第60話
陽もだいぶ傾き、そろそろ迎えが来るであろう時間。
私は特にまとめる荷物もないのでただただ静かに迎えを待っていた。
そんな私の元にルイスがやってきた。
「帰る前に少し話、いいかな?」
珍しく恐る恐る話しかけてくるルイス。
そんなルイスの様子に一体どんな話をするのだろうと思いながらも私は首を縦に振る。
するとルイスはベッドに腰かける私の傍に椅子を持ってきて私と対面する形で着席した。
(あれ?隣に座らないの……?)
何時もならわざわざ椅子を持ってきたりせず隣に座るのに……。
なんて思って首をかしげているとルイスが真剣な表情を向けてきたのだった。
「アリス、僕は不確かな情報で答えを導き出すのはあまり好きじゃないんだけど、今後の事を考えて一度、不確かな情報しかなくても君と話をしなければならないと思ったんだ。」
真剣な表情で真剣な声を放つルイス。
一体何の話なのかさっぱりと見当がつかない。
そして今話されるということはおそらく、ドレッドのいる空間では話せなかったこと……なのだと思う。
(ライラ夫人の事なら別にドレッドがいても大丈夫……だよね?)
一体どうしてドレッドのいる空間じゃ話すことができなかったのだろう。
そしてそれはいったい何なのだろうとルイスを見つめながら言葉を待った。
そしてルイスは静かに口を開いた。
「ねぇアリス、ここ二日君を見ているとあまりにもおかしなことに気づいてしまったんだ。……君はいくら何でも兄弟の心配をしなさすぎだった。一見、薄情とも取れるほど。」
「…………え?」
真剣な声でルイスから放たれる「薄情」という言葉。
どういう話題なのかを頭が理解する前に心が締め付けられた。
「薄情」という言葉を向けられていい気がする人間などいるはずない。
気にしない人はいるだろうけど、私は好きな人にその言葉を向けられて何ともないなんて思えない。
その言葉を向けられた意味が考えられないほどショックを受ける私にルイスは言葉をつづけた。
「いくら僕が助けて無事に帰したと言ったり、新聞で称賛の記事、また無事であろう記事が書かれていたにしても君は一緒に行った兄弟の心配をしなさ過ぎた。それが僕にはどうも引っ掛かって仕方なかったんだ。」
真剣な瞳と声音で思っていたことを語るルイス。
そんなルイスの言葉を聞いて私はハッとした。
確かにルイスの言う通りだ。
原作で似たイベントがあったことから「死亡」という未来がないという確信があった。
だからこそ二人は大丈夫なのだと特に心配することもなかった。
だけどそれは一般的に見たら確かに「薄情」とも取れるほど兄弟に関心がないといわれてもおかしくない行動だったと理解した。
そしてルイスもきっとそう思ったのだと思う。
だから残念ながらどういう理由があったとしても私は私に向けられた「薄情」という言葉に否定の言葉を返せないのも理解できた。
(幻滅……されたのかな……?)
なんて思いながら私は視線を下げた。
でも、だとしたらここ二日間ルイスはどうして特に私を軽蔑したり、距離を置くようなそぶりを見せなかったのだろう。
普通だったら幻滅した相手とは自然と距離ができてもおかしくない。
正直、付き合えないとは言われたけど嫌われた素振りはなかった。
一体、どうして?
そんなことを思っているとルイスが私に言葉をつづけた。
「顔をあげてアリス、僕は君と過ごした時間が長いと胸を張って言えるほど長い時を共にしたとは思っていないよ。でもね、それでも君とは濃密な時間を過ごしていると思ってる。だから君が「薄情」ではないことはちゃんと理解してるつもりだよ。」
真剣だけどどこか柔らかく優しいルイスの声。
そんな声を聴いて視線をあげると少し微笑んだルイスの表情が見えた。
そんなルイスの表情に気持ちが軽くなったその時だった。
「だから思ったんだ。君はもしかして君の兄弟が無事だということに「確信」を持っていたんじゃないかって。もしそうならどうして「確信」を持てたのか……。僕はその理由が知りたくて頭を働かせた。……そして、一つの結論が導き出されたんだ。」
優しくも真剣な声。
そんな声で話しかけてくるルイスを見て私はある事を忘れていたことに気が付いた。
仮にも助手なのに恥ずかしい話だ。
そう、それは―――――――
「アリス、君は「未来」を知っていた。……違う?」
ルイスがひどく勘が鋭く、探求心の強い「名探偵」だということを。




