第百八十六話:攻め入る隙
「スキル"闇の化身"」
アリシアはそう口にし、世界が一瞬にして黒みをました。
アリシアと離れた場所にいるヴァン達も、殺気のようなものを感じた。その殺気によりヴァン達は、戦いが始まったことを理解した。
アリシアの身体が、真っ黒な闇のようなオーラをまとった。
その状態でアリシアは背中に真っ黒な翼を生やし、空に浮かび上がった。
そしてアリシアは、不自然に樹木が消え去っていく場所を見た。
そこをとある存在がただただ歩いていた。真っ黒な身体に数多の真っ赤な口を持つ人間状の生物である、バグだ。
アリシアはその存在を、しかと認識した。
バグはただただ悠々と、神樹に向かって歩いていた。そのバグを、アリシアは天空から見る。
「どう攻めようか」
アリシアが悩んでいたおり、バグが顔をいきなりアリシアの方に向けた。
真っ赤なバグの目がアリシアを見た。
「あちゃ~」
アリシアのそんな言葉。バグがアリシアと神樹を見比べる。
バグは考えていた。人間のような言葉を持たないバグだが、その思考を言葉にするとすれば、"神樹とあの女の子、どっちが美味しいんだろう?" といったものが最も適するだろう。
アリシアもそのバグの感情を理解していた。
「きゃはははは、あたしを餌程度に考えるとは、生意気なやつね」
アリシアは悠々と笑いそして、バグの方に手を向けた。
「まずは挨拶してあげる」
アリシアの手から真っ黒なオーラがバグの方に向かった。バグはそのオーラをただただ見た。バグを中心に半径50m程の場所を攻撃するかのように向かうそのオーラは、確かにバグ及びその付近に当たった。
そして、地面に大きな穴が開いた………、バグの立つ場所のみを除いて。
あまりに深い巨穴の中心の、バグが立つ場所だけ無傷。
バグはアリシアの方をただただ見る。
そして、その数多の口が言葉を発する。
「ぎゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」
とてもとても楽しそうなバグの笑い。体中に存在しているバグの真っ赤な口から、まるで血のような涎が垂れた。
バグは屈伸のように足をかがめた。そして、まっすぐに伸ばす勢いのまま、上に跳ねた。一瞬にしてアリシアの眼前まで跳躍したバグ。
バグはただただその口だらけの手でアリシアを殴る。
"これ、たぶん喰らったら即死だわね"
アリシアはその事実を噛みしめる。バグに触れたものは、森羅万象全て、即座に食される。
「スキル"闇の盾"」
アリシアとバグの間に真っ黒な盾が生じた。バグはその盾を殴る。その盾は全くとして盾の役割など果たさず、バグのその手により、食されながら突き破られた。
バグの拳がアリシアの腹部に当たる。
そして、アリシアは吹っ飛ばされた。アリシアは高速で地面にぶち当たる。
「きゃははははははは」
アリシアが地面にぶち当たったことで、地面にクレーターが作られた。
「やっぱり魔力を食べている間だけは、相手を食すことによる即死の攻撃はないらしいわね」
アリシアはその事実を理解した。
先ほどアリシアが作った"闇の盾"に、アリシアはこれでもかというほどに魔力を注入した。その魔力が注入された盾を攻撃した際、バグはその盾を食し始めた。だからバグはアリシアを攻撃こそすれ、食べることはしなかった。
"バグは同時食べはしない"
それが、バグに存在する唯一の攻め入る隙だ。
アリシアは立ち上がった。そして、体についた土を左手でぱんぱんとはたく。
「あら?」
アリシアが右腕の方を見た。その右腕は、あらぬ方向に曲がっていた。
「痛いと思ってたのよね〜」
アリシアは骨が折れていることを理解してから笑う。
「スキル"オールヒール"」
アリシアはそのスキルを使用し、折れた腕は治った。
そのアリシアの側に、とある存在が降りてきた。もちろんバグだ。
「ぎゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」
バグはアリシアを見て、とても楽しそうに笑う。
バグの言葉を代弁するとすれば、「美味しそう」というものが適するだろう。
アリシアはそのバグの感情を直感で理解し、そしてちょっとだけムッとする。裏ボス兼闇の化身のプライドだ。
「スキル"魔力無限"」
アリシアは文字通り無限の魔力を有するというそのスキルを使用した。アリシアの付近を圧倒的な魔力が支配する。
超濃密な魔力が付近に充満したことを理解したバグが、とても嬉しそうに笑った。




