第66話
「……悪い、あいつがお前を「アリス」って呼んでるの聞いて、その……なんかたかが外れたっていうか……。」
私から静かに唇を離したヴァルドはひどく困惑したような表情を浮かべながら話し始める。
(というか……え?今の何?私は夢でも見ているの?)
突然重ねられた唇に現実味が帯びてこず、私は静かに自分の唇を指でなでた。
確かにほんの少し前、この唇にヴァルドの唇は――――――
「……あ、あの、ヴァルド……。い、今のって、その、兄妹としての愛情表現……だよね?」
日本はともかく海外ではキスは挨拶だというのは私の一般知識の中にある。
そのキスがどういうものでどこにするものかまではわからないけど、きっとこれはそうだ。
そう思いたくて問いかける私の手をヴァルドは震えながらも力強く握ってくる。
「……だったらよかったんだけどな……。」
苦笑いを浮かべながら悲痛そうな声で私の予想を否定してくるヴァルド。
何が一体どうなっているのだろう。
だって、だって――――――
『貴方はドレッドを好きになるんじゃないの?』
私の頭の中がその言葉でいっぱいになる。
そう、これは何かの間違いだ。
間違いに決まっている。
だって――――――
「お、おかしいよ、こんなの……。私たち、兄妹だよ?それも三つ子。……あぁ、そっか!三つ子だから私をまるで自分のように大事にしてくれてるってことだよね?そうだよね……?」
困惑する私の口からたくさんの言葉がこぼれ出てくる。
……だけど口が勝手に動く中頭が理解していた。
『これはヴァルドを傷つける言葉だ。』と。
(でも無理だよ……納得も理解もできないよ……。だって、だって……これじゃ私が生きたせいで本当にドレッドの恋を邪魔してるみたいだよ……。)
せっかく仲良くなったドレッド。
友人とまで言ってくれたドレッド。
……そんなドレッドに弄ばれて捨てられても文句が言えない状況になってしまったなんて……。
「……ごめん、ヴァルド。私部屋に戻るね。」
私がそう口にした瞬間、ヴァルドの私の手を握る力が緩んだのに気づく。
そして私はヴァルドの手から逃れ静かに部屋を後にした。
突然すぎる告白。
その言葉に理解が追い付かない私は兄弟との壁を失くそうと決意したばかりなのにヴァルドとの間にとても高く、頑丈な壁を作ってしまったのだった。
そして私は部屋に戻り、布団の中に潜り込むと静かに泣いた。
私のせいで変わってしまった二人の物語。
その責任の取り方なんてわからなくて一晩中泣き続けたのだった。
……そして翌日。
私はルイスの助言通り学校を休ませてもらうことになったことをいい事に朝食の時間になっても部屋の中にこもり、みんなが学校に行くのを確認してから起床の合図をした。
(もう……どうすればいいのかわからないよ……。)
避けるという選択をとったって限界がある。
本当に何をどうすれば正解なのかわからない。
そう頭を悩ませていたその時だった。
私の部屋の扉が勢いよく開いた。
「アリステラ、出かけるぞ!!!」
私の部屋の扉を勢いよく開く音が聞こえたすぐあと、沈んでいる私の耳にうるさいほどに明るい声が聞こえてきた。
その声の主はよく私を無理やり外に連れ出すノウスのものだった。
学校があるはずなのにいまだに屋敷にいる上、制服を着ていないノウスの姿のノウス。
そんなノウスの姿を見て口をポカーンと空けて固まっていると――――――
「んじゃ、あいつの準備よろしくな。」
ノウスは連れてきた侍女たちに私の準備を任せ、私の部屋の扉を閉めた。
「……は?」
部屋に侍女と残された私は嵐のように現れて去っていったノウスにただただ困惑する事しかできない。
というか本当に何、今の。
(出かけるって言った?私、一応身体が万全じゃないから休んでるのに?)
理解ができずポカーンと口を開いていると侍女たちが私の傍にやってきて私の身支度を整えだす。
(あとでこっそり魔法つかっちゃおう……。)
私の治癒能力は主には外傷を直す力で筋肉痛などの痛みにはあまり効き目はない。
とはいえノウスと出かけるということは足腰にきっと負担がかかるほど動き回ることが予想される。
本当にひどく活発的な人だから。
今は少しそっとしておいてほしい気もしなくもないけど正直、気を紛らわせたい気もしなくもない私はおとなしく侍女と共に準備を進めるのだった。




