第75話
「あぁもう……!悪い、アリステラ。俺はお前を信用できそうにないみたいだ。」
ファウスの話を聞いて苛立ったように自分の髪をかき乱すと悲しそうな声と怒っているような低い声でノウスは私に向かって思いをぶつけてくる。
だけどそれはそうだと思う。
信用して屋敷を抜け出していることに口を出してこなかった兄に対し、私はひどい現実を突きつけたといっても過言ではないと思う。
だって、信じていた妹と二人で街に出かけ、ちょっと理解を深めれば叩けば出てくる埃のごとく不安材料が出てくるのだから。
(ファウスと3人で出かけてるときは基本口開かないから下手踏むこともなかったんだけどな……。)
一日のたった少しの行動でこうも意見を180度変えさせてしまうなんて……
と、思わずにはいられない。
(うまくいかないものだなぁ……。)
せっかく自分の非に気づき歩み寄ろうとしたのにすぐこれだ。
不信感という「壁」をまた作ってしまった気がする。
人生って本当、難しい。
なんて思って悲しくなっていた時だった。
「別に彼女が狙われているのは彼女のせいじゃないよ。」
ひどく聞き慣れた声がどこからともなくしてきた。
一体どこから―――――と、思った瞬間彼は路地の暗がりから姿を現した。
その彼とはもちろん今回のイベントに関わる人物でもあるルイスだった。
私たちをつけていたのか何なのか、私たちの会話の内容を理解している発言をして会話に混ざってきた。
「……確かあんたはこの間ヴァン兄が雇ってた探偵。なんであんたがここに……?」
私やファウスの事で警戒心が強くなっているのか人当たりがいいノウスが軽く睨みつけている。
そんなノウスにルイスはいつものごとく天使さながらの笑みを返した。
「ついでにもう一つ僕という人間に対する情報を付け加えといてもらえるかな。アリステラに懇意にしてもらってる雑貨屋の店主でもあるんだ。」
何故ここにいて私たちに話しかけてくるのか。
恐らくそれを説明するためにも私とは以前から親しい存在であるということで自分は敵じゃないということをアピールするルイス。
そのアピールに成功したのかノウスは小さく息を吐き出すと無理やり笑みを作って「不遜な態度をとって申し訳ない。」といってルイスに握手を求めた。
そしてルイスは「大丈夫だよ。」と言って握手に応じた。
「さて、早速だけど本題に入らせてもらうよ。アリス、君を欲しがってるVIPっていうのはおそらく「ライラ夫人」だ。」
「……え?」
3日前に出会ってひと悶着あった人の名前をこうもすぐに聞くことになるとは思っていなかった私は驚きの声をあげた。
漫画やアニメでもだいたい悪役の再登場は忘れたころにとかなイメージなのに、こうも頻繁に名前を聞くことになるとは思うはずもなかった。
なんてことを思っているとノウスが「ライラ夫人……」と小さく言葉をこぼした。
「それって金曜の夜会でアリステラをどうこうしようとしてたのに失敗したから、今度は闇市で出品できた奴がいたなら高く買うって作戦に変えたってことなのか?」
拳を強く握り、怒りでこぶしを震わせながらルイスに問いかけるノウス。
そしてルイスはそんなノウスの言葉に頷いて見せる。
いまいち状況が読み込めない私にもわかりやすい説明だ。
だけど、説明を受けてもどうしてもわからないことがある。
「……ライラ夫人はどうしてそこまで私を……?」
好みなのは不本意だけどわかった。
だけどあくまで私は理想にはぴったりだけど男の子ではないし、それに手を出すには非常にらしからぬとはいえ公爵令嬢という立場もあるから容易なことではないと思う。
それでも私をどうこうしたいと思うのは後先など考える心の余裕さえないようなくらい私が好きなのか、はたまた別の理由があるかのどちらかだ。
だけど前述はどうしても考えづらい。
だってライラ夫人はそれこそ魅力的な女性だ。
手っ取り早い話私に似た男の人を探して落とせばいいだけの話だ。
女で公爵家の一人娘である私をあの手この手を使って手元に置こうとするよりもずっと、現実的で容易なはず。
そう考えるとどうしても理解できない。
「……これはまだ確証のない話だからあまり話すべきではないんだろうけど、考えられる一つの事を話すよ。ライラ夫人はおそらくアリスのお母様、フェリアナ様に歪んだ感情を持っていたからだと思うんだ。」
「…………え?」
全く思いもよらなかった人物の名前。
その名前が出てきたことに私だけじゃなくノウスも共に小さく驚きの声を漏らし、驚いたのだった。




