プロローグ:裏ボスの少女、旅に出る①
「ねぇ、魔王であるあんたがわざと勇者に敗北してみるのって、どう? 面白そうじゃない?」
禍々しい古城の最奥で玉座に座る真っ黒な骸骨の前に、堂々と立つ存在がいる。ヘラヘラとした、むかつく笑顔を見せる少女だ。
顔は美形で、ハートのイラストのついた真っ黒なTシャツに、膝上10cmくらいまでの長さの真っ白なミニスカをまとった、厚底ブーツを履く、金髪ツインテールの少女。
年齢でいうと10歳くらいに見えるそいつは八重歯を見せながら、冒頭の言葉を告げた。
真っ黒かつ先端がトランプのスペードのような形状になっている尻尾が生え、自らの身長の何倍の長さもありそうな、これまた真っ黒な翼も有している。
「何を言いますか、アリシア様。この世界のラスボスである我が負けたら、裏ボスの貴方が戦う算段になっていたはずだ。我に打ち勝った強き勇者を貴方が倒し、その魂を喰らうことで、貴方は神をも凌駕する力を手に入れることができる。そうして完全体になった貴方の力で、世界を闇に包みこむ。それが、我らの野望だろう?」
骸骨のくぼみに存在する真っ赤な目が、光った。世界を揺るがすかのように低いその声、椅子の肘あてを利用して頬杖をつくその様は、まさに大魔王と称されるべき禍々しさだ。
だが、その大魔王の前に立つアリシアと呼ばれた少女は、全く恐れることなく、言葉を続ける。
「その通り。でもね、さっきあんたが倒した勇者で、ちょうど2000人目でしょ? 2000人もあんたを倒せないというのは少し強すぎて、人間達のやる気をそいじゃうでしょ?」
アリシアは腕組みをして、至極当然のことを言ってますよという風に、うなずく。骸骨は、首を横に振る。
「いえ、2000人と言えど、みな凡骨でありました。そんな凡骨に負けるなど、我のプライドが許しません。それに、そんな凡骨の魂を喰ったとて、貴方は完全体になれないでしょう。だから、これでいいのです。人間界で素晴らしい勇者が生まれ、我を倒すのを待ちましょう」
アリシアは、言葉を続けない。アリシアと骸骨の会話に、不思議な無言の時間が現れる。
「飽ーーきーーたーーのーー!!!!!!!」
アリシアは、いきなり叫んだ。その絶叫は、魔王城を揺らした。
付近にいた魔物達、魔王城にいるのだから当然精鋭のそれらは、その絶叫に対して、身構えた。それほど大きな、絶叫だった。
「ただただあんたが負けるのを待つのは、もう飽きたの!!!!!! そもそもあんた、いつ負けるのよ? もう何十年もその玉座に座ってるけど、退屈だとか思わないの? そんなに座ってたら、痔になっちゃうわよ!!!!」
アリシアは地団駄を踏み、むかつきをアピールする。
「だいたいさーーーーーー、あんた強すぎんのよ、ガラムハザール!! あんた形態変化2回、すなわち3つの姿を持つのにさ、今までで一番惜しかった勇者で、何形態目に到達したのよ!!?」
ガラムハザールと呼ばれた骸骨は、考える仕草を見せた。
「考えなくていいわよ!! あんた、一回も変身したことないでしょ!!」
「だが、一番筋のよかった1051番目の勇者は、我の第一形態の体力を、半分程も失わせたな」
ガラムハザールは満足そうに、笑う。アリシアは不満げに、顔を歪める。
「無理じゃん!!!! 2000人現れた中の一番惜しい奴で、あんたの第一形態の体力を半分減らしただけ!!!! あたしは魔王城の上空から、その戦いを眺めるだけ!!!! それだけの、数十年でした。いかに闇の化身であるあたしが年を取らないといっても、待ちすぎて、老けてきたような気さえするわ!!!!」
ガラムハザールはその骸骨の顔を、楽しそうに歪めた。
「大丈夫です。貴方は何十年経っても、クソガキの姿のまま……」
ガラムハザールの頭に向かうように、隕石が落ちた。地面に衝突すれば大きなクレーターを作るであろうそれを、ガラムハザールは右手で受け止めた。
しばらくしてその隕石は、煙のように消えた。
「急に攻撃されると、びっくりするであろう?」
「あら、攻撃されたいのかと思ったわ。あたしのことをクソガキだなんて、失礼しちゃう」
アリシアは、ガラムハザールを睨む。
「でも、効かないことくらい理解して攻撃したの。ほんとにね」
アリシアのその言葉に対してガラムハザールは、ため息をついた。