第85話
ライラ夫人へとたどり着くため、おとりになるべく目立つ酒場にやってきた私とドレッド。
ヘタに私たちが警戒していると思わせないようあえてカウンター席に座り、ドレッドはお酒を分解する魔法をかけながらお酒を、私はソフトドリンクを口にしながら一客として過ごしていたんだけど……
出会い目的の酒場。
……そこでドレッドは一人勝ちをしていた。
「ねぇ君、今日俺と一晩過ごさない?」
「いやいや、んなひょろっこそうな奴じゃなくて俺とかどうだぁ!?」
貴族っぽい人からガラの悪そうな人まで。
本当に大層オモテになる。
多分私はドレッドの引き立て役としてすらお呼びではないと思う……。
一応、声をかけてきた人たちがドレッドに名前を聞くついでに私の名前も聞いてくれるおかげで私の名前を吹聴できているにはいる。
が、逆に言うと私がしていることはただただそれだけ。
(帰りたい……。)
作戦を忘れてそんな気持ちで飲み物を口に含もうと杯に手を伸ばした、その瞬間だった。
私の杯を掴む手をドレッドに制された。
「お兄さん、悪いお兄さんは嫌いじゃないけど私の連れにいたずらするのは見過ごせないよ?こっそりお酒に変えたでしょ。」
「え!?あ、あはは!ば、ばれちゃったかぁ~……」
自分に言い寄ってくる男たちの相手でいっぱいいっぱいそうに見えたドレッド。
だけどちゃんと私を見てくれているのがよくわかりあまりにも役立たずで不要そうな現状にふてくされていた自分が少し恥ずかしくなる。
(何はともあれ私がアリステラ・クラウドラインってことを広められているんだから、不貞腐れてちゃだめだよね……。)
あまりにも美人で、あしらうのも上手い明らかにいい女な感じのドレッド。
(この機会に少し勉強させてもらおうかな?)
なんて思いながら隣に座るドレッドを見たその瞬間だった。
私はとんでもない光景を見てしまった。
(ちょっ、ドレッドさん!?そこの男性の手、めちゃくちゃ胸元に突っ込まれてますけど!?)
上手くあしらっていると思っていたドレッド。
そんなドレッドにまぁまぁ顔の整った男性が気持ち体と体に余裕のあるバックハグをしながらドレッドの胸元に手を突っ込んでいた。
いや、ある意味バックハグ以上に問題のある行為。
その行為に驚いているとドレッドが「大丈夫」と言わんばかりの目配せをしてくる。
(い、一応ドレッドが出会いを探しに来ていて、私はそれにしぶしぶ同行している設定だから不審がられないようにってこと……?)
仮にそうだとしても流石にそこまでする必要があるのだろうか。
いや、ヴァルドの事を好きになる時点で同性に触られることに対し抵抗感はあまりないのかもしれないけど……
(……身体、はりすぎでは……?)
なんて思っていると私の肩が軽くつつかれ、つついてきているであろう人の方へと振り返る。
するとひどくこの場が似合わなさそうな誠実そうで穏やかそうな男性と目があった。
「こんばんは。よければ俺と少しお話しませんか?」
「え?あ、は、はい……。」
あまりにも多くの男性に囲まれているドレッドを狙うのは無謀と考え、私で妥協したのだろうか。
なんて思いつつ私も私の仕事をするべく了承をした。
できるだけ多くの人に私の存在を認知させること。
その為にも――――――
「俺はハーネスと言います。お嬢さんは?」
「ア、アリステラ・クラウドラインです……。」
男性に大体ファーストコンタクトのお約束、名前を聞かれて名を名乗る際にあえて家名を口にする。
家名を口にするのは家自慢がしたい人間、もしくは世情に疎い箱入り令嬢令息くらいだ。
つまり私はちょっと悪い友人に連れてこられた世間知らずの令嬢という雰囲気を頑張って作り出した。
……いや、本当に別にこういうとこにはなれてないといえば慣れていないんだけど……。
(酒場にいっても基本ルイスと一緒な上、ついでに言えば男装して一言もしゃべらないしね、何時もは……。)
慣れてないといっても過言ではないだろう。
とりあえず私は不審がられない為にも名前を言って「はい、終わり」ではなく、しっかりと会話をしようと気合を入れる。
正直本当、家族や攻略対象たち以外の男の人でちゃんと会話を試みたのってルイス以外に居ないから変に緊張してきた……。
「あはは、緊張しているみたいですね。貴方みたいな可愛らしいお嬢さんとお話しできて光栄です。」
「あ、あはは……優しいですね……。」
「可愛い」なんて言葉言われたら普段の私ならもうひどく舞い上がっただろう。
だけど隣のドレッドがありえないほどモテすぎていて自信喪失している今の私にその言葉は優しさからくるお世辞であることなど考えずとも理解できた。
見た目通りのいい人なようだ……。
「君は自己評価低いみたいですね……。まぁ、お友達の人気がすごいのでそう思ってしまうのも無理ないですか。ですがお友達ばかり声をかけられているのは決して君が可愛くないってことにはならないと思いますよ。基本的にここには体の関係を持つことを優先的に考えている人間が多いので君のような可憐な花には手を出しづらいだけかと。」
ハーネスさんはそういいながらにっこりと優しく微笑んでくれる。
(どうしよう、お世辞でも嬉しい……。)
久々すぎるほどまともな女扱い。
ドレッドの耳を引っ張ってきて聞かせてやりたいくらいだ。
これが紳士だ、と。
(…そういえば以前、どこかでハーネスさんっぽい紳士をどこかで見たような気がするんだけど……どこだっけ?)
どこか道端で出会ったことがあるのか、何なのか。
ハーネスさんのしぐさというか、振る舞いというか、それらは「何か」を連想させてくる。
とはいえ、その「何か」が何なのかはわからず、私は頭を悩ませていた。
そんな私にハーネスさんはにっこりと語り掛けてきた。
「ところでアリステラさん、こういう場では基本自分の愛称だったり、偽名を相手に教えて本名はばれないように会話をするものなんです。ですからもしよかったら君の愛称、教えてもらえたりしませんか?あぁ、もちろん偽名でも構いませんよ。ただ、本名を知ってしまった身としては愛称で呼ばせてもらえると光栄なんですけどね。」
「え?あ、えっと……アリス、アリスって言います。」
割とぐいぐい来るのでほんの少し言葉に戸惑いが出てしまうけれど、別にそれが嫌らしくも感じない為私は愛称を教える。
するとハーネスさんはにっこりと笑みを浮かべながらグラスを持ち上げ、私の方へとグラスを近づけてきた。
「とても素敵な名前ですね、アリスさん。それではこの出会いを記念して改めて乾杯。」
「は、はい!」
近づけられたグラスに私もグラスを近づける。
そして軽くグラスがぶつかる音が鳴るとハーネスさんはどこか優雅な物腰で手に持っていた飲み物を飲み始めた。
(な、なんか色っぽい……。)
見かけはどちらかというと線の細さから繊細な人なのかな?なんて印象を受けるハーネスさん。
だけど意外といい飲みっぷりで、お酒を飲み込むたびにのどぼとけが大きく動く横姿がどこか色っぽくてドキドキしてしまう。
(ギャ、ギャップ萌えだぁ……!)
ひそかに私のテンションが上がる。
が、ずっと見つめているのもおかしいと思い、私は自分のグラスに視線を落とし自分のお酒を飲み始めるのだった。




