いざ、迷宮へ
「今日の迷宮は9時に予約してあるので、そろそろ庭に出ましょう。」
え、迷宮って予約制なの。庭に出るとお姫様がほどなく現れた。
「おはようございます。お姫様。」
「うむ、迷宮に入る前に言っておく。前に出てはいかん。わらわとエリーンで魔物は対処するので、お前は後ろに控えておれ。」
俺のダンジョンライフは最初から全否定された。俺が呆然としていると。
「心配せずとも経験値は入ってくるから、安心せい。」
いや、そういう問題じゃないんですが。
「低層はそれほど攻撃力の強い魔物はいないが、数が多いときがある。囲まれたらエリーンの背中に飛び乗れ。もしHPが三割減ったら薬を飲むのじゃ。分かったな。」
「はい、ありがとうございます。薬でどれくらい回復するんですか?」
「回復1だと、100くらいだな、回復2で1000,回復3で5000だな。」
HP5000もある人いるの?
町を出て少し歩くと迷宮の入り口についた。多くの人がいる。俺の認識では妖精、ドワーフ、獣人、ケンタウロスなど多彩だ。入口の横には大きな時計があり、みんなが時々見上げている。
「今日は混んでいるな。10分間隔か。」
「入場は時間指定なんですね。」
「お嬢様のような貴族のパテが1時間おきに優先予約できます。そのあとは混み具合によって10分間隔とか20分間隔で先着で予約するようになってます。パテの目的の色々あって、30階のワープゲートを目指すもの、中階層で魔石採取をめざすもの、低階層でレベル上げを目指すもの、色々です。」
「迷宮は広いが、魔物と戦っていると渋滞しかねないからな。特にワープゲートを目指すパテは一本道なんだが、渋滞すると納品に間に合わなかったりしてトラブルになる。」
おー、想像以上にマネジメントされてるんだな。
9時になると警備のドワーフが近づいてきた。
「お姫様、お気をつけていってらっしゃいませ。」
広い入り口をはいると、ひんやりした空気に包まれた。幅10メートルほどもある坂が緩やかに続いている。
「おい、エリーンの左前の袋から松明を出して火を付けろ。油もあるだろ。」
俺は慌ててエリーンの背中に振り分けでかかっている左前の袋に手を突っ込んだ。松明と油袋を見つけて何とか火をつけた。煤がでて煙たい。
「わらわは暗くても見えるが、エリーンとおまえは明かりがないとな。一本で3時間は持つから、短くなったらまたつけろ。燃えカスは捨ててはいかんぞ。持ち帰るのじゃ。」
迷宮のサステナブルなのね。よく見るとエリーンの背中の袋は左右に二つずつかけられている。ゴミ袋は左後らしい。
「今日は混んでるから本道では魔物とほとんどで会わないだろう。10階まで行って脇道に入ろう。」
「かしこまりました。」
エリーンは歩みを早める。お姫様の言葉とおり広い洞窟では魔物は出てこない。途中で下から上がってくるパテと何度も出会った。ここは東海道みたいなものなのか。ちょうど1本目の松明が終わった時に10階層に着いた。
「それではここで昼食にして、そのあといよいよ本番だな。」
俺はエリーンの右後の袋からスコーンのようなものと水を取り出した。お姫様もこれを食べるのか。そう考えているとお姫様は自分で袋から小さな水筒のようなものを取り出した。
「わらわの食事は心配せずとも良い。それぞれ食べよ。」
10階層の入り口は見通しが良い。先の方で俺たちと同じように食事をしているパテが二つ見えている。食事が終わってごみを袋に収めていると、立て札に気づいた。俺は字が読めないがここにあるということは大事なことなのだろう。そんな俺を見てエリーンが。
「ゴミは持ち帰ってください。って書いてます。」
10階層に来るまでにエリーンに魔物のレクチャーを受けた。低階層で出るのは、ネズミと蝙蝠と狼らしい。階層に応じてレベルが上がる。ネズミと蝙蝠は最高一度に10体。狼は3体まで。一番HPの高い狼でもお姫様のファイアボール二発で沈む。蝙蝠は攻撃頻度が低いので問題ないが、ネズミは攻撃頻度が高いので、ネズミに囲まれたときだけはエリーンの背中に逃げるように指示された。
脇道にそれて少しすると最初の魔物と出くわした。狼二匹。まずは鑑定だ。
HP 200 MP 0 知力 50 体力 80 腕力 250 素早さ 180
幸運 60 狼 レベル 10 スキル なし
これは一撃が痛そうだ。
二匹ともエリーンに襲いかかった。右の狼のジャンプを盾で弾いた。左の狼は槍の穂先を避けて牙をエリーンにかけようとしたが、そこにお姫様の魔法がさく裂し、弾かれた。被弾した狼は態勢を整えもう一度飛びかかろうとしたが、そこに二発目のファイアーボールを浴び、爆裂した。右の狼は更に右にまわりこんで側面から飛びかかろうとしたがエリーンも右を向いて対峙した。そこにお姫様の第三弾、第四弾が命中し、爆裂した。
「槍よりも剣が良いかもしれんな。」
「狼には剣のほうがよさそうですが、それではネズミの時に届きません。」
「それはそうだが、、、」
「あのう、質問ですが、狼が3体でて、俺のところに2体来ることはないんでしょうか?」
「わらわもそのことを考えておった。狼のタゲはランダムなので、お前のところに2体くることはあるな。そうするとかなりの確率で死ぬだろう。」
その後、俺はエリーンの背中でたまにお姫様にMP薬を、エリーンにHP薬を渡すのが仕事になった。悲しい。
その日は4時間ほど10階層で俺の迷宮初経験をして、その後地上に戻った。
「迷宮の雰囲気に少しは慣れたか?」
「弱い俺が言うのもなんですが、もう少し下に行くのはダメなんでしょうか。」
「魔物はそれほど強くないんだが、厄介なのが居てな。11~20はスライムと蜘蛛と蛇だ。スライムは物理攻撃が効きにくいがこれはわらわが対応できる。問題は蜘蛛と蛇じゃ。
蜘蛛は一回のダメージは1か2だが同時に毒を付与してくる。蛇もダメージは10くらいなのだが、先制攻撃してくる。これをかわさないとこれも毒を受けることになる。」
「つまり、ダメージは少ないが解毒薬がたくさんいるのでコストパフォーマンスが悪いということですか。」
「そういうことじゃ。」
「あの、それなら少し試してみたいことがあるんですが。」
「なんじゃ、言うてみい。」
「俺は毒が効きにくい体質かもしれません。明日試してみても良いですか。」
「なに!おまえは毒無効のユニークスキルがあるのか?」
「いや、それはありません。」
「おまえ、頭おかしいぞ!毒が効きにくいなど、聞いたこともないわ。」
「それでも試してみたいのですが、」
俺の懇願の表情を見つめて、お姫様は。
「わかった、わかった、一回きりじゃぞ。薬がもったいないしな。」
翌日も9時の予約で迷宮に向かった。エリーンの袋に解毒薬20本あることを確認したうえで、俺たちは下に降りて行った。10階層で昼を採っていると前をいくつものパテが通過していく。いくつかのパテはお姫様の顔見知りか、丁寧な挨拶をしている。
「結構エリーンさんの同族が多いですね。」
「草原の民は運搬力が抜群だからな。交易する商人からも、深い階層に挑む者からも一番重宝されている。わらわもいつもエリーンには助けられている。」
「いえいえ、そのような。」
「エリーンはわらわの百倍、おまえの十倍の重量を運べる。それに戦いを嫌う者も多いので迷宮に入ってくれるものは貴重なのだ。」
こんなにやさしそうなのにエリーンは戦いが好きなんだ、気をつけよう。
「さて、いよいよ下に向かうぞ。スライムが出たら、直ぐにエリーンの陰に隠れよ。蜘蛛と蛇は剣が通るし動きも遅いから、HPが3割削られるまでは戦ってよい。」
お姫様の指示に従い、剣を取り出して素振りする。重いな。
俺は恐る恐る松明を掲げて先頭を歩いた。まずスライム8体が出た。
HP 50 MP 0 知力 10 体力 50 腕力 50 素早さ 50
幸運 100 レベル 11 スキル なし 物理攻撃耐性
これは大丈夫そうだな。
俺はエリーンの後ろに下がる。エリーンはほぼ棒立ちだ。物理攻撃は効きにくいからか。お姫様が上から殺虫剤を撒くようにファイアーボールでスライムを潰していく。エリーンは少し齧られたみたいでHPが20ほど減ってる。
ふたたび11階層の脇道を歩くと、突然足に痛みを感じた。蛇が?みついている、両足に。
HP 100 MP 0 知力 70 体力 80 腕力 80 素早さ 60
幸運 50 レベル 11 スキル なし 特技 先制攻撃 毒付与
HPが10ほど削られた。後ろからお姫様がファイアーボールを放つ。一匹が爆砕する。俺も上から剣を突き立て、そちらも爆砕した。
「大丈夫ですか?」
エリーンとお姫様が手に解毒薬を持って駆け付けてくる。お姫様は俺の頭に止まって叫んだ。
「はようこれを飲め。」
「毒になるとどうなるんですか?」
「ステータスに毒表示が出て、蛇だと1分で10ほどHPを削られる。」
「それなら、やはり大丈夫そうです。毒の表示もありませんし、HPも咬まれて10減っただけです。」
エリーンとお姫様は顔を見合わせた。
「本当に毒が効かないのか。お前は何者だ。」
確かにこれは地球でも騒ぎになるな。
影の宇宙人は嘘をつかなかった。そのあと蜘蛛が10匹でた。
HP 40 MP 0 知力 40 体力 50 腕力 30 素早さ 80
幸運 50 レベル 11 スキル なし 毒付与
咬まれるのを無視して上から剣で突き刺した。お姫様も上からファイアーボールを打って、エリーンも槍で突き刺し短時間で一掃した。俺は4回咬まれてHPが9減っていた。どうして割り切れないんだ。クリティカルか?ここでも毒を受けなかったので、ふたりはやっと俺の毒耐性を信じてくれた。そのあと20階層まで降りて、魔物を狩り続けた。魔物のレベルが高いと経験値も多いようで、3時間ほどでレベルが15まで上がった。
HP 130 MP 130 知力 128 体力 136 腕力 133
素早さ 128 幸運 117 人間 スキル 鑑定 魅了2 覚醒
それなりにステータスが上がっていたがそれだけだな。いや、魅了が2になってる。これはなんだろう。説明書には魅了2なんてなかったぞ。クリックすると説明があらわれた。操作が複雑だな。
{魅了2 ユニークスキル 異性の知的生物に家族になりたいとの欲求を生む }
うーん、なんか日本語おかしくないか?魅了が好意だからそれの強化版なんだろうけど。そもそも妖精やケンタウロスと家族になったら色々困るだろう。特に夜とか。覚醒にしても魅了2にしても使えそうにないのでとりあえず置いておく。
「お姫様、おかげさまでレベル15まで上がりました。」
「おお、そうかそれはなによりじゃ。今日は引き上げるとしよう。」
下層から上がってくるパテに混じって、夕方には地上にたどり着いた。俺は一人従者の宿泊棟に帰され、お姫様とエリーンは何か話し込んでいる。こいつは化け物だから処分してしまおうとか。
翌朝食堂に行くと、エリーンが現われたが今日の出発は11時にするのでそれまでぶらぶらしておくように言われた。やはり俺は処分されるのか。もしほんとにそうなりそうなら死ぬ前に便所に行かせてくれといって、ゲートで逃げるしかないな。不意打ちだったダメだけど。11時前に迷宮に着くとお姫様とエリーンはもう来ていた。気のせいか、あまり明るい表情ではない。理由を聞くのも憚られたので、黙って迷宮に入った。迷宮では後ろから槍で突かれることもなく、順調にレベル上げをこなした。蜘蛛や蛇に咬まれて痛かったが大事には至らなかった。夕方迷宮から出ると、翌日も11時前に迷宮前に来るように言われ、二人はどこかに消えていった。不安だ。逃げるのに備えてリュックの中を整理した。HP薬とか向こうに持っていけるんだろうか。
翌日も何事もなくレベル上げは進み、午後にはレベル20に到達した。
HP 140 MP 140 知力 137 体力 140 腕力 146
素早さ 140 幸運 125 レベル20 スキル 鑑定2,魅了2、覚醒
ステータスはそこそこだが、鑑定2が追加された。クリックすると、
{鑑定2 ユニークスキル 対象物の詳細がわかる}
更に説明が雑になってるな。訳が分からない。
「お姫様、お陰様でレベル20になりました。ありがとうございます。」
「そうか、それは何よりだ。それなら今日は戻ろう。」
戻る途中で、すれ違ったパテのケンタウロスに鑑定2を使ってみた。
HP 2000 MP 200 知力 150 体力 750 腕力 150
素早さ 160 幸運 100 草原の民 レベル 50 スキル なし 特技 運搬
身長 310 体重 355 B 85 W 150 H 190 雌 28歳
ステータスはレベル50だと凄いな。しかし鑑定2でわかることは何と役にたたないことか。そもそもケンタウロスの身長ってどう測るんだ。それに馬だからウエスト150か。
特技が運搬というのはこの種族だったら当たり前なのかな。試しにエリーンを鑑定してみたら特技が無かった。どういうこと?ちなみにBは95だった。お姫様を鑑定するのは取りあえずやめておこう。意味ないし。