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第百七十話:バイバイ、幸せ

 エギラガは幸せを感じていた。本当にただただ立っているだけで体中に溢れる幸せ。


”僕は、これで良かったんだろうな"


 エギラガはそう思う。"幸せ"のスキルを受けると、苦しみもなくなった。ずっとエギラガが感じていたプレッシャーも消え去り、エギラガは笑う。


「ああ、幸せだなぁ」


 エギラガはそう口にした。そんなエギラガだった。



 

 ヴァンはエギラガの横で叫ぶ。


「おい‼‼‼‼ 戻ってこい。王になるんだろ?」


 ヴァンの言葉はエギラガに響かない。

 

 いや、エギラガにとっては響かないほうが良いのかも知れない。エギラガはこのままではこの場所から出れない。しかしエギラガにとってこの場所から出るというのは、また"王になる"というプレッシャーに苛まれることになる。


 だからこそ、エギラガはこの場所にいたかった。エギラガが弱いわけではない。この世界、数多の苦しみがある。その苦しみに打ち勝つのは、生半可な覚悟では無理だ。生きるというのは苦しいことであり、だからこそ"幸せ"という魔物は生まれたのかも知れない。


 世界で一体のみ存在が認められるその魔物"幸せ"は、何故自らが生まれたのかも分からない。だが、分かっていることとして、"幸せ"は気が付いたら存在しており、そして、他人を幸せにすることがなにより自らにとって嬉しいことだった。 


 そんな"幸せ”などほっといて、ヴァンはエギラガに向けて叫ぶ。だが、その言葉は届かない。



 エギラガは思う。


"僕、何かにならねばならなかった気がする。確か、何かになろうともがいていた。何だったっけ、この幸せの中、忘れてしまったな"


 エギラガは正直忘れてしまったことなど、どうでもよかった。圧倒的な幸せの中、エギラガは何もかもを忘れかけていたが、忘れていくことなど取るに足らないことのように感じた。


"ああ、だけど、忘れちゃいけない大事な何かを忘れている気がする"


 そんなエギラガの感想。エギラガにとって、この国の王になるということは実はどうでもいいことだった。周りの奴らがなれと言ってくるからなろうとしているだけで、そんなことは取るに足らないこと。だが、エギラガは他に何かを忘れている気がして、考える。


"何を忘れてるんだっけ?"


 そんなエギラガの耳に、とある言葉が響いた。


「お兄様、もしも、もしもお兄様が今までどうしようもなく辛かったのなら、そのスキルを受け入れていただいても構いません………」


 それは、エギラガの妹であるエリーラの言葉。ヴァンの言葉は全く届かなかった中、その言葉はエギラガの耳に届いた。


"ああ、そうか。俺には妹がいるんだったな"


 エギラガは涙する。幸せの中涙を流すというのは、とても不思議な状態だったが、エギラガはその眼からボロボロと涙をこぼす。


「元に戻りたくないなぁ」


 エギラガはそう告げる。それほど"幸せ"のスキルはエギラガにとって心地が良かった。


 エギラガはうずくまる。


「戻りたくない」


 そんなエギラガの耳に言葉が響く。それは、妹の言葉だ。


「戻りたくないのなら…………、そのスキルを受け入れて下さい。お兄様がとてもとても苦しみ、そしてとても頑張っておられたことを私も知っておりますから………。


 だから、お兄様はここにいて下さっても結構です。今まで頑張ってくださったお兄様の代わりに、ここからは私が頑張っていきます」


 エリーラの断言、というか思いやりの言葉はエギラガに響く。


"ああ、ここにいていいんだ。なら、このまま…………"


 エギラガの心が、すっと楽になった。


 それは、とてもとても楽な選択肢。エギラガの涙が止まった。


 そして、エギラガは頭の中で思う。


"僕は、この幸せを放棄する"


 エギラガもヴァン達同様説明されていなくとも理解していた。"幸せ"のスキルは、自らが放棄したいと考えれば、解除できる。だからこそエギラガは、そう思考した。


"バイバイ、幸せ"


 エギラガの幸福は、遠ざかっていった。


「お兄様……‼‼‼‼」


 エリーラが言葉を発した。


「やれやれ、うるさいからしょうがなく帰ってきましたよ」


 そんな憎まれ口を発するエギラガ。


「きゃははははは、強いじゃない、あんた」


 アリシアがエギラガを褒める。


「当然です。僕は、この国の王になるのですから」


 アリシアはエギラガが王になるためではなく、妹の声に呼応して戻ってきたことを理解していた。

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