第二百四十話:氷の心
翌日、ヴァンとレイラは野山を歩いていた。鏡の竜の渓谷に向かう二人。ヴァンはリュックサックを担いで歩く。そのリュックサックの中に食事やら服やらの生活必需品が入っている。
「……遠いね……」
レイラがそう口にする。
無口なレイラとやかましいヴァンのペアでの移動は初めてである。
「数日間の移動になるらしいからね」
ヴァンも辟易とする。かなり距離のある移動だ。
だが、なかなかに新鮮な移動である。
「……花が咲いてる……」
ヴァン達はとある花畑に差し掛かった。
虹色よりも色の多いカラフルな花達を見て、心癒されるレイラ。
「……素敵……」
レイラは嬉しいが、嬉しがってばかりもいられない。
先に進まねばならないのだ。
「あのさ……」
ヴァンがレイラに対して言葉をかけた。
「……何?……」
レイラはヴァンの言葉に首を傾げた。
「レイラはさ、元々勇者のパーティメンバーになりたかったわけじゃないじゃん?」
「……うん……、そうだね……」
「でもさ、今俺の勇者パーティとして頑張ってくれてるじゃん?」
「……うん……」
「ありがとう」
レイラが笑った。
「……何、それ……」
不思議なヴァンの感謝。だが、レイラはサキと違って勇者パーティで活躍することが夢ではなく、言ってしまえば別に、ヴァンの元で頑張らなくてもいいのだ。それでもとてもとても頑張ってくれているレイラ。
「……こちらこそ、ありがとう……。おかげで、楽しいよ」
レイラがヴァンの横で足を止めて、ヴァンの方を見ながらそう口にした。レイラの足元にはレイラの好きな花が、いたるところに存在していた。
そんなこんなで夜になり、簡易なテントを張って、そこで眠る。
翌日もひたすらに歩くヴァンとレイラ。
「……足が痛い気がする……」
そんなことを口にするレイラ。
「大丈夫、気のせいだ」
ヴァンの適当な励まし。
「……気のせいじゃ、ない気がする……」
レイラはそう告げるが、進まねばしょうがない。
「うわ、魔カエルだ‼️‼️」
とても大きくて人間すら丸呑みできそうな、毒々しいオレンジと黒の色で形成されるカエルが現れた。
「触れると毒に犯されちゃうね」
レイラはその魔カエルを冷静に分析した。
「スキル"焔の心"」
ヴァンに黒炎が灯り、その状態で魔カエルの方に向かう。
黒炎をまとい歩くヴァンは、強キャラ感が出ていた。だからこそ魔カエルは、ヴァンとレイラに対して行動を起こさなかった。中級魔族である魔カエル。自らと相手の実力の比較くらいはできる。ヴァンに勝てないと判断したからこそ魔カエルは、ただただ"ゲコ"と鳴いた。
そして魔カエルは舌を伸ばし、ヴァン達とは全く関係ないチョウチョを食べた。
だが、魔カエルを筆頭として、魔物がたくさん現れ始めた。中級魔族程度には手こずらないヴァン達だが、その事実はとあることを明示している。
魔族の支配する、人間が寄り付かない、いや、寄り付けないエリアにたどり着いたのだ。このエリアの奥に、鏡の竜の渓谷とやらがある。あとだいたい一日歩けば、そこにたどりつく。
「ラギャギャギャギャギャギャギャ」
とある叫び声が聞こえた。
「何の鳴き声だろう?」
ヴァンは首を傾げた。
「……分からない。でも、遥か彼方から聞こえたね……」
レイラはその声が聞こえてきた方を見た。
「まさか、鏡の竜の声ってことはないよね」
ヴァンが顔を引きつらせる。
「……まさか………ね」
レイラもぼそりとそう告げた。
そんなことに気を取られていたヴァン達。付近をとある存在に囲まれ始めたことに気づくのが、少し遅れてしまった。
"夜魔"という上級魔族。その魔族は黒い霧の集合体のような姿だが、その霧の身体であらゆる生物を形作れる。
今、鳥ような夜魔、馬のような夜魔、サルのような夜魔というように、複数体の夜魔に囲まれているヴァン達。
「スキル"焔の心"、"圧倒的な正義感"」
ヴァンがそう叫び、黒炎をまとった剣で一体の夜魔に斬りかかる。だが、霧状の夜魔にその攻撃は効かなく、ただただすり抜けたヴァンの斬撃。
ヴァン達は夜魔に攻撃する術を持っていないにもかかわらず、夜魔はヴァン達に霧の状態で取り憑く。
「……体力がなくなる……」
霧状の夜魔は獲物に取り憑き、生気を奪うのだ。今ヴァン達は取り憑かれた夜魔に対処する方法がなく、絶対絶命と言っていい状況。
「どうしよう……」
どうしようも何も、ヴァン達にはどうすることもできなかった。
「スキル"氷の心"」
ヴァン達の付近の温度が急激に下がった。ヴァンとレイラに取り憑いている夜魔が付近の大気ごと、凍らされていた。それにより、夜魔の脅威は去った。
「おいおい、危ないところだったじゃないか、ヴァン」
ヴァンに対して笑いかける存在がいた。




