妖精との出会い
リュックと寝袋を背負って翌朝山小屋を出た。三日で盆地の端まで来た。最初に比べるとステータスが二割以上上がっているので、疲れは少ない。磁石を見ながら更に南下していく。翌日には人が歩いた形跡のある道を見つけた。少しテンションが上がったがその日は誰にも出会わずに夜を迎えた。天空に二つの月が出ており夜でも明るい。寝る前に水でも飲もうと道と並行する川に水を汲みに行った。足元を確認しながら慎重に進んでいく。河童とかいたら困るしな。すこし先で水音が聞こえる。俺は緊張した。新たな獣か?目をこらすと水の中に何かいる。やはり河童かな。それにしては小さいな。かがんで様子を見ていると川面から浮かび上がってきた。羽ばたいてるのか、鳥か。それにしては羽毛がないような。白いものが見える。あの白いのは尻か、尻なのか!想像の斜め上の展開におれは足を滑らせて転んだ。その音に反応して、尻が反転してこっちを向いた。
「だれじゃ、そこのいるのは!」
異世界ではじめての言葉を聞いた。それはソプラノの敵意に満ちたものだったが。小さな尻はこっちに向くとAカップの乳房も見えた。おれは喜んだ。それは決してAカップを見たからではなく、相手が知性のある雌だったからだ。そうだそれだけだ。
「決して怪しいものではありません。」
俺は立ち上がりながら答えた。
「人の水浴びを覗くとは、最低な奴じゃのう。わらわがレンドル公爵第一皇女と知っての狼藉か!」
身長30センチほどのAカップは胸を隠しながら叫んだ。
「いえ、向こうの盆地から旅をして参りました。」
目のやり場に困りながら俺は答えた。
「嘘を申すな!向こうの盆地には集落などない。大方どこかの屋敷から逃げてきた召使じゃろう。逃亡者は死罪じゃ。成敗してくれる。」
「いえいえ、違いますって。」
「問答無用じゃ。」
そういうとAカップの腕が上がり火の玉がこちらに飛んできた。危うく直撃は避けたが俺のHPは40ほど削られた。絶体絶命の俺は唯一のカードを切った。魅了。Aカップは振り上げた腕をゆっくりと降ろした。
「まあ、悪い奴ではなさそうじゃな。そのままうつ伏せに寝ろ。詮議してやろう。」
魅了が効いたみたいだ、良かった!俺は抵抗の意思がないことを示すように大の字になって川岸に転がった。生命の危機はひとまず去ったと思ったらまた別の災難が近づいてきた。ひずめの音が聞こえたと思ったら今度はGカップのケンタウロスが現われた。服は着てるけど。
「お嬢様、どういたしました。魔法を使われたようですが。」
「逃亡民らしき人間がわらわの水浴びを覗いていたので、詮議しようとしているのじゃ。」
「まあ、お嬢様の水浴びを、それなら可哀そうですが、私が踏み殺して差し上げましょう。」
Gカップは栗毛でかわいい声だ。がっしりして、地球で例えればドイツ系美少女だ。その美少女が大の字で寝ている俺の横に来て前足を高く上げようとしていた。もうこれはダメだ。魅了を使うだけのMPが残っていない。
「エリーンよ。まあ待て。処断するのはこの者が嘘をついていることが判ってからでも遅くはないじゃろう。」
翻訳の関係か、Aカップの言葉遣いはまるで大奥のお局だな。
「うけたまわりました。処断は苦痛のないように一撃で致しますからご安心を。」
Gカップは優しい声で俺を睨んでいる。そういうとGカップは走り去り素早く縄を持ってきておれを後ろ手で縛った。
お白洲に引き出された罪人のように座らされた俺の前に、Gカップのケンタウロスとその肩に服を着たAカップが乗っている。
「さて、お前は北の盆地から来たと申したな。あそこは我が公爵領の一部である。そこで生活していた証はあるのか?」
「向こうにあるリュックの中にそこで狩ったイノシシと鹿の干し肉が入っています。」
Aカップは羽ばたくと俺のリュックの方に飛んで行った。
「確かに干し肉がたくさん入っておるな。エリーンよ、町で干し肉など売っているところはあるのか?」
「私が知る限りでは狩りで仕留めたとしてもそれを売るようなことはないと思います。」
「なるほど、この者の言うことにも一理あるのか。」
「しかしながら、逃亡して北の盆地で猟をして生きていたのかも知れません。」
このGカップどうしても俺を踏みつぶしたいのね。
「それに袋の中に見慣れない物があった。弓のようじゃが、普通の弓とは形が違うし、矢も金属でできている。」
「それならこの者はどこかの島から送り込まれた刺客かもしれませんね。人間は小細工をして色々な物を作るようですから。」
「こら、人間お前のレベルはいくつじゃ?」
「はい、10です。」
「レベル10の刺客とは、どうなんじゃろう。」
「レベルもたばかっているのではありませんか。ここは念の為、処断しておきましょう。」
念のために殺さないでくれ~。
「ところでお前はどこの島の出身だ?」
一番困る質問が来た。どう嘘をついてもばれそうだ。そもそも島の名前知らないし。
「実は気が付いたらこの島にいました。」
「そんなことは信じられませんね。お嬢様。」
「確かにそうじゃが、こやつの持ち物には興味がある。北の盆地まで行ってみるか。」
「お忙しいお嬢様がそんなことにお時間を使われるのは如何なものでしょうか。ここは思い切って。」
おーい、思い切らないで~。
「父上にはひと月くらいは巡回してくると、お伝えしてあるしな。ちょうど良い機会だ。北に行ってみるのじゃ。」
「わかりました。そこまでおっしゃるなら。そういたしましょう。この者は生かして連れていきますか?」
「そうじゃな、とりあえず生かして連れて行こう。」
死刑の執行は猶予された。
夜が明けるとケンタウロスに縄を引っ張られながら、北に向かって出発した。取りあえず死罪は猶予されているがまだ楽観視できない。早く魅了をケンタウロスに使いたいが、まだMP回復までに時間がかかる。MPは惜しいがケンタウロスを鑑定した。
HP 1200 MP 150 知力 150 体力 600 腕力 200
素早さ 155 幸運 135 レベル 30 草原の民 スキル なし
種族はケンタウロスではなくて草原の民なんだ。俺はケンタウロスと呼ぶけど。しかし想像はしてたけれど、ステータスはすべて俺より上で、HPと体力はけた違いだ。おれが雑魚キャラであることが確定した。更にMP使うけれど、妖精のステータスも鑑定した。
HP 80 MP 1300 知力 600 体力 35 腕力 40
素早さ 150 幸運 70 レベル 30 空の民 スキル 火魔法
こっちはひ弱いけれど魔法特化のステータスだな。種族も空の民なんだ。今は魅了が効いているみたいだけど、これ有効時間とかあるのか。もし魅了が切れたら俺の死刑が確定しそうだ。自分のステータスを見るのはMPを消費しないので、頻繁に確認するが後一日はかかりそうだ。少しでも好感度を上げようと俺は二人に話かけた。
「あの、俺はショウと言いますが、お二人のこと教えていただいていいですか?」
名前は翔だが、MMOではショウと名乗ってるのでそれを使うことにした。
「わらわは、レンドル公爵第一皇女である。下賤のお前に名を教えることはない。これからは姫様と呼ぶのを許す。」
まあ、俺は雑魚キャラだし、しょうがないな。
「私はエリーンと申します。無駄口をきいてないでしっかり歩いて下さいね。」
エリーンは丁寧な中に敵意を込めて話してくる。早く魅了したい。
「エリーンさんは力持ちなのですね。背中に大きな荷物を背負ってますが。」
「エリーンはわらわの専属召使なのじゃ。領内の巡回をするときには、長く館を空けるので、エリーンが必要なものを運んでくれるので重宝しておる。それに草原の民は迷宮に行くには欠かせないメンバーだからな。」
「私は戦闘ではあまりお役に立ちませんが、運搬役としては重宝していただいております。」
エリーンはほんとにかわいい声だ、これで敵意がなかったら最高なんだが。この世界にはアイテムボックスとかないんだ。それはそれで大変だな。その後、なるべくふたりを刺激しないようにこの世界のことを聞き出した。いくつかのことが判った。
・この世界には大きな大陸は無いらしい。数十の大きな島が点在しており、そこでそれぞれの民が進化して社会を形成している。
・昔はそれぞれの島は全く孤立していたが、千年ほど前に、それぞれの島の迷宮の地下で互いを行き来できるワープポイントが発見された。その後は地下迷宮を通じてレベルの高い者は行き来できるようになった。
・二百年前に人間が大きな船を作ることに成功して、初めて島の間を海上から行き来する手段ができた。それでも赤道上の渦は越えることができず、北半球の島と南半球の島はワープポイントを通じてしか行き来できない。
・種族の中でもステータスに応じて格付けがなされている。妖精は上級種、ケンタウロスは中級種、人間は下級種らしい。まあこのステータスだとしかたないけど。
・下級種は人間と、畑の民と、谷の民が広く知られている。下級種は人口が大きくて、能力は低いが生産活動を担っている。農作業や、建設、生活雑貨の生産はこれらの人々の仕事だ。それと出稼ぎで中級種や上級種の貴族のところで使用人として働いているようだ。
・文明的には中世といったところか。知性が高い種は魔法で事足りてるし、頼みの人間はこの世界では脇役みたいだからね。