表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

風船内職

掲載日:2022/06/21

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 よし、天体に関する授業はこのようなところでいいかな。

 地球もかつては、宇宙のチリのひとつに過ぎなかった。

 こう聞いてみると、なんとも不思議な感覚に襲われないかい? 

 先生は昔から思っている。こうして足をつけている地面も、いつチリになって消えてしまうのか、とね。

 チリも積もれば山となる、とはなかなか的を射た言葉だと、思うよ。どれだけの量と時間を重ねれば、山となるか分からない点をのぞけばね。


 そして、一度でき上がってしまった山は、今度は新しいチリを受け止める土台となる。

 自然はいうに及ばず、人が作り出したものも劣化の脅威にさらされ続ける。

 たゆまぬ努力によって手にした栄冠、築き上げた業績も、やっかみをはじめとする様々な攻撃を退け続けることは難しい。

 できてしまった以上、待っているのはたたき台としての役割。そうなれば、いっそ形にならなくたって……と考えてしまうのも、非難はできないな。

 だが、このチリを重ねているおかげで、多くのものが助かっていることも否定しちゃいけない。

 先生も過去に、そう実感した不思議なできごとがあってね。脱線ついでに聞いてみないか?



 先生が子供だったころ、青空の向こうには何が広がるのだろうと思っていた。

 宇宙、といったらそこまでだけど、実際に先生は宇宙をこの目で見たことはない。本で読み、話で聞き、夜に星々の光と一緒に、その気配を感じるだけだ。

 ひょっとしたら、あの星を含めてすべては幻かもしれない。たとえ世界中の人すべてに同じように見えていたとしても、世界中の人すべてが騙されていたら、それは真実じゃない。

 そう思っていたんだ。こじらせのひとつかもね。

 自分がじかに触れたものでなければ、信じられない、と。


 まだ親に育てられている時分だ。自分の親がしていることなら、真実だと思うことができた。

 だから父親が休みにやることも、不思議な趣味だと思っていたんだ。

 父は休みが取れると、数時間ほど自宅の庭に出る。その傍らには、段ボールに入れたたくさんの風船。

 父はそれを一つずつ、膨らませていく。向こうが透けて見えてしまうんじゃないかという、ぎりぎりまで。

 そうしたら風船の口をしばってしまい、段ボールへ戻して、また新しい風船に空気を吹き込んでいく。これを延々と繰り返していた。

 そうしてすべての風船を膨らませると、父はそれの詰まった段ボール箱を車へ積み、いずこかへと出発してしまう。

 バルーンアートを作るでもなく、ごくごくシンプルな姿のままの風船を用意して。


「お父さんはね、普段のお仕事とは違うお仕事もやっているの。あの風船はそのためなのよ」


 母はそう先生に話していた。

 兼業しながら家計を支えている親は、クラスメートたちの話でもときおり出てくる。先生の家でもそうだったというわけだ。

 けれど、あれらの風船を何に使っているのだろう?

 このことに関しては父も母も、直接明かしてくれることはなかった。


 やがて秋も深まったころ。

 私は通学途中で、たびたび霜が降りた地面を目の当たりにした。

 霜柱でないにしても、凍てついて固まった葉たちを踏みしめる感触は、はまるとなかなか抜け出せなかった。

 だが前日の夜がさほど冷え込んでいなくても、土たちがこうも冷え固まっているのは、どうしたことか。

 しかも、午前中はなんともなかった地面が、午後に入ってから白く、滑りやすくなることもあった。夏より気温が下がってきたといっても、日中で氷点下に至ることはまだなく、日差しだって強い。


 気温と地表の温度は異なるため、たとえ0度以上の気温と報じられても、霜が降りる可能性があるとは聞いた。しかしそれがこうも、毎日のように続くなんて……。


 ――誰かが意図的に、地面を冷やして回っているのではないか?


 そんな話が学校でもささやかれるように。

 先生が頭に浮かべるのはボンベを背負って、そこに掃除機のチューブをつなぎ、ガスマスクを身に着けた作業員。

 地域をさまよって、地面の上を掃除するように見せかけ、水を撒きながら冷やしている……などと話したら、「アホか」と友達に総ツッコミをもらったなあ。

 現実の悪いヤツは、そうそう目立つ格好などしない、とね。


 どうにか、霜のゆくえを探ろうと、先生は休みの日に図書館へ出かけようとした。

 霜の降りる条件、その他についてもう一度、よく調べてみようと思ってね。

 その日はすっかり熟睡して、目覚めたのはもう昼が近い時間帯。出発するおりに、父親はすでにたくさんの風船を膨らませていた。この日は、表面に縞をあしらった、派手めのものが目立ったっけな。

 自転車にまたがったはいいものの、今回は信号も交通量も噛みあってくれない。どのルートを選ぼうとも、ことごとく足止めを食らってしまう。信号のない道を横断しようにも、自殺行為にしかならないほど。

 今また、目の前に立ちふさがる赤信号に、サドルにまたがったまま、とんとん足を鳴らし出したとき。



 ふと、目前を横切った一台の車。それは自宅にある、父の車だったんだ。

 左から右へ通り過ぎるそれを、目で追う。ナンバープレートからしても、父のものに違いない。

 ぐいっと、ハンドルの向きを図書館から父の車へ向ける。点滅を始めた信号をせっせこ渡ると、車のあとを追った。

 おそらく、父の車には風船たちが積まれているはず。その届け先を探る、またとない機会と思ったんだ。

 どこかで赤信号につかまれば、一気に距離を詰められる。前後を車にはさまれ、長い列をいく父に対し、私は自信満々のかまえ。

 しかし、年の功という奴か。完全に走る勢いを殺される前に、父はたくみに脇道へ曲がってしまい、先生もあわてて後を追った。止まりたくないのは、父も同じだったんだ。


 クラクションをいくつか鳴らされるほどのムリな横断で、どうにか父へ追いすがろうとする先生。しかし平らで空いた道では、思うように差を縮められない。

 逆にずんずん突き放され、とうとう住宅街の複雑な曲がり角の連発で、うまいことまかれてしまう。まるで尾行されることに、慣れているかのようなルート選択だった。

 やみくもに曲がり続けても、もはやエンジン音だけとなってしまった車は、どんどん遠ざかるばかり。すっかり気配を消されてからも、先生はめめしく、車のケツを探り続けていたよ。


 近くの家の二階で、布団を叩く音がする。

 つい、ひょいと見上げて気づいたのが、その屋根より高く舞い上がるものがあった。もちろん、こいのぼりじゃないぞ。

 風船だ。それに、よくよく目を凝らすと、家で見たものと同じ。表面に縞をあしらわれたもの。そうそう見られるものじゃない。

「ツイてる」と、先生は再びハンドルを握り、風船が上がり出した根元へ向かう。

 ただ口から空気を吹き込んだだけじゃ、風船は浮かない。空気より軽い、ヘリウムガスを入れなくては浮力を得られないと、すでに先生は知っている。

 風船に細工をしている場所があるんだ。



 やがて先生がたどり着いたのは、大きな川の河川敷だった。

 すでに風船たちの姿はないが、手がかりがないかと、先生は自転車を降りる。

 やや湿り気を帯び、かすかに草を生やす地面。そこに残るわだちからして、確かに先ほどまで、ここに車が停まっていたことは分かった。

 しかし、門外漢のがきんちょが悟れるのはここまで。もっと具体的な痕跡がないかと、河川敷を練り歩き始めてより、しばらくしてから。



 ざっと、空から音がしたかと思うと、にわかに先生の全身を打つ、無数のしずくがあった。

 通り雨なんてものじゃない。痛い、そして冷たい。

 長袖を貫いて、一気に肌を冷やしにかかるその感触に、先生は身体をぶるつかせた。

 その時にはもう、先生の周りの地面たちも、一気に白みを浮かばせていたよ。まぎれもなく、何度も目にした霜降りの景色。


 しかし、見とれてはいられなかった。

 先生がまだ震えている間に、照り付ける陽が、かっと熱くなったんだ。

 見上げるより早く、先生のすぐ近くへ光る球が落ちてくる。バレーボールほどの大きさのそれは、地面でじゅっと音を立てながら、大きくバウンド。

 先生を大きく飛び越え、振り返った時にはもう、油を引いたフライパンが立てるような音と共に、川の中ほどが大いに湯気を吐いていたんだ。それもまた数秒程度だったけどね。


 光の球が水に飛び込む際、かすめたススキの先っぽは、焦げ目を残して途切れている。

 バウンドした地面もまた、先ほどの白さを失うばかりか、ひとかかえはあろうかという大きさのクレーターができていて、穴のフチから中まで、熱と焦げ目にあふれていたよ。

 そのわり、すぐそばにいた先生には被害なし。穴からわずかにずれた土も草も、先ほどと変わらない、霜の降りた格好のままだったんだよ。

 そこからもう少し離れたところを見ると、同じようにほぼ真っ白に冷え切った、縞つき風船のかけらが転がっていたのさ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ