第二百四十六話:喋りクリスタル
鏡の竜につく数多の鏡が、シュガルデを映す。
「ラギャギャギャギャギャギャギャ」
鏡の竜の咆哮。
鏡の竜はシュガルデの方に向き、シュガルデが息を飲む。
「やめろ……ランナ……」
ヴァンがそう告げた。
ヴァンは息も絶え絶え。もはや、意識があるのが不思議なほど、消耗している。
レイラが肩を貸して、なんとか立っている状態。
鏡の竜は、それ以上攻撃のようなことはしなかった。
鏡の竜はヴァンの言葉を聞いて、不思議な感覚に陥った。
"その名前を呼ばれるのは、久しぶりだな"
そんな鏡の竜は、とあるワンシーンを思い出す。
「行くよ、ランナ」
遥か昔、真っ黒な女性が当時まだ小さく、トラくらいの大きさであった鏡の竜にそう告げた。
「ラギャギャギャギャ」
鏡の竜はその存在について行く。
その存在は、鏡の竜、元々名前のなかったそ奴にランナという名をつけた。それは、鏡の竜という種族名だけではその個体を特定できないという合理的な理由であったが、それでもその名をつけられた鏡の竜は嬉しかった。
その名を久しぶりに呼ばれたランナは、懐かしい気持ちになった。
よもやこの世の情勢に興味もなく、野生の本能で自らの縄張りに入ってきたものをただただ屠っていただけの存在である鏡の竜。
だがその鏡の竜が今、懐かしさと共に理性を取り戻した。
"ジャバラと闇の化身様の戦いの後に魔界から抜け、この場所に巣食った僕だけど、懐かしい気配がするや"
ランナは崖の上に目をやった。
「きゃははははは、気づくのが遅すぎるわよ」
アリシアがランナに向けてひらひらと手を振った。
「ラギャギャギャギャギャギャギャ」
ランナはアリシアの存在に喜んだ。
"はるか昔よりも、優しそうですね、闇の化身様"
ランナは自らの名付け親である闇の化身こと、アリシアを見る。そして、ヴァンを見る。
シュガルデ達は何が起こっているのか分からず、ことの成り行きを静観していた。
ヴァンが"闇の化身"のスキルを使ったことで、ヴァンの中に闇の化身の記憶が一部混ざり、ヴァンはランナの名を知った。
さらに、ヴァンに名前を呼ばれたこと、そして同時に"闇の化身"のオーラをまとった攻撃がヒットしたことで、ランナはその場に起こっている不思議な事象を全て理解した。
ランナは面白さを感じる。
"闇の化身様のお友達なら、倒さないでおいてあげるよ"
ランナはそう思いながら、空に飛び立った。羽ばたき一つで圧倒的な暴風が巻き起こり、シュガルデ達は立っているのでやっとだった。
「どうしてどこかに行ったんだ?」
シュガルデは首をかしげるが、それでも命拾いしたという事実を噛みしめる。
「これ、落ちてる」
ミミが羽ばたいて行ったランナが落とした、鏡になっている鱗をとった。
手鏡程度の大きさのそれは全くとして曇りなく、ミミの顔を純度100%で映した。
「これで俺達の目的は達成された。あとは君達の目的だな」
シュガルデの言葉にレイラが頷いた。レイラは気を失ったヴァンを横になるように優しく倒した。
「……待っててね……」
レイラがヴァンにそう言い残し、一行は先に進む。
鏡の竜がいたところから少しだけ歩くと、左右を挟む崖と崖の間にも崖が現れた。
「……行き止まりだ……」
レイラがそう言う。実質コの字になっている崖はレイラの言う通り行き止まりになっているように見えるが、ミミがとある事実に気づいた。
「洞窟がある」
行き止まりになっているその場所には人一人程度入れそうな穴が開いており、そこに入るレイラ達。
「あ、誰か来た」
「お客さんは久しぶりだね」
「嬉しいね、どうやってもてなそう」
「もしかして、僕達が必要なんじゃない?」
「あはははは、なら誰が行く?」
「僕行きたーい」
「あ、僕も行ってもいいよ」
そんな言葉が付近から聞こえる。
「これが喋りクリスタルか」
その洞窟の中には誰もいない。洞窟の中もすぐに行き止まりで、先にも後にも誰もいない。
だけど、うるさすぎる声が聞こえてくる。
「……洞窟の壁に、なんかいる……」
口のついたクリスタルがいたるところについており、そいつらが喋る。
「……薬の材料に、なってもらいたい……」
「いいよー」
喋りクリスタルがレイラに対して明るく言葉を発する。
レイラの申し出を快諾してくれた喋りクリスタル。
「でもその代わり、薬剤に使われた僕達を川に流してもらいたい」
「……いいけど、どうして?……」
「僕達は川に流れ、そして行きついた場所に住みつき、その場所で仲間を増やしていくんだ」
不思議な生体系だが、レイラにそれを拒否する必要もなく、契約成立で、喋りクリスタルを一つ回収した。




