第八話:やるじゃん
「俺は、普通にテストを受けただけだよ」
「それがおかしいって言ってるの。あんたはスキル"馬鹿"っていういわゆるバッドスキルを持ってるの。そのあんたが筆記テストを満点で通過できるなんて、ありえない」
ヴァンは頭を抱えた。
「うあー、やっぱりそうか。俺そんな嫌なスキルを持ってたんだぁ」
ヴァンはうなだれる。
「でもさ、アリシアは勘違いしてるんだ」
「あたしが勘違いしてる? 何をかしら」
ヴァンはうなだれた状態を元に戻した。
「確かに俺は、スキル"馬鹿"を持っているんだろう。昔っからたくさん馬鹿だって言われてきたしね。でも、俺は勇者になりたくて、たくさん勉強したんだ」
その言葉を告げたヴァンは、自信に溢れていた。
「俺は終わった街 オレスレアの出身だから、きっと他の勇者候補生達よりも環境は良くなかったと思う。それでも俺は、ゴミ捨て場から拾った勇者学の本を穴が開くほどに読み込んだ。立派な勇者になりたい一心でね」
ヴァンはピースサインを作った。
「だから俺は、今日満点を取れたんだ。みんな馬鹿は勉強ができないって言うけど、馬鹿であることと勉強ができないことは完全にはイコールじゃない。馬鹿でも頑張れば、テストで満点をとることだってできるんだ」
「あっそ」
アリシアはトイレから出て行くために歩く。そしてトイレの扉に手をかけた状態で、ヴァンを見た。
「やるじゃん。あんた、ちょっと面白いわ。きゃははははははは」
"ふふふ、先生に褒められちゃった"
ヴァンは筆記テストを突破したことも相まって、とても嬉しくなった。
「だけど、調子にのらないで。あんたに渡したさっきの小瓶出しなさい」
「えっと、これ?」
ヴァンはポケットからそれを取り出した。
その小瓶は宙に浮き、アリシアの体に吸い込まれた。
「あんた、ちょっとは見どころがある。だから、まじめに指導してあげる。次の試験、あたしのスキルなしで突破しなさい」
「うん、俺も自分の実力のみで勝負したいと思ってたんだ」
ヴァンはアリシアの目を見ながら、そう告げる。
「よろしい」
そう言い残してトイレから出たアリシアは、笑いながら廊下を歩いた。
「きゃはははははははははははははは」
その笑い声はトイレの中にも届いており、"何が楽しいんだろう? 良いことあったのかな? 時給300ゼニーももらえる、すごいバイトを見つけたとかかな"と、おぞましい考察をするヴァンは、重要なことを思い出した。
「漏れそうだったんだ」
ヴァンは静かになったお手洗いで用を足すことができ、ほっとした。
しばらくした後、再び円形競技場の中にヴァンは立っていた。司会であるリンライが言葉を発する。
「今から勇者認定の最終試練を行うんだけどその前に、今回の試験の意図について話しておこう。僕達は勇者の質の低下を食い止めたくて今回、筆記テストを選考に取り入れたんだ」
リンライは勇者候補生を見る。
「最近、勇者学、勇者とはなんたるかを知らずに勇者になる輩が多く、勇者達の質が下がっていた。だからこそ今回、勇者学に重きを置いた選考にさせてもらった」
リンライはそこまで言ってから、残念そうに首を横に振った。
「だけど、勇者は知力だけじゃ駄目だ。勇者って当然、とっても危険な職業。その危険に耐えられる実力は必要になる。だからこそ、最低限の実力テストを実施する。この実力テストは、僕達の優しさだ。実力のない者が勇者になって無駄死にするのを防ぐ、善意の試験なんだ」
アリシアはその言葉を聞いて思う。"もっともだな"
「さて、それをふまえて今回の実力テストの内容は戦闘だ。この箱の中に、1~29の数字が書かれた紙が2枚ずつ入っている。それをクジの要領で引いて、1番の数字を出した者同士から順番に戦ってもらう。そして、その戦いをここにいる勇者達……」
いつの間にかリンライの背後に、5人の凛とした男女が立っていた。
「Cランク勇者である彼等に評価してもらい、5人中3人が合格と判定すれば、君達は勇者になれる。よし、筆記テスト一番だった君からクジを引いてくれ」
ヴァンはリンライの前に行き、箱の中に手を入れた。
「どうせなら強い奴と戦いたいぜ」
そんな言葉をヴァンは告げ、リンライはギョッとした。
"今回のルールなら、弱い奴と当たったほうが得なんだがな"
リンライは口には出さず、そう思った。