第88話
ドレッドに対して浮かべた想像。
その想像を捨てた私は口を閉じ、今の状況を静かに見守る。
が、
(……ヤバイ、脚かなり痛くなってきたかも……。)
正直それどころでもなくなってきた。
なんかアニメとかのお約束と言えばいいのだろうか。
ヒーローとヴィランが対峙した時何故か謎に見つめ合う時間。
そんな時間に突入したことで私は声を発しづらくなっていた。
(でもこのまま黙ってたら私の脚は――――――)
なんて思っていたその時だった。
ドォォォォォン
―――――と、激しい爆発音が響き渡った。
「……アリステラのコルセットと良い、手練れの護衛と言い、うすうす気づいていたけれど私はどうやら罠にかけられていたようね。聞かせてくれない?この爆発音は何かしら。」
穏やかににっこりと笑みを浮かべるライラ夫人。
けれどそんなライラ夫人の声は決して笑っておらず冷ややかなもので、その声で問いかけられたドレッドもいつものように胡散臭い表情を浮かべていた。
「教えてあげたいとこなんだけどそれ、俺の仕事じゃないんだよね。ね?探偵さん。」
ドレッドはいつもの飄々とした口調でライラ夫人の要望に答えられたないことを伝えた後、探偵、つまりはルイスに呼びかけた。
そしてその瞬間だった。
突然この倉庫のような部屋でも小さな破裂音がなり、一瞬にして部屋中に煙が充満する。
「なっ!くっ、体が、動かない……!!」
一瞬にして部屋中を覆った煙。
それはある事前提にたてられた今回の作戦において重要な役割を果たしていた。
これはまたしてもライラ夫人が魔導人形である場合に魔導人形の身体の自由を奪うもの、「魔力妨害煙幕」という魔導具だった。
ルイスの推察通りライラ夫人は本物ではなく魔道人形。
それが確認できる今のライラ夫人の発言に私は今後の作戦の成功を確信した。
この作戦の目的、社会的にライラ夫人には死んでもらうこと。
そして私、アリステラ・クラウドラインも社会的に死ぬこと。
これのどちらも達成できると確信できたのだ。
(……にしても煙多すぎない?)
魔道人形煮には影響はある物の、人間にはあまり実害のない煙。
どちらかというと煙というより霧に近いのだけど、あたりが真っ白で何も見えない。
ここまで一面真っ白にする必要はあったのだろうか……。
(作戦だとこの煙幕が引かないうちに逃亡する算段だけど、そもそも私足拘束されてるし周りも何も見えないんだけど?)
なんて思っていたその時だった。
ガチャリと音が聞こえ、締め付けられて感覚がなくなり始めていた私の脚が解放感を感じた。
「行くぞ、アリス。」
語り掛けてきたのいつの間にか私の元へとやってきたドレッドだった。
ドレッドは私の脚の感覚が鈍っていることを知ってか知らずか、私に「行くぞ」と告げると私を静かに抱き上げた。
そして抱き上げられた私はドレッドの首に腕を回し、同意の意を伝える。
とりあえず私が下手を打つようなことにはなりたくないから余計な出来事が起きない為極力サイレントで了承を伝えるとドレッドは私の意図を組んでくれたのか静かに走り始めた。
そこからは割と事がトントン拍子で進んだ。
「やっぱりあの人の能力、瞬間移動なんだな。」
次なる作戦実行ポイントに移動するべく私を抱きかかえて走るドレッドは小さくそうつぶやいた。
魔法の得意不得意というのは勉強の得意不得意のように存在する。
けれど一般知識の範囲で得られる魔法と個人が得意とする能力は違う。
実際のところ初歩的な魔法なんて魔法を使う人間からするとほとんど役に立たないただの日常生活をちょっと楽にする程度の物。
そして個人が得意とする魔法は行ってしまうとその人の個性だと言えるくらいに唯一無二に近い。
私の持つ治癒能力はもちろん誰にでも使えるわけじゃないし、ドレッドの返信能力だって誰にでも使えるわけじゃない。
その適正を持った人間が使えて、なおかつ人の数だけその能力の特徴が変わる。
だからこそ意外と自分の能力を隠す人間も少なくないわけで、ルイスもその一人だ。
自分の能力は明かしてくれてはいない。
だけど――――――
「この状況を見るとそうなのかもね……。」
ライラ夫人と対面していた部屋から次の作戦実行ポイントに移動する道中、乗船者が誰一人として見つからない。
この状況を見る限り瞬間移動は瞬間移動でも望んだ人間を瞬間移動させる能力のような気がする。
「まぁ、ルイスの能力は何にせよルイスの言った通り世間的にはさておき、実質的な犠牲者は出なさそうでよかった。」
ルイスから告げられている次の作戦。
それはとても大胆なものだった。
だけどその大胆な作戦は世間的に私が死んだと思わせるには十分すぎるものでもある。
「……本当によかったのか?こんな作戦。」
作戦の成功は確信していてもどこか不安な気持ちのある私。
そんな私にドレッドは走りながらも息一つ乱さずに問いかけてきた。
「……それって社会的に私が死ぬけどいいのかってこと?」
「それ以外に何があるんだよ。」
この状況で改めて聞かれると思っていなかった内容に私は少しだけあ呆気にとられた。
そして程なくして思考が戻ってくるとドレッドに思いを伝えた。
「むしろこれでいいと思ってるんだ。いろんな意味で。」
私は私可愛さに本来もうすでに死んでいるであろう人間なのに生きてしまっている。
もちろんだからと言って死にたいわけもなければ死んでいいなんて思ってもいない。
ただ原作通りにアリステラ・クラウドラインは死者になるけど、実質違う人間として生まれ変わるだけ。
そうなることで原作と変わってしまった世界も少しは元通りになるのではないかと思っていた。
……本当はドレッドとヴァルドの関係も原作通りに戻ってくれるといいんだけどそれは多分、無理なんだろうという事が唯一気がかりだったりする。
「……ごめんね、ドレッド。」
その気がかりな感情からつい、私の口からはドレッドへの謝罪の言葉がこぼれた。
するとドレッドは基本冷たい表情や口調で無理に笑わない本性のドレッドの状態であるはずなのに小さく笑みを浮かべた。
「お前に振り回されるのにはなれている。今更だろ。」
私の謝罪をどういう風に受け取ったのかドレッドはそういうと少しだけ加速して目的地へと足を勧めだす。
私は振り落とされないようにドレッドにしっかりと抱き着きながら今現在ライラ夫人と対峙してるであろうルイスの無事を祈るのだった。




