第二百話:運命の奴隷
いびきをかき続けるバグ。
「きゃははははは、なに素っ頓狂な顔をしてるのよ」
アリシアがただただ呆けているヴァン達を見る。
「どうなったの?」
ヴァンの問い。
「お腹いっぱいになったら、眠くなるでしょ? さっきまでの攻撃で、バグの腹が満たされたってことよ」
「まじか…………」
サキが顔をしかめる。
「すごい生物だね。ただただ食べ続けて、食べるのに満足したら眠るだなんて」
「それが、バグという生物よ」
バグは寝続ける。ヴァン達の身体に付着していたバグの影も、いつの間にか消え去っていた。
「なら、眠っている間に倒さないと」
サキは焦る。こんな千載一遇のチャンスなどないのだ。
「無理無理無理無理のカタツムリ」
「なにそれ」
アリシアのダジャレにサキがつっこむ。
「さっきまで食べた魔力が今、バグの身体に溢れてる。その魔力が鎧となり、バグに対する攻撃は効かない。バグの魔力が全て消失するほどに攻撃し続ければ攻撃が通るようになるかもしれないけど、その際には腹をすかせたバグが目を覚ますってことだからね」
アリシアの言葉は絶望的なものである。
つまり、バグを真に倒す術はないということだ。
腹が満たされたら喰いまくった魔力を防御に使って眠る。そしてその魔力がなくなったら目を覚まし、ありとあらゆるものを喰らう。その無限ループ。
「きゃははははは、だから、ジャバラですら倒せてないのよ」
アリシアの言葉に皆、息を飲む。
「でも、安心しなさい、この状態のバグは目を覚まさないわよ。何もしなけりゃ、数百年位はね」
アリシアの言葉にヴァン達は少なくとも安堵した。
「………てことは………」
レイラが意味ありげにアリシアを見る。
「あんたらは、バグからこのエルフの国を守ったってことよ」
「やったーーーーー」
アリシアのその言葉に、ヴァンがとても喜ぶ。
ヴァンだけではなく、他のメンバーもとてもとても嬉しそう。
エリーラがその眼から涙をこぼした。
その涙の理由は、一つだけではない。バグに勝利できた安堵、自らにスキルが宿った嬉しさ、兄と和解した幸せさ、そして、父であるヤガラガラの死。
それらの理由により、エリーラの目に涙があふれた。
「うっ」
エリーラがただただむせび泣く。妹が泣くというその様に対して、エギラガはどうすればいいのか分からず、ただただ妹を見ていた。
「あんた、なにやってんのよ」
アリシアがエギラガのお尻を軽く蹴った。
「戸惑っている。どうすればいいのか分からずに」
「あんた、仮にもお兄さんなんでしょ。エリーラによりそってあげなさいよ」
エギラガも少なからず心の中に様々な感情が渦巻いていた。だがエギラガは、不器用な男ながら妹の横に行き、そしてその頭に手を置いてポンポンとした。
「ありがとう……ございます……」
エリーラは涙ながら、エギラガを受け入れた。
そんな兄弟の絆に、ウルっと来たヴァン達だった。
「きゃははははは」
湿っぽいシーンが苦手なアリシアが、ただただ笑った。
「……バグは、どうするの?……」
レイラが問う。
「彼は、私が預かります」
ルゥがそう口にし、そして一枚の書面を出した。
「これ、ヤガラガラ様と交わした契約書です。はるか昔、バグがこの国に来ることを運命で読んだ私がヤガラガラ様と契約したのです。バグを倒す協力をする代わりに、倒したバグの身元を預からせていただくことをね」
確かに、契約書にはその事実が記されている。ルゥが見ていた元々の運命では、バグは神樹を食べ終えた後に眠りこける予定だった。だから本来は、そのタイミングでバグを回収しようとしていた。
ルゥが言葉を発する。
「スキル"魔獣招来"」
ルゥがそう口にしたとき、この場所にとてつもなく大きな存在、一般的にドラゴンと呼ばれる、この大きな深淵の巨穴の中でも窮屈そうに体を屈めている両翼の存在が現れた。真っ赤な体躯のそいつは、牙だらけの大きな口で、バグを咥えた。
「あなたは、何者なの?」
サキがルゥに問う。
「うふふ、しがない運命の奴隷です」
ルゥがそう口にした瞬間、ドラゴンがルゥの方に頭を垂れた。その頭にルゥが乗る。
最上級魔族であるドラゴンを従えるルゥであった。
「それでは、さようなら」
ルゥがそう言うやいなや、ドラゴンは空に向かって羽ばたいていった。
その羽ばたきで深淵の巨穴の中に暴風が巻き起こる。
「本当に何者なのさ」
サキは腑に落ちない。
「きゃはははは、可哀そうな可哀そうな、運命の奴隷さんよ」
アリシアがそう告げたが、やはりサキにはルゥの正体が分からなかった。
 




