第十話:焔の心
「あ?」
「え?」
シュガルデとアリシアが驚きの声を上げたのは、同時だった。ヴァンの手に黒色の炎が現れている。
"なぜあいつが、あれを使える?"
アリシアはそんな疑問を持った。氷が溶けて自由になったヴァンは、シュガルデを見る。
「スキル"焔の心"」
ヴァンがそう口にした瞬間、黒炎が一層大きくなった。
"焔の心? それは上級スキルよ? なぜヴァンがそれを使えるの?"
アリシアの疑問のヒントはすぐにアリシアの脳裏に浮かんだ。昨夜アリシアがヴァンに与え、そして回収したスキルこそが、"焔の心"であった。
アリシアは頭をフル回転させる。
"だが何故だ? あたしはそれを確かに回収したはずだ"
「あいつの体、あたしが"焔の心"を渡している間に、そのスキルを習得したっていうの? 馬鹿な」
だが現にヴァンはアリシアの回収したスキル、"焔の心"を使っている。あの黒炎は間違いなく、焔の心により発せられるそれだ。
「きゃははははははは」
アリシアは笑った。
「どこまでもあたしの予想を裏切ってくれる奴だこと」
だが、もしも仮にアリシアが"焔の心"を100%の実力で発動した場合、この円形競技場に生きている存在はアリシア以外いなくなる。本来焔の心はそんな馬鹿げた火力の上級スキル。だが、ヴァンの使うそれは、手に黒炎が灯るだけ。
しかし、観客はざわついている。
「焔の心だと? 上級スキルを使える勇者候補生なんて、いるはずがない。A級勇者だって上級スキルを使えるやつは、あんまりいないんだぞ」
「すっげぇ、あの炎かっけぇ」
「さっきスキルチェックで確認した時にはそんなレアスキルなかったぞ!? この戦いの最中、発現したのか!?」
ヴァンはシュガルデの前に改めて立った。シュガルデは氷の剣でヴァンに斬りかかるが、その剣はヴァンの元に届くことなく、溶けていった。
シュガルデは鼻で"フッ"と笑った。
「降参だ、勝てねぇ」
シュガルデの発言に観客が落胆する。
「えー、せっかく焔の心の戦闘が見れると思ったのにぃ~」
「氷の貴公子なんて呼ばれてても、腰抜けなんだな」
アリシアはシュガルデの様を眺めながら思う。
"正解よ。あんたがとれる最善はそれ"
だけどアリシアは、もにゃもにゃとした微妙な表情を作った。
"でも、あたしはヴァンの負けを確信してたから、そのあたしの考察なんて、あんまり意味がないのかしら"
珍しくナイーブになっている闇の化身様であった。
だが、確かにシュガルデの判断は間違いではない。審査員が合否の判定をするが、ヴァンは言うまでもなく全員合格、シュガルデも全員合格の判定だった。
シュガルデの判定結果には、状況判断能力による加点も含まれる。シュガルデは勝ち目のない勝負で自ら敗北を宣言した。それは、無駄な犠牲を出さない、良い選択であった。
そのことも加味され、シュガルデも満点の合格となった。シュガルデはヴァンを見る。
"殺し合いもしたことのなさそうなガキに負けちまったか"
シュガルデは勇者のサラブレットとして思う。
"まだまだ強くならねぇと"
シュガルデはヴァンに対して言葉を発する。
「いい勝負だった」
シュガルデはヴァンの前に手を突き出し、ヴァンがそれを掴み、成立する握手。
「うん、すっごい楽しかった」
満面の笑みのヴァンと対照的に、クールに笑うシュガルデは思った。
"いつかまた戦おう。その時は、俺が勝つ"
勇者としてきっと大いなる価値を持つそんな野心を、シュガルデは心の中に飼っている。
「やった~~~~、勇者になれたぞ~~~~!!!!」
さすがのヴァンでもその事実には気づいていたらしく、大騒ぎしていた。そしてリンライに、
「君、次の試合があるんだよ。勇者ならマナーを守りなさい」
と、諭された。
「はい、勇者である俺はマナーを守ります」
と、敬礼したヴァンに対してリンライは少し、イラッとした。
それから試験は続き、計27名の勇者候補生が勇者へと進化できた。
勇者になれなかった勇者候補生は円形競技場から去り、勇者になれた者のみがここに残る。