第96話
ルイスの理解できない言動に涙が枯れるほど泣いた私は翌朝、ドレッドのベッドでドレッドに抱かれながら目を覚ました。
あまりにも泣き止まない私をドレッドが私の部屋まで運んでくれようとしたのだけど私が離れることを拒んで、添い寝してくれた。
おかげで少しだけ気持ちは楽になっていた。
が――――――
「ドレッド……なんであなた裸なの?」
「誰かさんの涙で就寝用のシャツがびしょびしょになったからだよ。」
目が覚めて視界に映る立派な腹筋を見ながら素朴な疑問を問いかけるとひどく納得する理由が返された。
というか着ている人間が気持ち悪くなるレベルの涙を流してしまっていたのかとちょっと恥ずかしくなってきた。
「水だ、飲め。」
私が目が覚めたことを確認するとドレッドは静かに私から離れ、近くにあった水差しからコップに水を注ぎ渡してくれる。
体中の水分という水分を出し切ったともいえるレベルに泣いた私はその水をごくごくと一瞬で飲み干す。
するとドレッドはすぐさま水を補充してくれた。
「……私、ドレッドがいないと生きていけなくなりそう。優しさがしみる……。」
つらいときにそばにいてくれる人がいるというのはどれだけ恵まれた事か。
と、いう言葉を聞いたことがあるけどまさにその通りだと思う。
今とても救われた気持ちになっていた。
「まぁ、あまり気にするなよ。あの人の思考は基本理解しようとしても無理だろうからな。」
「……うん。」
慰めというよりは単純にドレッドがルイスに抱いている印象を語ってくれたような印象を覚える。
多分混乱しているのはドレッドも同じなんだと思う。
(はぁ……なんか今日は何も考えたくないかも。)
泣きまくって頭も痛いし、さらに言えばもう考えることにつかれた。
出来れば今日はゆっくりしたい。
そう思った矢先のことだった。
部屋の扉を誰かが叩く音がしてきた。
その音を聞いた私は今ウィッグをかぶっていない状態なため急いで布団に潜り込んだ。
ドレッドはそんな私の行動を突っ込んだりはせず、「入れ」と扉の向こうの人物に声をかけた。
「朝早くにすみませ……あ。」
扉から入ってきた人物。
その人物の言葉で私は「あ。」意味を理解した。
多分、多分だけど昨晩はお楽しみだった適菜事を勘違いされてるんだと思う。
……涙で濡らしてドレッド裸だし。
いや、ズボンは穿いてたけど……。
「構わず要件を言え。」
「は、はい。その、例の「アリステラ・クラウドライン」に関する依頼を持ち掛けてくる人間がいたのでご報告を、と。」
(…………え?)
ドレッドに伝えられる要件。
その内容が私にも無関係なものでないことに驚く。
そもそもアリステラ・クラウドラインは死んだことになっている。
誰が何の依頼をしようというのだろうか。
「……わかった。俺が対応する。客を月下の部屋に通せ。」
ドレッドが闇ギルドのボスらしく冷たく冷酷な感じで言葉を紡ぐと報告に来た人物は了承の言葉を残し、すぐさま部屋から出ていった。
「どうする?アリス。このギルド内では情報共有がかなり早い。俺とお前はそういう仲という事で噂されるだろうな。」
報告してくれた人物が去るとドレッドはシーツをめくり、面白そうに笑いながらからかうように語り掛けてくる。
……多分これはドレッドなりの気遣いなのだろうと私は思った。
本当は昨日の今日で言うような冗談じゃないんだろうけど、ドレッドの性格を考えると何時もみたいに反抗して来いと言わんばかりの表情だ。
そんなドレッドの不器用な気づかいに私は小さく笑いがこぼれた。
そして――――――
「別にどうもしない。現状は流されて困る噂じゃないから。」
例えその噂が流れたところで困ることは何もない。
むしろヴァルドがうっかりこのギルドのメンバーに出会い、ドレッドに恋人がいるかの真偽を確かめたら私たちの嘘はより現実味を帯びる。
そしていくら客人でもドレッドの部屋の中にある別室で過ごすことの説明にもなるし、さらに言えばうわさが広がれば情報通のルイスもその噂について知ることになると思う。
いつもやられてばかりなんだからたまにはこっちが引っ掻き回すのだって許されるはずだ。
やられたらやり返そう。
そんな私の意図はおそらくドレッドに伝わったのだろう。
「そういうところ、嫌いじゃない。」
ドレッドは楽しそうに笑みを浮かべて私に手を差し出した。
そして私はその手を掴み、ドレッドのベッドから起き上がるのだった。
予想もしていなかった客人に会うべく、準備を始めるために。




