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葬儀屋はハレの日を知らない  作者: 宵宮祀花
終幕◆葬儀屋はハレの日を知らない

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■シーンⅡ 道褻-Douke-

 外はうだるような暑さで、遠くには陽炎も見える。熱気で頬を紅くしながら中に駆け込んでくる非変異種職員を横目で見ながら、椿は涼しい顔で葬儀屋を目指した。こういうとき、エインセルは便利だ。自身を取り巻く空気の熱さえ操れば、暑さも寒さも無関係なのだから。

 本部ビルから少し離れて裏手へと回ろうとしたところで、背後から駆け寄ってくる複数の足音があることに気付いた。振り向くと其処には、見覚えのある訓練生たちの姿があり、だいぶ遠くから駆けてきたのか顔が赤く、息も上がっているようだった。

 無視していくことも出来たのに、何故か足を止めてしまった。神城の面倒な忠告が意識の片隅に残っていたせいだと心の中で言い訳をして、随分と成長期に恵まれた、同世代らしき少年たちの、遙か高い位置にある顔を見上げる。見たところ、身長だけなら凌と殆ど同じだが、面差しにはまだ幼さが残っている。


「すっ……すみません……! 少し、お時間もらえませんか?」

「なんだ」

「えっと……あの、俺たち、ずっとお礼言いたくて」


 曲がりなりにも変異種である彼らは、足を止めるとすぐに息を整えて、早速要件を切り出した。愛想もなにもない椿の態度にもめげず、背筋を伸ばして、真っ直ぐに椿を見つめながら。


「それで、ずっと探してたんですけど、名前も知らないし、訓練生だと本部のデータは全然見れるとこ少なくて……かといって、俺たちには頼めるようなコネもないし……」

「こないだやっと、オレら訓練生を卒業して地方支部に配属されるようになったんです。それで、そこの支部長さんに先輩のこと聞いたんです」

「もの凄い炎にも負けないきれいな氷の城を見たって言ったら、先輩のことだってすぐにわかったみたいでした」


 三人で代わる代わる事情を話したかと思うと、一斉に九十度に至るお辞儀をした。


「助けてくれてありがとうございました!!」


 あまりにも真っ直ぐで眩しい言葉だった。

 訓練生と雖も、彼らは年齢的にも椿と同じ第二世代うまれつきであるはず。厳しい能力制御授業が義務づけられている児童館で育った者もいるだろうに、それでも擦れず歪まず育ったことが信じられなかった。

 眉を寄せ、随分低い位置にある三人の少年たちの頭を見下ろす。


「大したことじゃねえよ」


 ぶっきらぼうにそう言うと、椿は踵を返して歩き出した。神城のそれとはまた違った真っ直ぐな力強さを持った眩しい視線に、居たたまれなくなった。

 その背中に、元気な声がぶつけられる。


「俺たち、先輩みたいに強くなります!!」

「見ててください! 絶対、絶対がんばりますから!」

「港市支部に寄ったら、会いに来てくださいね!」


 それには答えず、炎天から逃れるように立ち去った。

 晴れ空の下に、葬儀屋は似合わない。偽りの教会に辿り着くと、そっと息を吐いた。


「はぁ……どいつもこいつも……」


 凌だけで十分煩わしいのに、何故かあのとき凌から助けた訓練生の一部にまで懐かれたらしい。こっそり逃げ隠れて面倒な調書や事後処理からは逃れられたが、それだけだった。

 身廊の一つに腰掛けて、そのまま体を横に倒して仰向けに寝転がる。高い天井には外の教会でも見るような宗教画に見せかけた、大型異形の絵が掲げられている。

 世界に終焉を齎すと言われる凶鳥の絵を見るともなく眺めていると、視界に葬儀屋で一番面倒な人間の顔が飛び込んできて、思わずあからさまに顔を顰めた。


「……なんだよ」


 見上げる先には、愉快そうな凌の顔がある。


「お前、目上にはクソほど嫌われるけど、下には懐かれるタイプだよなァ」


 どうやら、先のやりとりを見られていたらしい。面倒に面倒が重なって、椿は溜息を追加した。


「うるせえよ」


 煩わしそうな返答も意に介さず、凌は愉快そうに笑う。なにが言いたいのかわからず、椿は目を眇めて凌を睨んだ。


「本来なら普通の支部にも所属出来んだろォに、お前なんでこんなとこいんだよ?」

「知るかよ。神城に聞け」

「……お前、俺の保険に置いとかれてんじゃねェか? 監視役っつーかよォ」


 上手く言葉にならない様子で、凌は時折唸りながら何とか伝えようとする。

 以前も思ったことだが、彼は文字が読めない以前に、基本的ななにもかもが足りていない。椿は神城の取り計らいのお陰で学校にも通えているが、変異種で外社会の学校に通っている者はあまり多くない。編入するときは任務で潜入するときとも言われるくらい、変異種は日常とは無縁の存在なのだ。

 凌もまた、エンジェル部隊としての戦闘教育ばかりを叩き込まれたのか、それとも単純に地頭の使い方が悪いだけなのか。とにかく足りていない。


「……まあ、いざってときにあんたをぶっ飛ばして止められんのはあたしだけだろうな。誠一朗の防衛能力はあたし以上だけど、殴りには向いてねえし」

「やっぱり、だよなァ!」


 なぜか表情を輝かせて、うれしそうに言いながら凌は体を起こした。

 怪訝に思いながら椿も上体を起こし、褒美をもらえた子供のような表情の凌を見る。


「俺が運用される限り、お前は俺から離れられねェんだなァ。んでェ、俺のサイゴには必ずお前がいるってわけだ」

「なんでうれしそうなんだ」

「お前は、俺の炎なんかにゃ殺られねェ。つまり、お前を殺れるヤツはいねェってことだろォ?」

「はぁ?」


 凌の謎の理論に、思わず本気で「馬鹿なのか」と隠しもせずに声に出してしまった。だが、凌は気付いていないのか理解していないのか、にやりと笑みを浮かべて深く前屈みになると、椿の顔を覗き込んだ。


「長生きのお前が退屈しねェようなサイゴを見せてやるからよォ、楽しみにしてろよな」


 そこで漸く、凌の言いたいことを理解した。

 魂に刻まれた記憶。不変の想い。色褪せることも、書き換わることもない強固な記録。日々移り変わる日常的な縁とは別の、特別な、《永遠の楔――ロストメモリア》になろうというのだ。

 凌がいつ椿の情報を知ったのかは謎だが、あれだけ再戦を望んでいたなら、何処かで神城辺りに聞くこともあるだろう。椿が永遠に老いることのない変異種――天使症の発症者であることなど、特にSIREN内で秘匿はしていないのだから。

 椿は呆れたように笑い、間近に迫っている凌の鷲掴みするように、乱暴に撫でた。


「百年早えよ、バーカ」


 そういって立ち上がり、教会の奥へ歩き出す。


「…………あーっ! テメェ、いまバカっつったろォ!!」


 暫くぽかんとしていたかと思うと、漸くなにを言われたのか理解した凌が、思い切り元気な声を上げながらあとを追ってきた。


「バカにバカと言ってなにが悪い」

「うるせェ! 頭いい学校通ってるからってえらそーにするんじゃねェよ!」

「実際偉いからな、あたしは」

「ンだとォ!?」


 ぎゃあぎゃあ喚きながら雛のようについてくる凌をそのままに、教会奥にある自室扉を潜ると、当然のように椿の部屋の床で仮眠していた誠一朗がむくりと体を起こして二人を見た。


「凌」

「あ?」

「椿は、全国模試も上位だから、実際偉い」

「マジかよ……」


 なぜか誠一朗の言葉は素直に受け取る凌が絶句している横で、椿は嘆息しつつ誠一朗に口パクで「助かった」と告げた。

 

 変異種にも日常はある。

変わってしまった世界で、それでも日々を生きている。

 ハレの日を知らぬ葬儀屋もまた然り。

 何事もない日を祝福して、今日もまた賑やかに、いつも通り生きていく。

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