第56話
「利用して悪かった。」
「…………はい?」
申し訳なさそうに粒やれたドレッドの言葉。
だけどその言葉を理解できない私は疑問の声をあげた。
一体私は何にどう利用されたというのだろうか。
なんて思っていた時だった。
―――――【そういえばその、ルイスはどうしてここに?】
【仕事だよ。どこかの誰かさんの策略で君のお兄さんから仕事を受けることになったんだ。】――――――
ふとルイスにどうしてあそこに居たのかを問いかけた際に返ってきた言葉を思い出した。
そしてその時聞いた「どこかの誰かさんの策略」というのは間違いなくドレッドの事なのだと思う。
「……えっと、とりあえず詳しく何をどう利用したか聞いていい?その、何が目的でどうしてルイスを巻き込んだ、とか……。」
ルイスは策略に嵌められたといっていたけど正直、私は利用されていた自覚すらさっぱりなかった。
何をどう利用されていたのかもわからず謝罪を受け取ることもできず、ドレッドに説明を求めるとドレッドは嫌がるそぶりも見せずに説明を始めてくれた。
「お前が夜会に参加するといってきた数日前位にある人間からライラ夫人についての調査を依頼されたんだが、はっきり言ってあの女の尻尾を掴むのは容易じゃない。ずるがしこくても頭がいいわけじゃない俺たち闇ギルドの領分をはるかに超えていたが依頼を途中で断るというのは俺たちのプライドが許さなかった。で、あんたの大好きな小さな探偵さんに協力してもらおうって思ったんだよ。」
落ち着いた口調で淡々と説明をし始めたドレッド。
ドレッド曰くドレッドは私がライラ夫人の夜会に参加すると教えた直後「やめておけ」と忠告しようとしてくれたらしい。
だけど一度その口から出かけた言葉を飲み込んだ。
その理由がシスコンのヴァンお兄様の不安をあおり、知り合いにすごい探偵がいると紹介すればルイスが仕事としてライラ夫人に関わることになり調査をしてくれるだろうとひらめいたかららしい。
更に結果的に助手の危険を知らせるというファインプレイをしたお礼として情報の共有を要求した結果、二人で私の救出にやってくることになったらしい。
(本当、原作からかけ離れてる……。)
闇ギルドの人間と探偵の共闘なんて全く原作にはなかった。
ことごとく私がかかわると原作から離れるなぁと思ってしまう。
「で、ドレッドが私に対して謝りたいのは目的のためにライラ夫人が危険なのを知っていたけど忠告をやめて私を危険にさらした事を謝りたいってこと……?」
謝られるようなことでもない気がするけど利用したという言い方をする以上そういう事なのだろうと思い問いかける。
するとドレッドは「まぁ……そうなるな。」と歯切れ悪く答えてきた。
「……ははっ、なんかちょっと意外。ドレッドって「利用される方が悪い」みたいな考え方の人かと思ってた。」
あまりにもしおらしいドレッドがおかしいのもあるし、更にそれが罪悪感からくる行動だというのがおかしくてたまらない。
いつも人に嫌われようが何とも思ってなさそうなドレッドが人と良好な関係を築くために必要な「謝罪」をするなんて夢にも思わなかった。
それも、こんなにも素直に。
「……まぁ、正直そういう人間だよ、俺は。でもなんか、お前には謝りたくなったんだよ。」
あまりにもおかしくてからかう私に少し照れくさそうに話してくるドレッド。
ますます意外過ぎて笑いも止まってしまう。
「それって、どうして……?」
あまりの驚きはきっと声にも乗っていたと思う。
驚きすぎてはいないと思うけど驚く私を軽くうなりながら何とも言えない表情で見つめてくるドレッド。
そして小さな声で言いづらそうに理由を話し始めた。
「……友達ならこういう時謝るものかと思ったんだよ。」
「…………え?」
……今、私はとんでもない聞き間違えをしたのだろうか。
(う、嘘。なんだかんだで信じられるのは自分だけ、みたいに思ってそうな一匹狼の口から「友達」って言葉が出た!?)
あまりにも似合わない台詞に驚きと感動を覚える。
そして同時に聞き間違えかなとも思わなくもない。
……こういう時はちゃんと聞き間違えていないかをはっきりさせなければ。
「ね、ねぇドレッド。ドレッドは、その……私を友達と思ってくれてるの?」
聞き間違いという可能性が捨てきれない私は恐る恐る問いかけた。
するとドレッドは私の頭を軽く手の甲で小突いてきた。
「何だよその言い方。お前はそう思ってないわけ?毎日のように一緒に居て遊んだりする相手は友達だってヴァルドが言ってたんだよ。だからおめでたいお前はきっと俺の事をそう思ってるんだろうなって思ったんだけど、何?不満なのかよ。」
私の言葉に不服そうに言葉を返してくるドレッド。
更にそんなドレッドの視線がとても痛く胸に突き刺さってくる。
なんかとても申し訳ない気持ちになってきてしまう……。
「あぁ~くそっ。友達は秘密を作るもんじゃないって聞いたから珍しい事して色々話してやったのに、友達と思ってないとか冗談だろ?」
少し不機嫌そうな口調で言葉をこぼし、私から視線を外すドレッド。
そしてそんなドレッドの言う「珍しい事」というのはおそらくゲームをしてても知らなかったドレッドの過去の話だと思う。
それを明かしてくれた理由がまさか私を友達だと思ってくれていたからだとは……。
まぁ、友達でも秘密は作ると思うけど。
(……あれ?ってことはもしかして、もしかすると――――――)
「ね、ねぇ、ルイスに色々聞いてくれたのってもしかして友達として私の恋の応援をしてくれてたってこと……?」
てっきり利用した謝罪代わりにみたいな事かと思ったけどもしかすると理由はちがう、もしくはそれだけじゃないかもしれない。
そう思った私はまたも恐る恐る尋ねてい見る。
「さぁね。」
残念ながら私が友達と思っていないということが解ったからか不機嫌そうにそっけなく言葉を返してくるドレッド。
いや、本当申し訳ない。
(だって数週間前までは私の事邪魔だと思って消そうとしてた人なんだよ、貴方……。)
流石にそんな相手と少し親しくなったからって「友達」と思えるほど馬鹿じゃない。
……馬鹿じゃないけど――――――
「まぁ何はともあれ、ライラ夫人の件は謝らなくていいよ。私を利用したことだって別に怒ってないし、そもそも利用されたと思ってないから。どうしても気になるっていうならヴァルドを使って「友達」であるドレッドを負傷させたお詫びにお仕事を手伝ったことにでもしておいて。」
そもそもドレッドはずるがしこいだけじゃなくて頭もいい。
ルイスの力が絶対的に必要な状況だったとはちょっと考えにくい。
だとしたらもしかするとドレッドはルイスに協力を求めなきゃいけない他の理由があったのかもしれないと思うわけだ。
例えば私がヴァルドを使ってドレッドの肋骨を折らせたせいで仕事に支障がでていた、とか。
もし本当にそうならむしろ進んで手伝うべきだったし、というか調査して来いと言われたならライラ夫人の危険性を知ってもなおちゃんと潜入はしたと思う。
それに本当、今回私はルイスとキス出来たりとか悪い事ばっかりじゃなかった。
ある意味ライラ夫人が危ないということを知らされなかったおかげで彼女に対し抱くことのなかった警戒心が結果的に引き寄せたラッキーなら本当に感謝こそすれというやつだ!
なんてドレッドの「友達」という言葉に浮かれながらいい気分になって考えていた時だった。
「……あのさ、ちなみに肋骨、本気で折れたと思ってるわけ?」
「……え?」
上機嫌な私に突然恐る恐る不穏な言葉を投げかけてくるドレッド。
私を慰めようと頭をなでていたドレッドの手もドレッドの問いかけきっかけに止まった。
そして――――――
「お前って本っっっ当察しがいいのか悪いのか……普通に考えて肋骨おれてたらもう少し大人しくしてると思うんだけど。」
ひどく呆れた声で盛大にため息を吐きながら「肋骨は実は折れてない」、そんなニュアンスの言葉を吐き出してくるドレッド。
いや、ニュアンスというか間違いない。
「ま、まさかドレッド……わ、私を騙して……?」
「騙される方が悪いんだよ、バーカ。」
恐る恐る問いかけると悪びれもせず舌を出して馬鹿にしてくるドレッド。
そんなドレッドに腹が立ち私は再びドレッドの肩をたたき始めた。
さっきよりも力を込め、速度も先程よりも早く。
人の事を狸だというけど間違いなく一番の狸はこの男に違いない。
もしかすると肋骨が折れたというのはドレッドにとってはちょっとからかってやろう位の嘘だったかもしれない。
だけど世の中には言っていい嘘と悪い嘘がある。
(肋骨の件は本当に悪いと思っていたのに!!)
ドレッドにとってはご褒美かもとは思いつつ、少しは本気で悪いと思っていた私の気持ちを返してほしい。
なんて勝手な事を思いながら私は再びドレッドの肩を何度も何度もたたき続けるのだった。




