風船内職
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
よし、天体に関する授業はこのようなところでいいかな。
地球もかつては、宇宙のチリのひとつに過ぎなかった。
こう聞いてみると、なんとも不思議な感覚に襲われないかい?
先生は昔から思っている。こうして足をつけている地面も、いつチリになって消えてしまうのか、とね。
チリも積もれば山となる、とはなかなか的を射た言葉だと、思うよ。どれだけの量と時間を重ねれば、山となるか分からない点をのぞけばね。
そして、一度でき上がってしまった山は、今度は新しいチリを受け止める土台となる。
自然はいうに及ばず、人が作り出したものも劣化の脅威にさらされ続ける。
たゆまぬ努力によって手にした栄冠、築き上げた業績も、やっかみをはじめとする様々な攻撃を退け続けることは難しい。
できてしまった以上、待っているのはたたき台としての役割。そうなれば、いっそ形にならなくたって……と考えてしまうのも、非難はできないな。
だが、このチリを重ねているおかげで、多くのものが助かっていることも否定しちゃいけない。
先生も過去に、そう実感した不思議なできごとがあってね。脱線ついでに聞いてみないか?
先生が子供だったころ、青空の向こうには何が広がるのだろうと思っていた。
宇宙、といったらそこまでだけど、実際に先生は宇宙をこの目で見たことはない。本で読み、話で聞き、夜に星々の光と一緒に、その気配を感じるだけだ。
ひょっとしたら、あの星を含めてすべては幻かもしれない。たとえ世界中の人すべてに同じように見えていたとしても、世界中の人すべてが騙されていたら、それは真実じゃない。
そう思っていたんだ。こじらせのひとつかもね。
自分がじかに触れたものでなければ、信じられない、と。
まだ親に育てられている時分だ。自分の親がしていることなら、真実だと思うことができた。
だから父親が休みにやることも、不思議な趣味だと思っていたんだ。
父は休みが取れると、数時間ほど自宅の庭に出る。その傍らには、段ボールに入れたたくさんの風船。
父はそれを一つずつ、膨らませていく。向こうが透けて見えてしまうんじゃないかという、ぎりぎりまで。
そうしたら風船の口をしばってしまい、段ボールへ戻して、また新しい風船に空気を吹き込んでいく。これを延々と繰り返していた。
そうしてすべての風船を膨らませると、父はそれの詰まった段ボール箱を車へ積み、いずこかへと出発してしまう。
バルーンアートを作るでもなく、ごくごくシンプルな姿のままの風船を用意して。
「お父さんはね、普段のお仕事とは違うお仕事もやっているの。あの風船はそのためなのよ」
母はそう先生に話していた。
兼業しながら家計を支えている親は、クラスメートたちの話でもときおり出てくる。先生の家でもそうだったというわけだ。
けれど、あれらの風船を何に使っているのだろう?
このことに関しては父も母も、直接明かしてくれることはなかった。
やがて秋も深まったころ。
私は通学途中で、たびたび霜が降りた地面を目の当たりにした。
霜柱でないにしても、凍てついて固まった葉たちを踏みしめる感触は、はまるとなかなか抜け出せなかった。
だが前日の夜がさほど冷え込んでいなくても、土たちがこうも冷え固まっているのは、どうしたことか。
しかも、午前中はなんともなかった地面が、午後に入ってから白く、滑りやすくなることもあった。夏より気温が下がってきたといっても、日中で氷点下に至ることはまだなく、日差しだって強い。
気温と地表の温度は異なるため、たとえ0度以上の気温と報じられても、霜が降りる可能性があるとは聞いた。しかしそれがこうも、毎日のように続くなんて……。
――誰かが意図的に、地面を冷やして回っているのではないか?
そんな話が学校でもささやかれるように。
先生が頭に浮かべるのはボンベを背負って、そこに掃除機のチューブをつなぎ、ガスマスクを身に着けた作業員。
地域をさまよって、地面の上を掃除するように見せかけ、水を撒きながら冷やしている……などと話したら、「アホか」と友達に総ツッコミをもらったなあ。
現実の悪いヤツは、そうそう目立つ格好などしない、とね。
どうにか、霜のゆくえを探ろうと、先生は休みの日に図書館へ出かけようとした。
霜の降りる条件、その他についてもう一度、よく調べてみようと思ってね。
その日はすっかり熟睡して、目覚めたのはもう昼が近い時間帯。出発するおりに、父親はすでにたくさんの風船を膨らませていた。この日は、表面に縞をあしらった、派手めのものが目立ったっけな。
自転車にまたがったはいいものの、今回は信号も交通量も噛みあってくれない。どのルートを選ぼうとも、ことごとく足止めを食らってしまう。信号のない道を横断しようにも、自殺行為にしかならないほど。
今また、目の前に立ちふさがる赤信号に、サドルにまたがったまま、とんとん足を鳴らし出したとき。
ふと、目前を横切った一台の車。それは自宅にある、父の車だったんだ。
左から右へ通り過ぎるそれを、目で追う。ナンバープレートからしても、父のものに違いない。
ぐいっと、ハンドルの向きを図書館から父の車へ向ける。点滅を始めた信号をせっせこ渡ると、車のあとを追った。
おそらく、父の車には風船たちが積まれているはず。その届け先を探る、またとない機会と思ったんだ。
どこかで赤信号につかまれば、一気に距離を詰められる。前後を車にはさまれ、長い列をいく父に対し、私は自信満々のかまえ。
しかし、年の功という奴か。完全に走る勢いを殺される前に、父はたくみに脇道へ曲がってしまい、先生もあわてて後を追った。止まりたくないのは、父も同じだったんだ。
クラクションをいくつか鳴らされるほどのムリな横断で、どうにか父へ追いすがろうとする先生。しかし平らで空いた道では、思うように差を縮められない。
逆にずんずん突き放され、とうとう住宅街の複雑な曲がり角の連発で、うまいことまかれてしまう。まるで尾行されることに、慣れているかのようなルート選択だった。
やみくもに曲がり続けても、もはやエンジン音だけとなってしまった車は、どんどん遠ざかるばかり。すっかり気配を消されてからも、先生はめめしく、車のケツを探り続けていたよ。
近くの家の二階で、布団を叩く音がする。
つい、ひょいと見上げて気づいたのが、その屋根より高く舞い上がるものがあった。もちろん、こいのぼりじゃないぞ。
風船だ。それに、よくよく目を凝らすと、家で見たものと同じ。表面に縞をあしらわれたもの。そうそう見られるものじゃない。
「ツイてる」と、先生は再びハンドルを握り、風船が上がり出した根元へ向かう。
ただ口から空気を吹き込んだだけじゃ、風船は浮かない。空気より軽い、ヘリウムガスを入れなくては浮力を得られないと、すでに先生は知っている。
風船に細工をしている場所があるんだ。
やがて先生がたどり着いたのは、大きな川の河川敷だった。
すでに風船たちの姿はないが、手がかりがないかと、先生は自転車を降りる。
やや湿り気を帯び、かすかに草を生やす地面。そこに残るわだちからして、確かに先ほどまで、ここに車が停まっていたことは分かった。
しかし、門外漢のがきんちょが悟れるのはここまで。もっと具体的な痕跡がないかと、河川敷を練り歩き始めてより、しばらくしてから。
ざっと、空から音がしたかと思うと、にわかに先生の全身を打つ、無数のしずくがあった。
通り雨なんてものじゃない。痛い、そして冷たい。
長袖を貫いて、一気に肌を冷やしにかかるその感触に、先生は身体をぶるつかせた。
その時にはもう、先生の周りの地面たちも、一気に白みを浮かばせていたよ。まぎれもなく、何度も目にした霜降りの景色。
しかし、見とれてはいられなかった。
先生がまだ震えている間に、照り付ける陽が、かっと熱くなったんだ。
見上げるより早く、先生のすぐ近くへ光る球が落ちてくる。バレーボールほどの大きさのそれは、地面でじゅっと音を立てながら、大きくバウンド。
先生を大きく飛び越え、振り返った時にはもう、油を引いたフライパンが立てるような音と共に、川の中ほどが大いに湯気を吐いていたんだ。それもまた数秒程度だったけどね。
光の球が水に飛び込む際、かすめたススキの先っぽは、焦げ目を残して途切れている。
バウンドした地面もまた、先ほどの白さを失うばかりか、ひとかかえはあろうかという大きさのクレーターができていて、穴のフチから中まで、熱と焦げ目にあふれていたよ。
そのわり、すぐそばにいた先生には被害なし。穴からわずかにずれた土も草も、先ほどと変わらない、霜の降りた格好のままだったんだよ。
そこからもう少し離れたところを見ると、同じようにほぼ真っ白に冷え切った、縞つき風船のかけらが転がっていたのさ。




