殴るだなんて……」
ナナラナーラの前に、姉であるナーレシアが立った。
「あなたは、最後まで分からなかったのね。王になったから偉いわけじゃないの、偉いから王になるわけでもないの。王になった後にこの国のために頑張る誓いを持っているからこそ、王になっていいの。
その誓いを持っておらず、私利私欲のためにその地位にしがみつくあなたは、王でもなんでもない、ただ王の地位を盗んだだけのコソ泥よ」
ナーレシアがナナラナーラを睨む。その目は決して、血縁に向けるような優しいものではなかった。
「うるさいうるさい、御託をならべるなぁぁぁぁぁあぁ」
ナナラナーラが叫ぶ。
「わたくしが、この国の女王なんだ。わたくしがわたくしが…………」
ナナラナーラのその言葉。ナナラナーラは壊れたラジオのように、"わたくしが"という言葉を連呼する。
「本当に情けない妹……、仮にも女王になったのなら、"わたくしが"などという一人称を連呼しないでいただきたかったものね」
ナーレシアがナナラナーラに背を向けた。
「ごめんなさいね、サキさん。この愚かな妹に引導を渡す役目をお任せしてもよろしいかしら」
「うん、任せて」
サキが思い切り拳を引いた。
その攻撃で、ナナラナーラは殴られるのを理解し、瞳を閉じた。
「スキル"雷の、拳ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ"」
サキがそう叫び、ナナラナーラを思い切り殴った。
ナナラナーラは吹っ飛び、そして付近にある鏡にぶち当たった。
割れる鏡が散らばり、ナナラナーラは気絶した。
「うふふ、ありがとう」
ナーレシアがそう口にした。
「これで、この国に巣食う表の悪を倒せたわね」
ナーレシアは少しホッとした。
「うん、でも、裏の悪がまだいる」
「……インヨウの方がはるかに強い……」
魔力の量で相手の実力を測れるレイラがそう告げる。魔帝八中将であるインヨウの方が、ナナラナーラよりも強いことなど言うに及ばない。
「行こう」
サキがそう口にし、ヴァンに援軍するために走る一同であった。
そのサキ達が向かう少し前、いや、サキ達vsナナラナーラとの戦いが始まったのと時を同じくして、ヴァン、ミラ、アリシアがインヨウの背を捕らえた。
階段。遥か上空に向かってただただ伸びるその階段で、体の左右の色が白と黒で分かれ、角が生えた青年のような姿をしたインヨウが追い付いたヴァン達を見下ろす。
「あははは、来てくれてよかったよ」
インヨウが嬉しそう。
「なにがよかっただ。お前は俺達に倒されて終わるんだ」
「お気楽だね。僕の手のひらの上で踊っていただけの存在がさ」
インヨウがヴァンの目を見た。
「考えてもみなよ。僕はナナラナーラの鏡から外に出る能力で、いつでも君達の寝首をかけるのに、それをしなかった。君達がこの国でこそこそしてるのも全て見てたうえで、放っておいたんだ」
インヨウの身体が二人に分かれた。
黒のインヨウと白のインヨウ。黒のインヨウが口にする。
「魔帝八中将の僕だ。でも、魔帝八中将最弱の僕。だけど今日、僕はその最弱から脱することができる」
インヨウが何かを確信したうえでヴァン達を見る。
「最弱とか最強だとか、どうでもいいんだ。お前は今日負けて、この国は平穏を取り戻す」
ミラのその言葉に対して、インヨウは鼻で笑った。
「あはははは、そうなるといいね」
二人のインヨウが同時に言葉を発する。
「スキル"心の刃"」
インヨウの手に刃が持たれている。
「傑作だろう? 感情、すなわち心を持たない僕がこのスキルを使うのは」
ミラは"確かに"と思う。
そのスキルにより発現する刃は心のありようによって、いかようにも姿を変えることができる。
つまり、心が強ければ強いほどその刃は強いものになる。心を持たないインヨウとははるかにミスマッチなそれだった。




