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葬儀屋はハレの日を知らない  作者: 宵宮祀花
壱幕◆エインセル
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■シーンⅡ 錠識-Joushiki-

 電脳症変異種管理局NOISE対策本部。通称SIREN。

 突如世界中で発生したNOISE事件に対応するべく発足した、変異種による独立組織である。政府や警察とも連携し、理性を失った変異種――NOISEが引き起こす事件に対処する。

 NOISEはその名の通り、ホワイトノイズに似た独特の雑音を放っている。しかしその異音を感知することが出来るのは、同じ電脳変異ウィルス《銀の靴》に感染した変異種のみ。

 更にNOISEは、変異種が通常理性と自我で使用を抑えることが出来る異能を、抑えようともしない。抑も、理性が残っていないため、説得による解決も望めない。

 彼らは狂気という名の本能に従い、異能でもって日常と秩序を破壊する。本来なら良心や恐怖がブレーキを踏むところを、アクセル全開で突き抜けていく。痛覚も、死という概念も、なくなったわけではない。ただそれ以上に、狂気に突き動かされるのがNOISEという存在である。


「――――はぁ? 座学を受けてない? なに言ってんだ、あんた」


 呆れと僅かな驚愕を声に乗せて椿が問うと、凌は「だァからァ」と先の言葉を繰り返した。

 場所は葬儀屋本部の奥にある、椿の私室。女子中学生の部屋に男が平然と乗り込んでいることに異を唱えるようなまともな人間はおらず、当たり前のように駄弁っている。

 椿はベッドに腰掛け、凌は床に敷かれた椿の形をしたラグの上で胡座を掻いて。それぞれ任務に関する資料を眺めたり投げ出したりして自由に過ごしていたところへの、凌の一言。


『資料なんか渡されても、座学受けてねェんだから読めねーっての』


 それを受けての、先の椿の言葉だった。

 凌は頬を膨らませて、不服げに呟く。


「しょーがねーだろォ。文字が読めねェんだから」

「現代日本で国民の識字率を下げる人間がいたとか、冗談だろ」


 まだこれが、学校に通うはずの年代を戦争に潰された老人ならわかる。それでも自分の名前すら書けないレベルの者はそういないはずで、だというのにこの男は、今日までろくに文字も習わずに生きて来たのだという。


「エンジェルケージ……児童館はなにやってたんだ」

「児童館にいられるのは十二までだろ? 俺が此処に来たのは、十三くらいんときだぜ」

「じゃあ、それまではどうやって生きて来たんだよ」

「気付いたら山に捨てられてたから、其処でクマとかイノシシ焼いて食ってたな」


 椿は頭を抱えた。現代日本で、まだそんな野生児が存在していたとは。


「はぁ……あんたの経緯情報、見ても構わないよな」

「許可取る気ねェだろテメェ」


 だめだとは言われなかったので、一般所員でも閲覧できる個人情報を検索する。

 凌は現在十九歳。物心ついた辺りで電脳ウィルスが発症。まるでヘンゼルとグレーテルのような言い訳を添えて山奥に捨てられ、それから山で野生動物として生きて来た。発覚したのは猪や熊を捕える檻に入っていたため。驚いた猟友会が警察に通報。聴取をした警察からSIRENに連絡が行き、神城の庇護を受けることとなった。

 DNAを辿って両親を見つけ出すことは出来たが、どうやら彼らは凌を捨てた数日後にヤクザの熱烈な取り立てに遭い、缶詰工場のコンベアに乗ってしまったようだ。


「名前くらいは書けるようになれ。IDを持ってんなら、手本はあるだろ」

「あるけど、これのどれが名前なんだよ?」

「其処からかよ……」


 呆れて溜息を吐くが、全てが未知の言語で書かれた文章の中から特定の単語を拾えと言われたら確かに自分でも「どれだよ」となるな、と考えを改めた。

 椿は、凌の隣に腰掛けると自分の荷物からノートとペンを取り出し、テーブルに広げて置いた。何の変哲も無いノートにさえ、凌は興味深そうに見入っている。


「仕方ねえな、臨時授業だ。ペンはこう持て。握りつぶすなよ。折ったらお前も折るぞ」

「お、おう……」


 持ち方は多少ぎこちないが、握り砕かなかっただけ良しとした。次に凌の上着からIDケースを取り外してノートの傍に置き、一番大きな漢字三文字を指した。


「これがあんたの名前。鹿屋凌。読み方は左から、ろく、や、りょう」

「へえ。初めて知った。同じ一文字でも読み方の数は違ェんだなァ」


 幼子のように目を輝かせる凌を視界の端において、椿の授業は続く。


「あんた、未成年職員をエンジェル部隊と呼ぶことは知ってるか?」

「なんか聞いたことはあるな。意味は知らねえけど」


 意味については、いまは保留とだけ伝えて、ペンの先でエンジェルという文字を叩く。


「あんたもあたしも、公式にはまだエンジェル階級だ。だからIDも赤だろ」

「俺の服の色だな」


 IDカードを見せながら言うと、凌は素直に頷いた。彼は座学が嫌いなわけではなく、十九歳でありながら児童館以下の知識しかない彼のレベルに合わせた授業が行われなかっただけなのだと、教えていて感じた。


「成人して正式な職員になると、大天使階級になる。誠一朗のIDが青なのはそれでだな」

「この大ってのはどういう意味の文字なんだ?」

「大きいってことだ。天使が大人になって大きくなったから、大天使。いっとくが、これは単なる体のでかさじゃねえぞ。年齢的な意味だ」


 椿はノートの一頁を丸ごと使ってピラミッドを書くと、一番下にエンジェルと書いた。その次にアークエンジェル、プリンシパリティと続けて書いていく。


「権天使階級は、所謂リーダーだな。大天使や天使を纏めて指示を出す、少し偉いヤツだ。地方の支部長とかがこれだ。たぶんいまのところあたしらに関係あんのはこの辺だと思うんだが……」


 そうだな、と呟いて、椿はピラミッドの頂点に主天使、ドミニオンと書いた。


「本部長の神城は此処だ。日本対策本部のトップ。面倒でも逆らわないほうがいい。SIRENを追い出されたいなら別だけどな」


「アイツ、そんな偉かったのかよ」


 知らずに指示を受けていたのかという本音は寸前で飲み込み、椿はノートの頁を破り取って凌に差し出した。


「覚えるまであんたの部屋にでも貼っておけ」

「おう」


 次いで椿は、ノートの新しい頁に変異種のカテゴリ、通称CODEを並べていった。

 炎や氷などの熱を操る、エインセル。物質の組成を破壊、或いは変換して新たな物を生み出す、錬金術師とも言われる、フラメル。コンピューターにも劣らぬ高度な演算能力を発揮する超常的な頭脳を持つ、ミーミル。他にもあるが、一度に詰め込んでも覚えきれないだろうと身近な能力だけ書き連ねてから、最初にエインセルを指した。


「これがあたしとあんたのCODEだ。エインセルは熱を操るんだが、だいたいはあんたみたいに高温方面の異能になる」

「氷女はレアなのか?」

「……まあ、そうだな。あたしほど低温に特化したのは、そんなにいないんじゃないか」


 椿の答えに、何故か凌の目が輝いた。尊敬、羨望、期待、様々な感情が映し出されている。また面倒なことを言われる前にと、フラメルを指して続ける。


「誠一朗はフラメルだ。あいつは色々ぶっ飛んでるからな……創造と破壊、攻撃と防御、どっちもそれなり以上にこなしてくれる。涼しい顔してとんでもねえヤツだ」

「へえ、普通はどっちかなのか?」

「ああ。全然出来なくはないが、わりと極端に得手不得手があると聞いた」


 椿は最後にミーミルを指し、手にしていたペンをくるりと回した。


「ミーミルは一番わかりにくい異能だな。なにせ見た目には全くわからん。もの凄く頭がいいって言われてるが、頭いいなんてもんじゃねえ。機械以上に素早く複数の演算を脳内で、しかも一瞬でこなす連中だ。確か余所の部署だと《戦神――アナトー》辺りがそうだったはずだ」


 そう言いながら、ミーミルの傍らに里見雄一、エミリー・グレイの名を並べ、読み上げる。


「うちのミーミルはこの二人。エミリーは後発でアステリアのCODEも発現したらしい」

「アステリアってのは何なんだよ」

「光と闇を操る異能だ。レーザーやらなんやらで攻撃したり影を操る以外に、視覚に関する能力も持ってたりするな。エミリーは視覚能力者のほうだ」


 エミリーは生まれつきの盲目で、それを理由に両親から見捨てられたが、里見医師の執刀を受け《銀の靴》に多重感染した。元々あったミーミルに加えて、光を感覚的に捕えて操るアステリアの異能を併発した、レアケースだ。


「里見医師とエミリーの件で、CODEの常識が若干覆ったんだが……」


 其処まで説明したところで、凌の表情が徐々に渋くなってきた。さすがに色々と詰め込みすぎたらしい。難しい顔で唸る凌に、椿は「この辺にしとくか」と言ってペンを置いた。


「あとは適当に、文字を書く練習でもしておけ」

「その前に、ちょっと休ませろ……」


 ぐったりとラグに寝そべった凌を見下ろし、椿も自分のベッドに座り直した。

 数時間後、またも当たり前のようにノックもなく扉を開けて入ってきた誠一朗が、凌と椿の個人授業に加わったことにより、凌は自分と椿と誠一朗の名前だけは書けるようになるのだった。

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