第九話:勝つのは俺だ
ヴァンは2の数字をひいた。他の勇者候補生もその箱から紙を引き、戦う相手と順番が決定した。
「それでは、第一試合スタート」
リンライの号令とともに、女性二人が戦いを始めた。アリシアは一応眺めていたが、しばらくして見るのをやめた。
それは、世紀の大凡戦であった。
片方の女性が砂を握って相手に投げ、相手はそれが目に入ったらしく、しきりにこする。
「やめてよ!!」
目に砂が入った女性は怒ってタックルする。でも大して力がないらしく、迫力の無いタックル。だが、それを受けた女性は「きゃぁ」って言いながら、しりもちをついた。
そんなキャットファイトが10分ほど続き、しばらくして最初に砂を投げた女性が、
「もう、ギブアップです」
と諦めて、もう片方の女性が、
「やったーーーーーー!!!!」
と叫んだ。そして、二人とも審査員により不合格とさせられた。五人の審査員は誰一人として、どちらの女性にも"合格"の札を上げなかった。
二人の女性はとぼとぼと競技場を後にし、アリシアは大きなあくびをした。
そして、次の戦いはヴァンvs格式高そうなローブを身につけた背の高いイケメンであるシュガルデだ。
シュガルデの水色の髪が、風で揺れた。
「きゃーーーー、シュガルデ様だ」
「今回の勇者認定試験の最有力候補と、一次試験の最高得点者の戦いか」
「シュガルデは別名"氷の貴公子"と呼ばれる下馬評No.1の勇者候補生だ。あのヴァンってやつは、勝てやしないだろう」
そんな言葉がアリシアの耳に入ってくる。アリシアはその試合を、目を見開いて見る。
「さて、みんな注目の第二試合、スタートだ」
リンライがそう言った後、まず動いたのはヴァンだった。ヴァンはアリシアに教えてもらい、自らが速度3倍"のスキルを持っていることを理解していた。
「スキル"速度3倍"」
ヴァンのその言葉がトリガーとなり、ヴァンの速度が著しく向上する。超速でヴァンはシュガルデに向かった。
"ああ、こいつやるな"
シュガルデはそんな感想を抱いた。シュガルデは両親ともA級勇者の家庭に生まれた、勇者のサラブレット。勇者になることを両親から義務付けられ、今日までそのために修行してきた。
だからこそシュガルデは、目の前の男が粗削りだがしっかり体を鍛えていることが分かった。
"だが、あくまで体を鍛えているだけで、戦闘の経験はない"
ヴァンがシュガルデの前に到達した。そしてその拳を振りかぶる。
「ごめん」
ヴァンがそう言いながら、シュガルデを殴ろうとした。
「その言葉はいらない。これは戦闘なんだ」
シュガルデはそう言った後、「凍れ、スキル"氷の心"」と続けざまに発した。
ヴァンは拳を振りかぶった状態で歯を食いしばったまま、静止している。体の各関節が凍っており、動けなくなっていた。
「君、筋は良い。だけど戦闘、いや、殺し合いをしたことがないだろう。殺し合い経験者なら、馬鹿みたいに前から突っ込んでくることも、攻撃する前に"ごめん"だなんて言葉を発することもない」
"ええ、そのとおりね"
アリシアはそう思った。アリシアの横、とある男性がバナナを剥いたが口をつけていない状態でその試合にくぎ付けになっていた。
アリシアはそのバナナを半分程もぎり、口に入れる。
"いい経験になったわね。あのいけ好かないくそ勇者に負けるのは、ヴァンにとってとても意味のある敗北だわ"
アリシアは勝負の結末を理解した。ヴァンの持つスキルは、"圧倒的な正義感"、"速度3倍"、"頑張り屋"、"馬鹿"の4つだ。その中で戦闘に使えるのは"速度3倍"のみ。だが、体が凍らされている状態ではその"速度3倍"も、なんの意味もなさない。
「ま、今回は審査員が合格と判定すれば合格できるらしいし、大丈夫でしょ」
楽観的なアリシア。ヴァンの初撃の高速移動は、見ている者達に大きな衝撃を与えたのだ。
「おい、ギブアップしろ。勝負は決した」
シュガルデの指図に対して、ヴァンは言葉を発する。
「ギブアップなんてしねぇ」
「そうか、なら死ぬか?」
シュガルデの手に氷の剣が現れた。
「お前はもう身動きが取れない。この剣でお前を刺せば、簡単に勝負がつく」
「ははっ。お前、ほんとすげえなぁ。そんな氷の剣もスキルで作れるなんて」
ヴァンはゆっくりと息を吸った。
「だけど、勝つのは俺だ」
ヴァンがそう口にした瞬間、ヴァンの体を固定していた氷が溶けた。