外伝 ヴァン・クラウドラインと弟妹4
アリステラに誘われ、「かるた」なるものをすることになった私はルールは理解できたものの、
「かるた」なる遊びがそもそも遊びとして足りえるものなのか不安を覚えながらもゲームに勤しんだ。
しかしながらいざ「かるた」なるものをプレイしてみると私は思いのほか熱中してしまっていた。
「おい、ノウス!!それは私の方が早く取れていただろう!!」
「いやいや、何言ってんだよ兄貴。俺がつかんでるのが何よりの証拠だろぉ?」
明らかに私の方が早く触れたはずのカードを持ち、ニヤニヤと笑みを浮かべているノウスに私は腹が立ち珍しく声を荒げていた。
しかもノウスの顔からして間違いなく純粋に先にカードに触れていたのが自分だと解る分ひどく腹立たしい。
「あぁもう、二人ともケンカしないで!!というか、ノウスもノウスだよ!さっきからヴァンお兄様が手を置いてるだけなのを見てカードを引き取ったでしょ!」
「ちぇっ、ばれてたか。でもこのゲームは先にカードをとるってゲームだろ?「とる」って意味じゃ俺は間違ってないんじゃねぇの?」
いい合っている私とノウスを見て読み手兼審判のアリステラも擁護に入ってくれる。
が、ノウスはあくまでルール違反というものはしていないと主張する。
それを言われて私は確かにルール違反ではないと思ってしまったがため返答できなくなってしまう。
が、それは思いのほか私だけでなくアリステラもそうだったようで、アリステラも言いくるめられてひどく悔しそうな顔をしている。
そんなアリステラの顔を見た瞬間だった。
(……こんな顔もするのか、この子も……。)
彼女の悔しがる顔がノウスを窓越しで見つめている私の顔にひどく似ていることに気づいた。
それに気づいたらどうだろう。
不思議とアリステラへの苦手意識が薄れていった。
似ている。
ただそれだけの事なのだ。
だけどそれに気づいた私はアリステラを「他人」と思えなくなってきた。
時には私と同じ考えを持ち、同じ感情を持つクラウドライン家の大事な家族なのだとひどく理解できた。
そう思え始めた私の胸には驚くほどにアリステラへの情が沸き上がってくるのだった。
「……ノウスの言う通りですね。これはルール違反ではありません。が、だからとはいえ、なんというか……なまじ頭がいいというのは困りものですね。悪知恵を働かせ、幼い妹にこのような表情をさせるとは。」
「…………へ?」
大きなため息をつき、わざとひどく呆れたような口調で私はノウスをさりげなく非難してみる。
こんなことを普段口にしたことはないが、妹を守るという意味で大義名分ができた気がして私は今までたまり溜まった感情を嫌味という形でノウスにぶつけ始めた。
するとノウスは私からそんな言葉が出てくるとは思っていなかったのか、ひどく目を丸くさせながら間抜けな声をあげて私を見つめてきていた。
「アリステラ、貴方もとても頭がいい子ではありますが、あのような卑怯な人間になってはいけませんよ。」
「うん、絶対ならない!!!」
味方ができた。
それがどれだけ心強い事なのかはきっとずっと孤独を感じていた私以外の人間にはそうやすやすと理解できないと思う。
今の私はアリステラがいれば何でもできるようなくらい気が大きくなり、普段言えなかった嫌味もすらすらと口にできた上、私の言葉を聞いて素直に頷くアリステラがひどくかわいく思えて仕方なかった。
「ちょ、ちょっと待てって!お、俺、そんな卑怯なことしてないだろ!?な!?そうだよな、ブラン、ヴァルド!?」
「「アリステラ悲しませたら許さない。」」
今まで見たことないほどおどおどしながら味方を増やそうとブランとヴァルドに問いかけるも、三つ子というのは謎の結束力でもあるのか、善悪の区別などどうでもよく、アリステラの敵は敵と言わんばかりの返答をするブランとヴァルドにノウスは「そんなぁ……。」と項垂れながら情けない声をあげた。
そんな声を聴いてしまった私はついついこらえきれなくなった笑いをこぼしてしまう。
そんな私の笑い声を聞くや否や、すぐ傍に居たアリステラも同調するように似たような笑いをこぼし始めた。
「ちょ、二人ともんな笑うなよぉ……。」
何でもできて人気者のノウス。
そんなノウスを初めて負かしたという晴れ晴れしい気持ち、そしてずっと貯めていた言葉を言い放てた解放感に私は心の底から笑った。
そしてそんな私たちの笑いに他の弟たちもなんだか楽しくなったのだろう。
私やアリステラに同調するように他の弟たちも笑い始めた。
一つに重なる笑い声。
その声を聴いた瞬間、不思議と私は言葉にしがたい一体感を感じた。
そして私たち家族は確かに違う思考、違う才能、違う身体を持つ別の人間だ。
だけど笑い声を一つに重ねたその瞬間は全員がまるで一つであるかのように感じたのだ。
その心地よさと言ったら、どの様な言葉を連ねても現しきれない気がする。
そんな心地よさを知ってしまった私はひどく思うのだった。
私にはノウスのような人徳も容量の良さも、知識もない。ブランのように素晴らしい集中力も、知識欲もない。ヴァルドのように高い身体能力もない。アリステラのように周りの人をいい意味で巻き込み、温かな感情を分け与えることもできない。
だが、それでも私にだって他の弟妹にはまねできないことがある。
それは私が自分が他人から称賛される人間ではないという事を理解しているという事だ。
決していい意味ではないが、だが私は初めて自分のコンプレックスが悪いものではないように思えた。
人に愛されるべき弟妹たちが人に愛され続け、今この瞬間のように笑い続けられるなら何でもできそうな気がしてきていたのだ。
ひどく孤独で寂しかった私の胸を満たす温かな弟、妹たちの笑い声はこの先、家族の為であればどのような事でもできるという覚悟を私に与えるには十分すぎるものだった。
それほどに私はきっと、心の底ではずっと、温かい何かを求めて仕方がなかったのかもしれない――――――。
 




