第61話
「正確に言うと違うかもしれない。だけど近しい何らかの能力を持っていると僕は仮定したんだ。決定的な証拠がない上で空想の産物でしかない話をするのは好きじゃないけど、アリスはそうなのではないかと思えるような行動は何度かして見せたことがあったからね。」
ルイスの推理曰く、まずそもそもずっと疑問に思っていたのは私とルイスの出会いだった。
ルイスは大々的に自分を探偵として売っているわけではなく、知る人ぞ知る探偵。
そして基本的に契約者に捜査がしにくくなるのがいやで依頼者に依頼を受けてくれた探偵、つまりはルイスの容姿は他者に他言しないでほしいと言っている。
なのに私はルイスを探偵と知っていたうえ、ルイスが秘密裏に捜査していた事件の現場に現れた。
その際に「使える」ということをアピールするために少しだけ危ない目にあっているルイスを助けたりした。
それがあまりにも不自然だったのだという。
もしかすると自分に似た人種かもしれない。
そう思い最初は私に興味を持ってくれたらしいけどすぐに違うことが解ったという。
確かに私は勘はいい。
けれどどこか抜けていて、考えが足りない部分がある。
それがルイスの抱いた感想だったらしい。
少なくとも頭がひどくいいわけではなさそうなだし、慎重な性格ではない為間違いなく自分とは違うタイプの人間と気づくのにそう時間はかからなかったそうだ。
そしてそんなふうに注意深く私を観察していると時折未来を知っているかのように行動をしていることに気づいたらしい。
「別に未来を知る能力があるなら別にそれはそれでよかったし、無茶なことはしないんじゃないかって思える安心材料ぐらいのものだったんだよ。僕は推理が好きで捜査に行き詰まったからって未来を知りたいタイプじゃないから正直、アリスが未来を見れたとしてもその力が僕に「必要」とは思えなかったから。……だけどね、もし僕の仮定が正しいのであれば、その力のせいで大きな弊害が生まれているんだよ。」
弊害。
その言葉を受けて私が思いつくこと。
……なんて簡単に出てくるはずもなく一体何だろうと思い、ルイスとの話を思い返そうとしていた時だった。
私が思い返す間もなく、ルイスは答えを口にした。
「アリス、君にそのつもりは無いかもしれないけど君と君の五兄弟の間に大きな壁ができているんだよ。」
「…………え?」
すこし言いづらそうにルイスがずっと言いたかったであろう本題を口にする。
だけどそれが口にされたところで私はすぐにはその言葉の意味を理解できなかった。
だって私の兄たちは私をかわいがってくれている。
いつもよく話しかけてくれるし、大事にしてくれる。
そんな兄たちと私の間に「壁」なるものがあるなんて思いもしなかったからだ。
「アリス、僕が仮定したのは君は君以外のクラウドライン家の人間の未来を知っているという事。何故君を除外したかといえば君が君の未来を知っていたら今回の事件は起きていないからね。そして君以外の未来を知る君は自分以外の兄弟の無事を確信していた。だからここにきて一切の心配を見せなかった。この仮定から今回の事件を未然に防ぐ方法が一つあったにもかかわらず、その方法がとられなかった理由を導き出したんだ。それがアリス、君と君の兄弟の間に壁があるということだよ。」
自分の推理を口にするルイスの表情はひどく真剣でその上自信にあふれているかのように見える。
そんなルイスを見つめながら私は頭をひどく困惑させていた。
(私が未来を知っていると壁ができるってどういうこと……?一体、ルイスの目には何がどう映ってるの?)
ひどく頭を悩ませる私。
だけどそんな私にルイスは言葉を続けてこない。
恐らく自分でルイスが言いたいことを言いあてろという事なのだと思う。
(情報を整理しよう……。まず私が未来を知っていることで兄弟との壁がある。そのせいで事件は起きてしまった。そしてルイスは最初、私に「薄情」とも言葉を言い放った……―――――――――あっ。)
情報を整理していて私は一つ、ひらめいた。
兄弟たちは少なくとも私がみんなの未来を知っていることは知らない。
だけど私はいろいろ知っているからこそ皆に何かを問いかけたり、何か起きた時に過剰な心配をして見せなかった。
そんな私の態度は一見「薄情」にうつる。
兄弟たちの目から見て私が「薄情」に映っているかはともかくとして、おそらく私が自分たちに対して「興味」がないと感じているのだと思う。
でも兄たちはそんな私でもどういうわけか大事にしてくれている。
つまり好きだから嫌われたくない。
だけど私が兄たちに興味をもって接しないから私が何を考えているのか、兄たちをどう思っているのかわからず距離感を測りかねている。
……これがおそらくルイスの言う壁なのだと思う。
私があまり自分を語らないからもしかすると周りの意見などを参考に私と接していたりもするかもしれない。
そしてこの年頃の女の子は気難しい。
父や兄など身近な異性を煙たがるなんてことをどこからか聞いていたのかもしれない。
だからライラ夫人が危険なことを知っていても「駄目だ」なんて私の決断を否定するまねができなかったのだとも思える。
だとしたらみんなが明らかにライラ夫人が危ないとわかっていたのにその事実を口にできなかったことに納得ができる。
さらに何より私が兄たちに限らずこの世界の情報を俯瞰的に知っているが故にかそもそも「相談」なんてことをせずなんでも決めてしまう。
その行動は違う見方をすれば「干渉」を嫌うような行動にも見える。
「干渉」をしないでという態度は相手にとっては壁を感じるには十分なものだと思う。
そしてもし仮に私たちに壁がなく、気兼ねのないコミュニケーションがとれていたのならば―――――
「私と兄たちに壁さえなければ私は事前にライラ夫人が危ない人と知ることができて夜会に参加することはなかったかもしれない、ということ?」
導き出された一つの答え。
その答えを口にするとルイスは小さく笑って私の頭を「いい子、いい子。」と言いながら撫でた。
その行動はほかでもない、私の推理を肯定するものだった。




