第94話
「ふぅん。なるほどね。君がそんな大胆な事をするとは思わなかったなぁ。」
(……あれ?なんか声が聞こえる。)
10日ですっかりと闇ギルドのベッドに慣れてぐっすり眠っていた私の耳に聞き覚えのある声が聞こえたことで目が覚める。
声は扉の向こうから聞こえてくる。
つまりドレッドの部屋だ。
一体何の話をしているのだろう。
込み入った話じゃなかったら私も混ざってもいいだろうか?
なんて思いながら私は静かに扉の傍に聞き耳を立てに移動する。
「で、何?アリスとキスをしたって明かすのは懺悔のつもりかな?それとも……宣戦布告?」
「宣戦布告とかいう言葉使うくらいならさっさとくっついてもらえませんかね。そもそも大々的にあいつに恋人がいるって噂であの女の牽制もある程度できたと思うんだけど?」
(……これ、私が混ざれない奴だ。)
少しだけ話を聞いてみるとすごく興味深い話をしているけど多分私の話をしているという事はすぐに分かった。
で、やはりルイスは私を少なからず好きという事も改めて確認できたわけだけど……。
(本当、なんで頑なに付き合ってくれないのかな……。)
なんて思う私の頭に作戦の実行のことばかりですっかり頭から抜け落ちていたことを思い出した。
『俺はむしろとっても愛されてると思いますけどね。多分、アリスさんが魅力的すぎるから恋人関係になったら……めちゃくちゃに愛しすぎちゃってアリスちゃんの学業に支障をきたさせちゃうって思ってるんだと思いますよ。』
(……ハーネスさんの言葉、あれって実際のところどうなんだろう。)
作戦実行前にハーネスさんから聞いた元カレの意見。
私にとってはうれしい意見だけどその意見を鵜呑みにするという事は「君より俺のがルイスを知ってるよ。」といわんばかりのハーネスさんを事実そうだったと認めなければいけなくなる。
それがなんというか、ひどく爵だ。
それに――――――
『君が男じゃなくて残念です。女の子じゃなかったら気兼ねなく手が出せたのに。』
(……あれはどういう意味だったんだろ。)
少なくとも別に私にそういう気があるわけでもなければ私を誘惑してルイスから引き離そうと意図するものでもない……気がする。
(なんていうかこう、多分もっと物理的な意味だよね?)
男なら【ルイスに近づいたらどうなるか体に教え込んでやるよ】的なものだった気がする。
それかルイスに見られたくないようなボロボロの傷だらけの姿にされたとか……。
(うん、なんかする。今思えばあの人からヤンデレ臭がっ……!)
そう思うと一気に恐怖を覚え、全身が寒気で震えあがった。
(……あと、ルイスにはあったこと言わなくていいよね。だってそもそも私はルイスに元彼がいるなんて知らないことになってるわけだし……。)
元カレに会ったなんて言ったらルイスのことだからまず何で知ってるのかを問い詰めてくるだろう。
で、ドレッドから聞いたといえばドレッドにも何かしらルイスは仕掛けると思う。
穏便に済ますには黙っていた方がいいと思う。
ついでに今現在ルイスとハーネスさんに接点がないなら正直、わざわざ接点を作りたくはないから。
でも……
(正直、何より気になるのはあの人が去り際に行った台詞なんだよなぁ……。)
去り際にハーネスさんが言い放った言葉。
それがどうも私の中では引っ掛かって気持ち悪い。
(私が生きていたらまた会おうって……そういったんだよね、あの人。)
まるで私があの瞬間狙われていることを知っていたかのように。
(ルイスの元恋人ってことはあの人も探偵助手とかしてたってことなのかな?それで狙われてるのをなんとなく理解して、さらに私たちがわざとその展開を求めてると察していたとか?……なんて考えすぎ……?)
考えれば考えるほどわからない。
だけどとりあえず――――――
(うん、とりあえず自分の中であの人のことが整理できるまでは話さないでおこう。)
ちょっとした下心がある事に加え、自分の中で整理できるまでハーネスさんの件はとりあえず保留にすることにした。
なんてことを一人で悶々と考えていた私の耳にあきれたようなドレッドの声が聞こえてきた。
「というかルイスさん、あんたは一体何がしたいんだ?色々心配するくらいならあんたがアリスを引き取ればよかったはずだ。そうしない理由、俺にくらいは聞かせてくれてもいいんじゃないですかね。」
いつぞやの夜みたいに私が気になっていることを聞いてくれるドレッド。
その言葉に私はとりあえずルイスの元カレを頭の中から追い出し、ルイスの言葉に耳を傾けることにした。
「……色々な自信がないんだよ。単純な話、ね。」
(……自信?)
一体ルイスともあろう人が何の自信がないというのだろうか。
なんて思いながらルイスの次の言葉をただただ待つ。
「いったい何の自信がないっていうんだよ。あんなにあいつに愛されて、あんた自身だって――――――」
「……それは――――――」
ついに、ついにルイスの本音が聞ける。
そう思い私は扉にへばりついた。
その次の瞬間だった。
「ひゃぁぁぁっ!!!」
私がへばりついた扉が突然勢いよく開いた。
確かにしまっていたはずの扉。
そんな扉が突然開いたことに理解もできず床に倒れこむ私。
そんな私の上に影が差した。
そのことに気づいた私は恐る恐る顔をあげ、私に影を差している人物を見上げた。
「本当にいい加減にしないとそろそろ泣かすよ、アリス?」
一見笑顔を浮かべつつも決して目が笑っていない上、今日は言葉までもひどく冷たく何とも言えないオーラをまとうルイスが私を見下ろしている。
何でこんなに苛立たれてるのか、そもそも何をいい加減にしないといけないのか、更に「泣かす」って何!?という疑問が勢いよく私の頭になだれ込んでくる。
つまりは軽く私はパニック状態だ。
「いや、えっと、あの……。」
(どどどど、どうしよう!?もしかしてこの間の寝たふりもばれてた!?いつもいつも盗み聞きしてることに怒ってる!?だけどもしそうじゃなかった場合、自白して自爆とか避けたいし、一体私はどうすればぁぁ―――――!)
パニック状態の私はうまく言葉を見つけ発することができない。
とりあえずひどく怒っていることはわかるから謝らなければ。
そう思い、口を開こうとしたその瞬間だった。
「お仕置きだよ、アリス。」
ルイスはそういいながら短い手を私に伸ばしてきた。
そして気づけばルイスの両手が私の顔をしっかりと固定し、私とルイスの唇は静かに重なっていた。
(…………へ?は?)
お仕置きというルイス。
そんなルイスからお仕置きというよりご褒美が贈られる。
こんな甘いお仕置きを受けたことがなかった私はただただ頭を混乱させるのだった。




