第97話
客人に会うため身なりを整え、私とドレッドは月下の間という秘密保持の必要性が高い依頼であろう人物が通される部屋に向かった。
ちなみにドレッドはいつどこで私と接触していた姿を見られていたかわからないという理由から本日も何と女装姿である。
闇ギルドのギルド長らしい少し荒っぽくも大胆で攻撃的なドレスを身にまとい、世話役を一人くっつけている、みたいな感じだ。
もちろんその世話役は私。
一応私はローブに身を包み、顔もあまりわからないような服装だ。
そんなそれぞれいかにもな格好をして向かった月下の間。
扉の前には誰もおらずドレッドがドアノブに手をかけ扉を開けた。
「お待たせしましたわ。お客じ―――――」
【お客人】。
その言葉を放ち終わる前にドレッドが笑みを浮かべたまま固まる。
一体何をそんな固まるほど驚いているのだろう。
そう思い依頼人の姿を盗み見た瞬間私もめを疑い固まる。
(へ?いや、え!?ちょ、な、なんで―――――――)
ひどく見覚えのある見た目。
その見た目の人物はもちろん私だけじゃなくてドレッドも見覚えがある人物だった。
そしてある意味一番この闇ギルドとは縁遠そうな人物。
「早朝にすまない。だがどうしても頼みたいことがあってお邪魔させていただいた。ルチェル・エレア―ノスだ、よろしく頼む。」
……そう、あの堅物で頑固で正義感の強い面倒くさい男だった。
「……おい、俺は夢でも見てるのか?何であいつがここにいる。」
あまりの驚きに扇子で口元を隠し、小さな声で私に問いかけてくるドレッド。
しかしそんなことは私が聞きたい。
「僕が知るわけないでしょ?」
謎に正義感が強く、その上自分の興味のある事以外はどうでもいい男。
そんな男がまさか「アリステラ・クラウドライン」の何かの情報を得るため闇ギルドを訪れるなんて想像すらできなかった。
(もしかしたらブランの為、とか……?)
ドレッドからは今のところ私の死後の家族の様子はヴァルドがかなりショックを受けているという事以外は聞いていない。
が、ブランも少なからず元気がないんだと思う。
一応3つ子ですからね、はい。
そんななか二人の片割れを騙しても心が痛まない私を二人とも、どうか許して……。
なんて思いながらも驚きつつもルチェルの前に座るドレッドのすぐ後ろに立つ。
ドレッドは気持ちを切り替え、ルチェルと向き合った。
「ご丁寧に自己紹介どうも。けれどこういった場所で求められるより前に名を明かすのは危険な事でしてよ?まぁ、それだけあなたが誠実な方、という事なのでしょうけれど。どうぞ、私のことは「マスター」か「ファントム」とお呼びくださいな。」
明らかにルチェルと対照的に実名を明かす気がないことが理解できる自己紹介。
普通の社交の場であれば失礼になるその言動も今この場においては「これがこの場での正しい作法だ」とルチェルに教えるかのようだ。
そして頭のいいルチェルはそのことを理解したのだろう。
普段のような騒がしさを見せず呼び名に理解と納得を示している様子がうかがえた。
そんなルチェルの様子をうかがいながらドレッドは口を開いた。
「で、アリステラ・クラウドラインについてのご依頼とのことですが……まずはご希望のご依頼内容をおっしゃってくださらない?」
わたしとは違い、微妙にドレッドの要素が残る女装。
けれど普段のドレッドとは口調もしぐさも違うからか全く気付くそぶりを見せないルチェルはドレッドの質問を受け、素直に口を開いた。
「マスター、貴方にはどこかで生きているであろうアリステラ・クラウドラインを探し出していただきたい。」
真剣なまなざしと声をこちらに向け要望を口にするルチェル。
「どこかで生きている」というワードに少し気もが冷えるものの、大方よそお通りの要望に何と動揺を表に出さないまま私は二人の会話をただただ見守る。
そして今度はドレッドが口を開いた。
「王室公認の印が入った記事で「アリステラ・クラウドライン」の死体が回収されたとあったでしょう?まさか疑っているのかしら?」
「あぁ、疑っている。彼女は利口だ。仮に敵の罠にかかることになろうとその罠をかいくぐり自分の身一つくらいは守れるだろう。だから探してほしいんだ。彼女を。」
ドレッドの言葉に即答で自分の予測を話すルチェル。
ルチェルの言うような利口な人間ではないけど確かに客観的に私はしぶとそうな人間には見える。
だからまぁ、うまく生きているという想像を立てられたことに対してちょっと自分でも納得してしまった。
が、それは仮に王室公認の印の新聞で死が言い渡されなかった場合だ。
「口をはさんで申し訳ありませんが彼女の遺体は家族の元へと返され、葬儀も行われたと聞きましたが?」
この国は死者が出たら葬儀までの期間が早い。
恐らくお通夜がないからだと思う。
だから可能な限り最短で葬儀が行われるため、私の葬儀も翌日には行われた。
その際もちろん偽造してもらい、爆散してしまった損傷のひどい遺体がクラウドライン家に送られたはずだ。
が、おそらく―――――
「葬儀には俺も参加したが遺体は無残なもので皇太子……いや、王室の配慮により確認を拒まれた。だから確認はできていない。が、正直俺はそれが納得いかん。それ故闇にまぎれる貴殿らに依頼したいと思ったのだ。」
思った通り、遺体の確認はできていないらしい。
というか普通、遺体の損傷が激しいというのを見たい人間などいるのだろうか?
普通に配慮と思っておいてくれたらよかったものを、要らないところで鋭い。
「……依頼をしたい気持ちは分かったわ。だけど最近「アリステラ・クラウドライン」の暗殺依頼や誘拐依頼が多かったから一応確認までに聞いておきたいんだけど、彼女を見つけたらどうするつもり?」
ドレッドは受けるとも受けないとも言わず、私を探す理由について尋ねる。
正直ブランの為だと私は思うのだけど、審議がわからない為私もルチェルの言葉を聞き逃さないように耳に神経を集中させる。
いったい彼がなんというのか。
少しの間緊張が私を襲った。
そして――――――
「……単純な話だ。彼女のような利口な人間を失うことは世にとっていい事ではない。大きな損失だ。だから生きていてほしいと願っているだけだ。」
(…………え?)
ブランがどうのこうのと理由を言うと思っていた。
流石に見ず知らずの人にブランの名前を出さなくとも友人が悲しがっているとか、そういうことを言うと思っていた。
なのにまさか私を評価していて死ぬには惜しいと思ってくれているだなんて……。
……まぁ、そんなに利口ではないんだけど。
でも正直、嬉しく感じないはずがない言葉だった。
「それに何より友人が信じているんだ。彼女が生きていると。私はその友人の理解者でありたい。それが理由だ。」
(……まぁ、そうですよね。)
何よりで一番の理由を知った私は「やっぱりなぁ」という気持ちになった。
だけど何はともあれ、彼が私に対し面と向かって言うことはきっとないだろうけど彼は私に「邪魔者」以外の認識をしていてくれていたことが正直うれしい。
多分彼からひどい危害を受けることはなさそうだ。
(なんか嬉しいな。私がいなくなったらこんなにも惜しんでくれる人がいるって。)
意外と私は愛されているんだなぁと思い胸が熱くなった。
そしてそれと同時に本当のことが言えない罪悪感も抱き始めるのだった。




