宇宙人との示談
妖精、ケンタウロス、エルフ、ドワーフ、ノームなどが共存する世界で、家長として頑張る俺を見て欲しい。しかし俺だけはいつまでたっても、雑魚なのには心が折れるんだが。
車は長坂のインターを降りて、清里に向かっている。俺の名前は源田翔。二十五歳でITエンジニアだ。最近はテレワークで出社は週二回くらいなので週五日はおやじのボロ別荘で過ごしている。仕事は早いほうなので結構な時間をMMOに使っている。廃課金者しか人権のないゲームは回避して、イン時間の多さで感謝されるゲームをやっている。
MMOというゲームは厄介だ。ギルドの日課、パテメンバーでの日課、個人の日課、週間の定例クエ、月間の定例クエ、特別イベント、運営は空き時間が無いくらいに埋めてくる。ソロゲーだと、そのうち飽きてくるが、MMOではいつも仲間とチャットしながらプレーする。これがやばい。飽きが来ても仲間とのチャットはいつも面白い。誰かがこんなミスプレーしたとか、誰かがガチャで大爆死したとか、話題には事欠かない。確かにMMOをやる奴はいかれてる奴もいるけど、半年くらいするとそんな奴はうまいこと排除されて、一見いい人ばかりが残る。一部の超廃課金者は除いて。
居心地が良すぎて自分がゲームに依存してるのが分かってくるが、それでも止められない。
困ったことだ。
清里の別荘地は一区画千平米ほどあるので、夜中に騒いでも文句いわれることがない。標高千四百を越えるので下界が残暑でもこっちは紅葉が始まっている。今日のゲームイベント予定を思い出しながら車から降りようとした。その瞬間目の前に大きな光がひろがり、腹に激痛を感じたところで俺の意識は飛んだ。
目を醒ますと真っ暗で影のようなものが揺らめいていた。
「気が付いたようだな。」
影が喋った。俺は目がどうかしたかと思い目を細めて影の正体を見極めようとした。
「すまんが、私の姿を見せる訳にはいかないので、すこし小細工している。影が私だと思ってくれ。」
ほんとに影なんだ。
「まずは謝罪したい。こちらの探査機の不具合で君に重傷を負わせてしまった。この通りだ。」
影が頭をさげるのをみて、宇宙人も頭をさげるんか、と冷静に思ってしまった。
「えーと、宇宙船が俺にぶつかったということですか?」
「そうだ、君たちの基準からすると小さな船だが、探査機が君の腹に直撃して君の半分は粉々になった。」
え!俺の下半身がなくなった。それは困る、いろんな意味で。
「事故を認識して私は一分後にはここに来た。幸い脳はまだ生きてたので、保護措置をして、それから二日かけて体の再生をしたのだ。」
二日もギルドのイベント無断で休んでたんなら、ギルド長が怒ってるだろうな。そう思いながら恐る恐る自分の体を見た。筋肉隆々に再生されていることを期待していたが、見た目は元通りですこしがっかりした。
「レベル六以上の現住生物を殺傷することは星間保護協定違反で大きな罪になる。そこで相談んなんだが、なんとか示談で済ませて欲しい。」
示談?宇宙人と示談ってどういうこと。
「すいませんが、言ってる意味がよくわかりません。」
「事故が起きた時点で、事故情報は星間監視局にハイパースペースネットで報告されてる。幸い君は一命を取り留めたので、君が示談に応じる意思表示をすれば、私の罪も軽くなるということなんだ。」
こいつら宇宙中でこんな事故起こしてるんだな、と思うと腹が立ってきた。
「脳の損傷を検査する中で、君はゲームやアニメが好きなことが分かった。」
プライバシー保護は無いんか。
「異世界生活ができる環境を準備したんだが、それで示談に応じてもらいたい。」
「それはソードなんちゃらみたいな、フルダイブ型のゲームということですか?」
「いやそうじゃない、本当の異世界だ。詳細は言えないが我々の科学は君たちでは理解できないほど高度だ。」
こいつ加害者のくせに上からだな。
「我々はすでに数億の星を探索しており、そのなかで君が気に入りそうなところを見繕った。君はそこで実際に生活することができる。」
「そんなところに実際行くとなると、凄く時間がかかるんですよね。」
「そんなことはないんだ。ゲートを設けて自由に行き来できるようになる。」
「今はテレワークでここからゲームができてますが、そんなとこで生活するとこっちの生活はどうなるんですか。」
影は得意そうな口調で返事をした。
「そこは大丈夫だ。これも詳細は言えんが、ゲートを通る時に時間の流れをコントロールしている。一方の世界で生活しているとき、もうひとつの世界の時間の流れは約千分の一になる。つまり向こうにひと月いてもこっちでは一時間しか進まない。そしてその逆も同じだ。」
影のいうことは俄かに信じることはできなかったが、まあ、体が元に戻ったのだったら悪い話ではないし、怒らせたら怖そうなので、示談に応じることにしよう。その異世界というのもちょっと魅力的だし。
「わかりました。示談に応じます。何をすれば良いのですか?」
「おお、それはありがたい。それともうひとつ言っておくことがある。」
影は声を落とした。まさか異世界生活したら死後は地獄に落ちるとか、研究材料にされるとか。
「君の体を再生するときに焦って、違う星の住民データを使ってしまった。そのため内臓が少しな。心配しなくてもいいよ。生活には支障がない。」
こいつほんとにちゃんとした宇宙人なのか!
「心臓と肝臓が二つになってるのが外見上の違いになる。だからこの星の健康診断を受けてもらっては困る。そのかわり地球でも異世界でもすべての病と毒物から体を守るような機器を準備したのでそれを飲んで欲しい。それで老化も抑えるので、合わせて後120年は元気で生活できる。」
120年って、どういうこと?
「えーと、120年は長すぎませんか。」
「君がどちらかの世界で事故死や戦死しないなら、両方の世界で60年ずつ生きるということだよ。」
戦死もあるのね。
「外見上ということはそれ以外にも違いがあるんですか?」
「それは心配しなくていいよ。基本は人類より強化されているから。」
こいつ何を隠してるんだ。俺は目を細めて宇宙人を睨んだが、やはりキレると反撃が怖いので、ため息をついた。
「わかりました。その機器を下さい。」
「了解してくれるか。体の再生ミスについても申し訳ないのでそこの袋に謝罪の気持ちを置いておくので、あとで見てくれ。」
影はそういうと大きな飴玉のようなものを渡してきた。
「それは胃の中に常駐して、体に有害なものを検知して排除したり、中和するように働く。我々のような先進生命体はみんな飲んでいるものだ。それに老化もコントロールする。」
そのあと、空中にパネルのようなものが現われ、そこにサインするように言われた。サインしたらそのまま実験動物にされたり、奴隷にされることも怖かったが、意を決してサインした。
「これで、手続きはすべて終わった。色々迷惑をかけてすまなかった。異世界での生活について少し説明しておく。まず、どちらかの世界で死ぬとそれは両方の世界での死となるので気を付けてほしい。特に向こうでは気を抜かないように。荒っぽいところだからな。両方の世界を行き来することで社会を大きく変えるようなことになっては困るので、世界を移動できるのは君の体と、このリュックに入るものだけだ。服も着てると移動時に失われるので注意して欲しい。また、どちらかで移動を他人に見られるとその瞬間に異世界とのゲートは永久にクローズとなるので気をつけてくれ。向こうの移転先にはこの家と同じ形のものを準備してあるのでそれを使うように。また簡単な異世界の説明も置いてあるので読んでくれ。それとこれは助言だが片方の世界だけで長く過ごし過ぎると、もう一方の世界で突然年を取ったようにみえるので、これも注意したほうが良い。」
一方的に喋ると影はしだいに薄くなり消えていった。