第二百三十話:本当の意味での友達
そして翌日、ミラは自宅で目を覚ました。いつも通りの朝。
「ふぁぁぁぁぁ」
ミラはふかふかとは程遠い、安っぽい布団から起き上がった。
「朝か」
ミラは朝、作り置きしていたおにぎりを食べ、歯を磨く。そして作業着に着替え、いつものミラの日常が始まった。
仕事に向かうミラ。仕事中、誰よりもまじめに働くミラ。部下やら同僚やら上司やらのたくさんの人々に頼られるミラ。
"僕以外の人にも頼ってよ"
心の中でそう思うミラ。
だが、みじんも態度に出さず、とても勤勉に働くミラ。
昼にご飯を食べながら資料に目を通すミラ。昼休憩が開けてもシャカシャカ働くミラ。
ミラは夜、仕事を終え、大通りに溶ける。
「くそ、疲れた」
知人のいない場所では悪態をつくミラ。
そんなミラの前にとある存在が現れた。
「よう、ミラ」
ヴァン達だ。
「あははは、どうしたの?」
「俺達は修行終わりなんだ。ミラも仕事終わりだろ? 一緒にご飯に行こう」
「あー、いいよ」
ミラは過去にたくさん友達がいたと自負していた。しかし、その友達との食事はミラにとって気の乗らないものであった。
だが、なんでだかミラは、ヴァン達との食事は悪くないと、心の中で思っていた。
「何を食べようか?」
ミラが問う。
「前はミラが決めて、その前はレイラが決めて、さらにその前は俺が決めたから、今日はアリシアかサキだね」
ヴァンはそう告げる。ミラはヴァン達との食事が悪くないと思う理由を自らの中で理解していた。
"ヴァン君達は、僕を同等の存在として扱ってくれるからだろうね"
そんなミラの感想。
「きゃははははは、今日はあたしよ。あたしはね、夢羊の肉をまぶしたパスタを食べたいの」
アリシアがそう提案し、ヴァン達はそれを食べることとなった。
「ミラは食べたことあるの? その料理」
「ないなぁ。あんまり食に興味がなかったからね」
「でしょうね」
そんな会話をしながら料理を食べに向かい、そして現に料理を食べる一同。
「……美味しい♡……」
レイラが夢羊肉がまぶされたパスタをもぐもぐとしていた。
「あははは、良かったね」
そう口にするミラは不思議な感覚だった。過去ミラにはたくさんの友達がいたと自負しているにも関わらず、味わったことのない感覚。
"これが、楽しいっていう感覚なのかな"
ミラはそう思った。ミラは初めて他人と平等に接している。今までミラが友達だと思っていたのは実は友達ではなく、ただただミラが相手の機嫌取りをしていただけの関係だった。そんな状況でミラが楽しいと思えるわけがない。
だが今、ミラはヴァン達に同格として扱ってもらえたことで、初めて人付き合いに対して楽しいという感想を持ったのだ。
「ミラはさ、仕事大変なの?」
ヴァンの問い。
"いいや、大丈夫だよ"
過去のミラならそう言っていただろう。だがミラは、
「うん、すっごい大変だよ。みんなして僕を頼ってきて、てんてこまいなんだ」
と口にした。
「きゃははははは、まじめっ子は大変ね」
アリシアが笑う。
「そうそう、ほんとにね」
ミラは生まれて初めて、他人に対して愚痴を吐いた。それをすることで、心が少し楽になった。
そしてヴァン達はご飯を食べ終わり、解散する運びとなった。
お店から出たミラがヴァン達とは別方向に歩き出す前、ヴァンに向けて言葉を発した。
「あのさ、明日も時間が会えば、一緒にご飯を食べてくれないかな」
その言葉を聞いたヴァンが笑う。
「もちろんだよ、俺達友達だろ」
ミラは自らに初めて、本当の意味での友達ができたことを理解した。
「あはははは、ありがとう」
ミラはおそらく人生で初めて、気分良く帰路についた。
「友達か……」
ミラは帰り道にて、誰にも聞こえない程のトーンでそう口にした。
そして、インヨウが指示したその日まで、ミラは同じような日々を繰り返した。日中仕事に行き、夜になるとヴァン達と会い、共にご飯を食べる。
ヴァン達は日中ミッションや修行をしているみたいで、ミラと同じようにへとへとの状態で食べるご飯だったが、ミラは楽しかった。
そして、ご飯を共に食べる回数が増えるにつれ、ヴァン達とミラの仲は深まっていった。
今日はサキの提案で焼き肉を食べる一同。焼かれるお肉を見ながらミラは思う。
"友達って、いいもんだな"
そんなミラの不思議な感想は口に出されず、肉を焼く煙と共に宙に溶けていった。
そんなミラの一週間だった。




