第十四話:頑張る理由
アリシアは不愉快な夢にうなされて、目を覚ました。
「ヴァンがいないわね」
草木も眠る深夜2時頃、部屋は静かだった。
"なにやってるんだろう?"
アリシアは起き上がって、パジャマからいつもの服に着替えた。
"薄暗い森"という名の森。夜になり、ただでさえ薄暗いそこが一層暗くなっている。魔物達の遠吠えも聞こえる、不気味な場所。
そんな森をアリシアは進む。アリシアの前、トカゲの顔をした人間が鎧をまとったという姿をしている、魔族トカゲが現れた。魔族トカゲはアリシアを一瞥した。下級である魔族トカゲは言葉を発することができず、裏ボスであるアリシアの存在も知らない。
だが、目の前の少女の持つ禍々しさが自らのそれとは比べ物にならないことを理解し、即座に逃げ出した。
「きゃはははははは、あたしの配下の魔物は優秀ね」
アリシアはアリシアにとって何の怖さもない夜の森を、スキップしながら散策する。夜風が吹いて、気持ちのいい散歩であった。
少し開けた場所の付近で、アリシアは木の影に隠れた。そして、月に照らされた青年を目撃する。
「焔の心!!!!」
青年はそんな声を上げ、その手に黒色の炎が灯った。
アリシアはスキル"物質創造"でナイフをその手に創造した。そして背後から青年に忍び寄り、ナイフを首元に突き付ける。
「きゃはははははははは、ざーこ」
アリシアは月夜に笑う。
「なんのつもり? アリシア」
ヴァンは両手を空に向けて、降伏のポーズをとった。
アリシアはナイフを、ヴァンの首から離した。
「集中するのは良いけど、集中しすぎ。狡猾に忍び寄ってくる魔物がいたら、命がなかったわよ。そのことを教えてあげたの、きゃははははははははは」
「わざわざナイフをあてなくても、言葉で言ってくれたら分かるのに」
「きゃははははははははははは、こうしたほうが骨身に染みるでしょ?」
アリシアはとても楽しそうに笑う。
"絶対自分がやりたかっただけでしょ"
アリシアの満面の笑みからヴァンはそう推測したが、言葉には出さなかった。
「前よりも炎が大きくなってたわね」
「うーん、それでもアリシアが部屋で見せてくれたのには大きく届かないけどね」
「一朝一夕で強くなれるんなら、誰も苦労しないのよ。簡単に手に入らないものにこそ価値があるの」
ヴァンはアリシアの発言をしかと聞く。
「アリシアって見た目は幼いのに、本当に大人じみたことを言うよね」
「あんたよりも長い時を生きてるのよ」
アリシアはそう言って笑った。
「それにしてもあんたさ、ほんとよくやるわね」
アリシアは他者に対してあんまり感心するという感情を抱かない。だが、ヴァンはまぁまぁ見どころがあると思っていた。
「なんでそんなに頑張るの?」
「俺は、みんなが……」
「みんなが笑って暮らせる世界を作りたいんでしょ? 前聞いたわよ。でもさ、なんでその理由でそんなにも頑張れるの?」
アリシアがジッとヴァンを見る。
「理解ができないの。魔王を倒して名声と富を得たいとか、勇者っていう肩書を活かして女にもてたいとか、そんな欲望が頑張る理由の方が、はるかに理解できる。でもあんたは欲望ではなく、世界を良くしたいとかいう願いのために頑張ってる。なんで他者のために、そんなにも頑張れるの?」
ヴァンは目を閉じて考えるそぶりを見せてから、ぽつりぽつりと言葉を発する。
「俺の出身である終わった街は、元々は商業の街だった。でもある日、魔帝八中将の一角であるニーズランドの襲撃により、滅ぼされたんだ」
魔帝八中将はアリシアが影で中ボスと呼んでいる、ガラムハザール配下の特に強い八体の魔物を示す呼称だ。
つまりヴァンによると、ヴァンの街を滅ぼしたのは間接的にアリシアということになる。
だが、アリシアには納得できない箇所がある。
確かに商業の街は滅んだとアリシアも聞いていた。だがそれは、人間同士の戦争で滅んだというのがガラムハザールから聞いたアリシアの持つ情報だ。アリシアの認識と、ヴァンの言葉には明確に矛盾がある。
それを踏まえてアリシアは、ヴァンの言葉に耳を傾ける。
ヴァンはゆっくりと、自らの生い立ちを語り始めた。




