第92話
(は?え、ちょ、え?)
自分で言うのもなんだけど男の子のような装いをしたら私を女の子だなんて多分ドレッドですら初見では気づけないと思う自信がある。
何せ女の子の格好をしていても男扱いを受ける私だ。
そんな私が一応男性に扮するためのウィッグをかぶり、ドレッドがルイスの用意した服はちょっと露出が気になるといって新たに用意してくれた隠密用にメンズ服を着ているのだ。
恐らく見た目からして今の私は闇ギルドの人間感がプンプンすると思う。
そんな私の今の姿で私だと解るはずがない。
が、ヴァルドは息を切らしながら悲痛そうな表情で振り返った私を見ていた。
(え、えっと、とりあえず振り返りはしたけど、背後から突然大声が聞こえて驚いて振り返ったってことでいいよね?)
なんて思いながら私は極力低い声を意識してこちらを見つめるヴァルドに声をかけてみることにした。
「あの、申し訳ありませんが大きな声は控えていただけないでしょうか?僕は今大事な仕事中でして……。」
名前に反応したというより「大きな声」に反応したと強調しながらヴァルドに話しかける。
けれどそんな私の声はどうも届いていないようで、ヴァルドはただただ悲痛そうな顔でこちらを見つめていた。
(えっと……嘘、まさかばれてる?いやいや、変装に加えて私、顔を隠すためのマスクもつけてるんだけど?)
一体何で私を判断しているのだろう。
そう思った次の瞬間だった。
「やっぱり生きてたんだな、アリステラ!!」
この状況に内心動揺していた私といつの間に距離を詰めたのやら、ヴァルドは私に抱き着いてきた。
(え、えぇぇぇぇぇ――――――――!?)
ひどく確信をもって放たれる言葉。
これは私はどう対応すべきなのだろうか。
(ヴァルドには悪いけど嘘のつけないヴァルドに私が生きている事実を知られるのはまずい!!!!)
ルイスは多分ライラ夫人はうまく騙せたと思うと言っていた。
つまり推測の域は出ないけどライラ夫人は今、アリステラ・クラウドラインは死んだと思っているはずだ。
その考えを覆されるような情報を得られるのがまずいことは言うまでもないわけで、そんな情報を与えかねないヴァルドに関しては頑張って私がアリステラである事実をごまかさなければいけない。
が……――――――
(ど、どうしよう、コレ……。)
今にも泣きだしそうなくらい息を乱し、鼻をすする音までさせながら私に力強く抱き着き、顔をうずめてくるヴァルド。
どう対応するのが良いのだろう。
そう思っていたその時だった。
「おい、何をしている。」
私の背後で冷ややかな声が聞こえる。
その冷ややかな声の主は言うまでもなくドレッドの声だった。
(あぁもう、とりあえず私が下手なことするよりドレッドに任せよう!)
ちょっと仕事モードだからか威圧感があって怖いけど、多分ドレッドはちゃんとこの状況をどうにかしてくれるはずだ。
そう思って私はヴァルドと私、どちらに問いかけたのかわからないけどドレッドの言葉に言葉を返すことにした。
「お、おかえりなさいマスター。その、僕もこの状況がわかりません。この人が背後で突然大きな声をあげたもので、やめてほしいと頼んだら今度は抱き着かれてしまって……」
あくまでしらを切る方向で説明する私。
そんな私の言葉を聞いたヴァルドは勢いよく顔をあげ、私の肩を掴んだ。
「おい、アリステラ!何を訳の分からないこと言ってるんだよ!まさか、事件に巻き込まれて記憶でも失くしたのか!?」
テイラーの姿である今の私を迷いもなくアリステラと呼び、声を荒げるヴァルド。
そんなヴァルドの迫力に私は身じろぎながら言葉を失う。
普通、王室公認の記事に疑問は持たないものだ。
だけどその記事を読んだか読んでないのか、ヴァルドはアリステラが死んだという事実を理解していないように伺える。
(でも、ノウスがちゃんと皆が私の死を知るようにうまく誘導してくれたはずだし、そもそもうちは朝食を兄弟一緒にとるんだからその時嫌でも耳にしたりしてるはずじゃ……。)
読み込めない状況。
そんな今の状況にただただ困惑していると私の身体は力強くドレッドに抱き寄せられ、ヴァルドの傍から引き離された。
「ヴァルド、俺の部下兼恋人に気やすく触らないでもらえないか?知ってるだろ、俺が嫉妬深いことを。」
闇ギルドの人間としてヴァルドに接しているせいか本性丸出しの口調でヴァルドに話しかけるドレッド。
そんなドレッドの言葉にとんでもない言葉が聞こえた気がするけどとりあえず今は話を合わせるべくドレッドに困惑したようにしがみついてみる。
いや、実際困惑はしてるんだけど。
「な、なんでだよ、アリステラ!何でそいつに抱き着いてんだよ!こっちにこい……。そいつは頭の可笑しい危険なやつなんだ。」
困惑した様子でドレッドにしがみつく私にヴァルドは相も変わらず私の名前を呼び、自分の方へ来るように諭してくる。
が、そんなこともちろん受け入れられるわけがないし、何より……――――――
(ヴァルド、なんでドレッドの事をそんな風に言うの……?)
原作だとやばい仕事をしてるけど根は悪い奴じゃないと思っているはずだった。
なのにドレッドの事をただの危ない奴と思っていそうな口ぶりが何だろう。
……不快、な気がする。
そんな感情を抱きながらドレッドの表情を盗み見る。
するとドレッドの表情はマスク越しでもわかるほど傷ついているように見えた。
「悪いがヴァルド、コイツはアリステラじゃない。確かにどことなくコイツとアリステラは似ていると感じることは理解するが別人だ。そしてこれがお前がずっと知りたがっていた俺がアリステラに構っていた理由だ。恋人似ている人間は気になるし、そんな人間にいい顔をするのは当然だろ?」
ドレッドは静かな声で「アリステラと間違えるほど似ている」という事を口にし、だけど別人である事。
また本来世間知らずで引きこもりな感じを演じていた私との接点を怪しまれないように説明するこの頭の回転の速さは本当にすごい。
なんて思っているとドレッドの言葉に顔を蒼白にしながらこちらを見つめているヴァルドと静かに距離をとるようにヴァルドと対面した状態で後退を始めるドレッド。
そんなドレッドに合わせて私も後退する。
そんな最中、ヴァルドには聞こえない声ドレッドは静かに問いかけてきた。
「お前、マスク越しのキスってキスにカウントする?」
問いかけられた問いの意図を想像するに恋人だという感じをしっかり残してここを去ろうという事なのだろう。
何故恋人のふりまでするのかは理解が追い付かないけど、とにかく私はこれからやろうとしているドレッドの行動を理解した。
そして――――――――
「カウントしない。大丈夫。」
私とドレッドは互いにマスクをつけた状態で口づけをする。
そんな私たちを見るヴァルドの表情を盗み見るとひどく絶望しているようなそんな表情を浮かべていた。
【アリステラ】が好きなヴァルドにはひどいことをしている自覚はある。
でも、今の私はあくまで【アリステラ】ではなく【テイラー】だ。
そして――――――
(ごめんね、ヴァルド。でも私は私のこの世界での唯一の友達を傷つけた貴方を少し許せない。)
個人的な仕返しも混ざった演技をしたのち、私とドレッドは静かにその場を離れるのだった。




