第百五十一話:第一の試練
ダンジョンの中、落ちたはずなのにヴァン達には落下した記憶がなく、洞窟の中を歩いていた。下から上に落ちてきたはずなのにいつの間にか真っ直ぐ歩いているという現状に、不思議な気持ちになる。
薄暗い洞窟の中、誰が用意したのか分からないが道の要所要所に松明が設置されている。
「じめじめしてる」
アリシアがそう口にした。そのダンジョンと呼ばれる洞窟の中、木で作られた宝箱が存在していた。それをヴァンが開け、中には赤色の草が入っていた。
「やったぁぁぁ、毒消しヨモギ草だぁぁぁぁ」
サキが狂喜乱舞した。毒消しヨモギ草は、ほっとんど価値のない草。
「………その草、そんなに嬉しいの?………」
レイラの悪意のないその疑問。サキは頷く。
「うん、最高だよ‼‼‼‼」
「……へ~~~~……」
そういうもんかとレイラは頷いた。だが、本来毒消しヨモギ草なんざ、別に手に入れたからと言って大手を振って喜ぶようなものではない。だが、薬剤というか回復がらみのことはどうも人一倍感度よく嬉しくなるらしいサキを見てアリシアは、"いつものことね"と思った。
ヴァン達はダンジョンの中を歩く。ヴァン達の前、大型のコウモリが複数匹現れた。それは地下に生息する魔物である"ビッグバット"という存在。単体であれば下級魔族であるが、数百匹ほどの群れで存在しているそいつらをその群れ単位で考えると、上級魔族と同等程度。少なくとも中級魔族程度の実力の者はそいつらに血を吸われ、カラカラになる。
「スキル"焔の心"」
ヴァンが黒炎を灯った。
「みんな、俺の後ろに」
ヴァンの後ろに皆が立った。
ヴァンの手から黒炎がビッグバット"に伸びるように進む。
ヴァンは楽しみの国での経験により、黒炎を手から離れた場所で操れるようになった。その黒炎がビッグバットの複数体に当たり、その身体に黒炎が灯った。群れ単位では上級だが、単体では下級であるビッグバットはその黒炎になす術なく、その場から逃げた。
逃げていくビッグバットに灯った黒炎をヴァンが自らの意志で消してあげた。ビッグバットがいなくなって静かになったこの場所を進む。
洞窟の奥に、とある扉が存在していた。
「なんだろう、この扉?」
ヴァンが首をかしげるが、洞窟の中には似合わないその銀色の厳かな扉に手をかけた。その扉を開いた瞬間、扉の中から目を開けていられない程の光がヴァン達を包んだ。
"第一のダンジョン:恐怖の試練 : ダンジョンクリア必要人数5人"
そんな言葉がヴァンの脳裏に届いてきた。
気がつくとヴァンは、とある街に立っていた。ヴァンはこの場所に見覚えがあった。ヴァンが生まれ育った終わった街の元である商業の街が滅ぶ前の姿をしているその場所。
そんな街の中、とある存在がいる。魔帝八中将の一角であるニーズランド。そいつは商業の街を終わった街にした元凶である。
ヴァンは息を飲み、そいつを睨むが、ヴァンの腰は引けている。
「こんにちは、弱き勇者君。僕は今からこの街を滅ぼします」
ヴァンは言葉を口にした。
「スキル"圧倒的な正義感"」
ヴァンの手に正義の剣が握られるが、ヴァンはそれ以上行動を起こせなかった。
"怖い"
ヴァンの思考はその言葉に支配される。子供の頃に植え付けられたそのトラウマは容易に拭えるものではなく、ヴァンは怯えている。
ヴァンは攻撃しなければならないと頭では理解していた。しかしヴァンは、攻撃などできやしなかった。
「はははははは、どうしたのでしょうか? このままではこの街は滅んでしまいますよ?」
爆音がヴァンの耳に届いてきた。ニーズランドが言葉を発すれば発するほど、ヴァンの恐怖は増していた。
ヴァンの心の中を支配する言葉。
"怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い”
ヴァンはそんな言葉を心の中でただただ繰り返す。
ニーズランドはニヤニヤととても楽しそうにヴァンを見ていた。
この街の中を逃げ惑うたくさんの人々がその目に映ったヴァンの思考は、
"怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い………………、だけど………俺は戦わなければ‼‼‼‼ 俺は、勇者なんだ‼‼‼‼”
と、変わった。
勇者としての誇りを持つヴァンは、震える足でニーズランドに向かった。




