第50話
「そういえば見てみて、これ。さっき食材の買い出しに行ったときに買ってきたんだよね、新聞。」
私にとんでもないショックを与えてきたドレッドが胡散臭い笑顔を浮かべながら手にしていた新聞をもって私とルイスに歩み寄る。
ルイスに新聞を渡すと近くの椅子に腰を掛け、ニヤニヤした表情でこちらを見てくる。
なんかそんな表情に嫌な予感がする。
そんなことを思っている私の隣でルイスはゆっくりと新聞を読み上げだしたのだった。
「えっと……【王国の最強剣士ヴァルド殿お手柄。潜入捜査で魔道人形だらけの怪しげな夜会で違法薬物の押収に成功。王室警備隊が到着した時には愛らしい令嬢に扮した姿で勇ましく大剣を振るまわしていた。王室警備隊が到着した夜会の会場では押収した違法薬物の一部が充満しており、令嬢に扮したヴァルド殿に恋情を抱く者が多数。
夜会の主催者は闇にまぎれて逃亡。王室警備隊到着時にいた一番の罪人は勇ましくも愛らしい姿で王室警備隊の隊員たちの心を奪ってしまったヴァルド殿であると言えるだろう。】……って、なにこれ?」
途中から明らかに変な顔をして読んでいたルイス。
読み終わってようやく感想を告げる。
事件を伝える記事というより何かのゴシップ記事みたいな記事に昨日のライラ夫人の夜会がどれだけやばいものだったのかがまるで伝わらない。
それどころか―――――
「ライラ夫人の名前がない……。」
主催者の名前を隠す義務は記者にはない。
普通に考えて貴族のゴシップは一般市民にとってはとても面白いネタだ。
名前を明かす方が売れるのにそうはしないのがおかしい。
「どういうわけかほとんどヴァルドの事に関する記事でしかも面白おかしく書いてしっかりと興味をそそらせるような記事になっている。これを見たヴァルドが怒り狂いそうなのを想像すると楽しいけど…………重要なのはそこじゃない。」
ニヤニヤ笑みを浮かべてたドレッドの表情が突然真剣なものへと変わる。
ヴァルドが面白おかしく書かれてるネタを気に入りはしたものの、だからと言ってこの記事を称賛はできない。
そう言っているような表情だ。
「……ライラ夫人の人脈は想像以上みたいだね。きっと参加していたクラウドライン家を含めた家紋みんなが記者に「主催はライラ夫人」と垂れ込んでも恐らく無駄だろうね。魔道人形で既に惑わされている可能性がとても高そう。」
内容があまり伝わらない記事にあきれを見せたルイス。
そしてルイスはすぐにその記事が何故内容のないものになってしまっているのかを推測した。
私もルイスの推測は正しいように思える。
けれど正直、そうであってほしくはないと思いながらルイスの話を聞いていた。
もしそうならこの街の人々は多くの人がライラ夫人に惑わされているということになる。
多くの人が偽物の感情で行動を操られているという想像はできればしたくないものだから。
「ま、俺もルイスさんと同じ意見かな。でももしそうだとしたら非常に笑えないんだよな。あの女のやり口は闇ギルド所属の人間ですら手ごまに変えれるやり方だ。正直ラーヴェンよりも厄介な女だよ。」
本気で笑えない話。
それがとても伝わりやすいドレッドの声のトーンにこれはひどく重大な問題なのだということが理解できる。
ゲームシナリオにはなかった展開、もしこれが私が生存したことで起きてしまった事態なのであれば少し責任を感じざるを得ない。
私が生き残っただけでこんなにも多くの人に迷惑をかける事になっただなんて……。
「まぁ、近いうちに完全にたたくしかないね。正直彼女は悪い噂こそ絶えないけどどれも言うほど大きな問題になりえない事だったし、調査するつもりはなかったけど……」
真剣な表情で真剣な声で言葉を紡ぐルイスは新聞をたたみ、近くでぐったり寝転がっている私に視線を向けてきた。
いつものようににっこり微笑まれるのかな?
なんてちょっと思いながらルイスの天使の笑顔を待っていたその時だった。
「僕のものに手を出そうなんていい度胸してるよね、あの年増。」
背筋が凍るような冷たい声がとても真剣な表情をしたルイスから紡がれる。
一瞬怖いと感じ背筋が凍りそうになるけどひどく真剣なその瞳の奥になんだかうぬぼれかもしれないけれど私への愛を感じる気がして私は少し、嬉しくなったのだった。




