外伝 クラウスと兄の物語5
兄上が夜な夜な外に出ていくのを目撃し始め、どれくらいたったころだっただろうか。
長かったか短かったか、その間の期間はただただ日常が窮屈で、すこし記憶が曖昧だ。
だけど窮屈で退屈な日常は突如として終わりを迎えた。
「父上、ラウ、僕は王宮を出ようと思うんだぁ。」
いつもと変わらない笑顔の兄上。
そんな笑顔で発せられたのはとんでもない言葉だった。
「あ、兄上……?一体、何故、そんな……。」
突然すぎる兄上の決定に私も父上も驚いた。
兄上が王位に興味がないことは知っていた。
だからと言って突然王宮を出ようと言い出すとは夢にも思わなかったのだ。
そんな突然の事態に驚き、声を失う私たちに兄上は変わらず微笑みながら話しかけてきた。
「僕ね、一生成長できない身体になっちゃったんだ。」
「…………え?」
笑顔で言われるとんでもない発言。
その言葉を理解することはたとえ優秀とほめたたえられる私でも容易な事ではなかった。
「それにね、すでに僕は父上やラウが昼間まで見ていた僕の見た目よりも若くなっちゃったんだよ。これはとある魔法による効果で、本人しかこの魔法は解けないみたいなんだ……。」
笑みを浮かべながらもどこか悲し気に語る兄上。
その兄上を見てこれはすべて事実で、兄上が王位から逃れるために嘘をついていることではないとなんとなく思えた。
けれど――――――
「……何故ですか。何故王宮を出る必要があるんですか!兄上がどのような魔法をかけられようと兄上が家族で、ともにこの国を良くしていく王族である事実は変わらないではないですか!!!」
10歳の子供の私は真夜中だというのに大きな声で叫んだ。
父上の遮音魔法がなければ私の叫び声は部屋の外に漏れ、きっと誰もが何事かとかけてくるだろう叫び声だった。
(嫌だ……嫌だ……!!兄上が、兄上だけが僕に安らぎをくれえる。兄上さえいればいいのに、他の無能な貴族たちなんて一人だって要らないのにっ……何故、何故兄上が―――――)
兄上は私にとって光だった。
目標であり、母親が私を産んですぐに亡くなったというのもあるのだろうが、優しく慈愛に満ちた兄上は時に母のようでもあった。
兄上さえいれば他には何も望まない。
仮に兄上が王位を継がなくとも傍に居てくれるのであれば私は王位を継ぐ事もやぶさかではないと思えたし、兄上が傍に居てくれるならどんなことも今以上に頑張れると思った。
けれど―――――――
「ラウ、王族だからこそ、君たちを大切に思う家族だからこそ王宮を出るんだよ。」
兄は穏やかに笑いながら私の願いをすべて打ち砕いた。
「この魔法を受けた経緯はとある人を傷つけてしまったからなんだ。深く傷つけてしまった代償としてこの身の成長を願う僕から成長を奪ったんだ。きっと彼は僕にかけたこの呪いじみた魔法は解いてくれない。数年はいいかもしれないけど、十数年後もこの見た目なんて気味が悪いでしょ?」
兄上は笑いながら語る。
永遠に子供の姿でいる事になったのはとある人を傷つけた罰。
そしてその罰を受けたことで皮肉にもずっと迷っていた【別の生き方】を見つけた、と。
「父上、どうか僕に家宝を使わせてほしいんだ。あの記憶操作の魔道具で僕が王族である事実を消して、僕はただのルイスとして街で生きていこうと思うんだ。とはいえ、街でただただ平凡に暮らしたいってわけじゃない。みんなが忘れても僕が王族として生まれたというのは変わらない事実。
だから、王室では手の回らない事件の解決、また、王室では手の届かない一般市民たちを助ける【探偵】になろうと思うんだ。」
兄上は力強い声でこれからの生き方を語る。
そして王都がゆえに様々な人間がいるこの街で王室が手の回らない事件があるのも確かだった事で父上はまるで息子の聡明な提案を後押しするようにこの場にいる父上と私以外の者が兄上が王族であった事実を忘れる様に魔道具を使った。
兄上と父上の話がまとまっていく中、私はただただ呆然と立ち尽くした。
(兄上が兄上じゃなくなって、僕に兄がいないことになる……?なんで……なんでだよ……。理解できないっ……!!)
話をつづける兄上たちを邪魔することはできず、こぶしを力強く握って私はただただ兄上たちを見守るような発言すらできない弱虫だ。
(家族なのに……どうして兄上は僕の元から去っていってしまうの?家族って絆で結ばれてるものじゃないの?兄上は僕よりも、市民をとるの……?なんで?どうして?どうして!?)
裏切られた。
そんな感情が胸の中から一気に湧き上がってくる。
だけどその中に兄上を憎む気持ちはない。
私に引き留める力も、権力もないから兄上は私の元から去っていくのだと私は静かに悟った。
(……目に見えない上辺だけのつながりなんて、嫌いだ。)
そんなことを思い出すと今まで胸の奥でふつふつと湧き上がってきていた感情がまるでぷつりと糸が切れたかのように一瞬で消えた。
そして私は思ったのだ。
(大事なものは目に見えない絆なんかじゃつなぎ留められないんだ。権力、切りたいと願っても切れない理由、それらをもってちゃんとつなぎとめておかないと……。それによくよく考えたら兄上は王宮を去るけど、僕たちと縁を切るってわけじゃないじゃないか……。)
王室が手の回らない事件を解決するなら王室との連携が必要だし、私が今の兄上のようにうまくやればこっそりと外に出て兄上に会いに行くことだって可能なはずだ。
(そうだよ。僕と兄上は家族だからこそ兄上が家族である事実を忘れないし、これからだって一生家族のきずなでつながってる。そう、誰が覚えてなくても僕たちだけは覚えているのだから!!)
【家族】
その関係に特別感を覚え始めたのは兄上が王宮を出るといったあの時だったと深く記憶している。
そして「傍に居る」だのなんだのの口約束は決してあてにしてはならず、大切なものには【忠誠】よりも【離れられない理由】を与えなければいけないと知った。
(兄上、やはりあなたは偉大です。いつも僕―――――いえ、いずれこの国の王になるべく私に沢山の事を気付かさせてくれる。)
愛する者との向き合い方。
それを知った私は貴族たちの弱みを秘密裏に握り、私を裏切ることができないようにしていった。
そして唯一できた友を永遠に私の傍に置くため、私がとある少女を手に入れようとするのはこの時よりまだ先の話だった―――――――
―――――――――――――外伝 クラウスと兄の物語 完




