第百七話:力と力の衝突
状況は最悪のヴァンとサキ。
「…………………」
実験体Nがヴァンとサキを眺める。
「…………来ないの?」
ヴァンとサキは言葉を発さない。
「…………なら、行くね………」
実験体Nの付近に相変わらず真っ黒なオーラが溢れる。それはまるで霧のように付近に漂っていた。薄暗いこの場所が、そのオーラにより一層暗くなった。
「ヴァン君……、あれはまずい」
直感でそう感じたサキ。ヴァンもその事実を理解している。だが、どう対処すればいいのか分からない。何がどうまずいのかも分からない。
ヴァンとサキは距離を取るように後退する。元々国王の姿をしていた何かが巨体オーガになった体で笑う。
「はははははは、逃げるだけじゃぁ勝てないぜ、勇者諸君」
国王の姿をしていた何かはとても楽しそうに、ヴァンとサキを見ていた。
そんなこと言われずともヴァンとサキも分かっている。だが、実験体Nの使うスキル"闇の化身"がどんなものかすら分からない状況で、うかつに戦うのは得策じゃない。
"どうすればいい?"
サキが頭を悩ませる。そして、サキは思考の中、実験体Nの能力を把握する一つの策を思いついた。サキは国王の姿をしていた何かに問う。
「ねぇ、この娘めっちゃ強いじゃん? どんな能力なの?」
それは普通に考えて、無駄なこと。敵に敵の能力を聞くだなんて、正気の沙汰じゃない。だが、サキはそれをトライした。
「はははははは、実験体Nが使うスキル"闇の化身"はただただ圧倒的な力を有すっていうものだ。その真っ黒なオーラをまとった状態の実験体Nは、常人からは想像もつかないほどの速度、攻撃力、防御力、その他諸々の力を有すんだよ」
実験体Nがジッとした目で国王の姿をしていた何かを見た。
「………なんで、言っちゃうのさ…………」
「はははは、そのスキルは最強だ。ちょっと情報がばれたとしても、こいつらにできることなんてないさ」
サキは思う。"ヴァン君といつも接してたからかな? この人は操りやすいや"
ヴァンと国王の姿をしていた何かを同率に馬鹿と評するという実はかなり残酷なサキのその思考。だがサキの策により、サキとヴァンはスキル"闇の化身"とやらについて少しだけ理解した。
「…………まあ、どうでもいいか…………」
実験体Nがそう口にした瞬間、その体から一層真っ黒なオーラが溢れた。天に昇る羽衣を纏ったような状態で、実験体Nが不思議と顔をゆがませた。
さらに、国王の姿をしていた何かが巨体オーガに変化した状態でヴァンとサキに向かう。そんな状況。
スキル"闇の化身"の詳細は多少分かったが、対処法は何も浮かばないという、絶望的な状況だった。
そんな状況に、声が響いた。
「ヘイ、ブラザー‼‼ ワッサップ?(調子どう?)」
ヴァン達の元に瞬間移動により現れたディージェ、ぺロム、アリシア、バラン、そしてブードラ。
「調子はそうだね……、一言で言えば最悪だね」
ヴァンがディージェに対してやるせない笑みを向ける。
「はは、そうだろうな。ヘイヘイ、状況は俺の最高のスキル"ブラザーはマイメン"で把握し、他の奴らと共有しているZE」
「ザコが増えやがったな」
国王の姿をしていた何かがヴァン達に迫る動きを止めてから、そう宣う。
ブードラがその国王の姿をしていた何かを見た。
「てめぇ、俺が誰か分かるか?」
ブードラの問い。
「あぁ? コソ泥のブードラだろ?」
「いいや、てめぇの前に国王をしていたブードラだよ」
「ああ、そうか。お前だったのか。会いたかったよ……、そして……」
国王の姿をしていた何かが笑う。
「殺したかったよ」
ブードラも笑みを返す。
「ああ、奇遇だな。俺も心から、ぶち殺したかった」
「…………ねぇ、ごちゃごちゃうるさいんだけど…………」
実験体Nがそう呟きそして、ヴァン達を見る。
「…………行くね…………」
実験体Nの体に再度真っ黒なオーラが溢れた。そしてその場からまるで瞬間移動のように消え去った。いつの間にかヴァンの前に立っていた実験体Nは、その拳を後ろに引いていた。
「‼‼」
ヴァンは今から圧倒的な力で殴られるという事実を理解したが、身体が何か反応する前に、実験体Nの拳がヴァンの方に向かい始めた。
"なんとかしなけれ……"
ヴァンがその思考を完了する前に実験体Nの拳がヴァンの顔にあたる。そのあたるコンマ数秒前に、実験体Nの手がとある手に受け止められた。
実験体Nの見た目年齢よりさらに五歳ほど若く見えるアリシアの柔らかい手の平に、実験体Nの拳は受け止められた。
圧倒的な衝撃が付近を支配する。アリシアと実験体Nは対峙しているが、その他の者達は衝撃により立っていられず、しりもちをつく。さらに付近にあったテーブルやら戦っていた兵士やら何やらは、その衝撃波で吹っ飛んだ。そんなあまりに強大な、力と力の衝突だった。




