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葬儀屋はハレの日を知らない  作者: 宵宮祀花
壱幕◆エインセル
2/21

■シーンⅠ 訃問-Fumon-

 ――――訓練時の暴走事件から、数日。

 件の暴走事件を起こした青年は、電脳症変異種管理局NOISE対策本部――通称SIRENの本部長である神城宗司の執務室に呼び出された。青年が部屋を訪ねると、其処には全身を黒一色の衣装で固めた長身の青年が居り、神城と話しているところだった。

 上等な暗色のスーツを纏い、日本人らしい黒の長髪を項で一つに纏め綺麗に整えている神城と、サラサラのショートカットの髪と夜色の静かな瞳を持ち、黒ずくめの服を着た青年。無彩色だけで出来た異世界のような空間に、鮮烈な緋色が舞い込んだ。

 紅いローブの青年は所謂パンク風の服を着ており、老婦人が見たら「お洋服が破れているわ」と親切心を発揮しそうな格好をしている。髪は独特の癖があり、一見すると櫛を通していないような跳ね具合。左頬にかかる髪の一房には紅いメッシュが入っており、獣じみた金色の瞳を引き立てている。しかも、獲物は黒一色の巨大な鎖鎌。変異種でなければ厨二病だと言われても可笑しくないスタイルである。だがそんな個性的の一言で括るには少々尖ったスタイルも、彼の持つ性質をよく表しており、端的に言うならお似合いだった。


「神城さん、俺になんのようだァ」


 青年が気怠げな口調で声をかけると、神城は柔和な笑みを青年に向けて「あとお一人お呼びしておりますので、本題はそのときお伝えします」と言った。先の事件に関してまた説教されるものと思っていた青年は、そうでないとわかり肩の力を抜いた。


「先に紹介をしておきましょう。こちらは金居誠一朗、《冥府の傀儡――レヴナント》です」


 その名は青年も聞いたことがあった。まるで動く死体のように無感動無関心で、児童館時代から相棒どころかチームにも所属できずに、やたらと浮いた存在だったという。今し方も神城の紹介を受けたというのに、青年に一瞥もくれずに佇んでいる。

 しかし、ID登録用の日本人名だけでなくコードネームもついているということは、少なくとも一度は任務に出ているということだ。任務は基本的に五人のチームで動き、最低でもマンツーマン以上が推奨されている。

 いったい彼は、どんな変わり者と任務に出たのか。好奇心に任せて訪ねてみようかと思ったが、それより先に、ノックもそこそこに扉が開く音がした。


「……何の用だよ」


 青年と殆ど同じ第一声と共に入ってきたのは、以前の『火達磨暴走事件』で青年の暴走を止めた白髪の少女だった。相も変わらず愛想の欠片もない凍てついた目つきで室内を睨み、そして深紅のローブを認めるとあからさまに嫌そうな顔をした。

 対して青年は、少女の姿を見るや口角を歪につり上げて「見つけたぜェ……!」と、歓喜の声で迎えた。


「あのときの氷女ァ!」


 少女はそれには答えず、室内にもう一人呼ばれたらしき人物がいることを認めて、眉を寄せた。その黒ずくめの青年は、相変わらずぼんやりとただ其処に佇んでいる。


「……神城宗司。事と次第によっては帰るぞ」


 少女の恨みがましい視線を受けてなお平生の態度を崩さないままに、神城宗司は全員をぐるりと見回してから、鷹揚に本題を切り出した。


「早速ですが、此処にいる皆さんには、葬儀屋というSIRENの新部署に所属して頂きます」


 その言葉に、少女は不機嫌な顔を更に歪め、ローブの青年は理解が追いついていないような目で神城を見つめ返し、もう一人の青年、誠一朗は無反応と、三者三様の反応をした。


「ひと月ほど前から、変異種の死亡時に突然変異のような異常が発生すると報告が入っています。倒れた体が膨れ上がり、肉色の組織が剥き出しになった姿となって、組織が触れた箇所から周囲を侵蝕していく。そうなれば、通常の異能では太刀打ちできず、ごく一部の強力な異能でのみ対処が可能であると言われています」


 その話を聞いて、少女は支部長の前でも構わず忌々しげに舌打ちをした。彼女自身もまた、その異形化の瞬間を目撃したことがあるためだ。

 あれは断片化の果てに至る《NOISE》とも違う、もっと別の悍ましい非常事態だった。目の前で仲間が飲まれていくのを見た代理人――ソルジャー部隊の隊員が放った悲愴な絶叫は、いまも脳裏に焼き付いている。

 断片化とは、理性と自我の喪失である。変異型電脳ウィルスとも呼ばれる《銀の靴》に飲まれ、自己を見失い、たった一つの狂気に従って行動する。執着や未練と言ってもいい。

 NOISEはその強い狂気を癒すために周囲を問答無用で巻き込むが、通常の変異種でも対処が十分可能である。とはいえ全く話が通じないため、往々にして対処と書いて殺処分と読むのだが、其処はともかく。

 そのとき発生した突然変異は、元々の変異種が然程強力な能力者ではなかったためか、それとも即凍結させたのが良かったのか、同行していた近隣支部のソルジャーでも焼却することが出来た。だが、最近は鍛錬を積んでいない変異種では、対処仕切れない規模になりつつあるという。此処へ来るまでも、任務を終えたソルジャー部隊が疲労困憊でぼやいているのを聞いてきた。


「で、なんであたしらなんだよ」


 出来れば間違いであってほしいという思いも込めて少女が訊ねると、神城宗司は少女に食えない笑みを向けて続ける。


「其処で、皆さんの能力が必要になるのです。白雪椿さん。あなたは、クロノスの時間停止能力に匹敵するほど強力なエインセル能力の氷でもって侵蝕を食い止めることが出来ます」


 そして――と、赤いローブ姿の青年へ視線を移して、同様に語りかける。


「鹿屋凌さん。あなたの炎は、彼の異形の侵蝕と回復速度を上回る火力で葬ることが可能と踏んでいます。それから、金居誠一朗さん。彼は、市街の破壊箇所の復元能力に長けています。戦闘では防御面でも活躍してくれることでしょう。優秀なフラメルですからね」


 それぞれの特徴を挙げての目的を話し終えると、神城宗司は改めて全員の顔を見てから真っ直ぐ宣告した。


「我々SIRENは、この異常事態に対応する新部署《葬儀屋――アンダーテイカー》を設立し、事態に対処していくと協議にて決定しました。あなた方には急な話となってしまって恐縮ですが、件の異形化、屍の発生は日々数を、そして規模を増しています」

 此処にいる誰一人として拒否権はないと、彼の穏やかな眼差しが物語っている。これも、変異種管理局の対策本部を支える男の強みなのだろう。大声で喚き、恫喝するより遙かに効果的だ。

 不機嫌な少女、白雪椿は、盛大に溜息を吐いて見せた。


「承諾頂けて幸いです」

「断らせる気もないくせに」


 椿の幼い皮肉には手本のような微笑で応え、神城は全員に数枚の書類を渡した。


「新部署の場所とメンバーに関する情報を纏めてあります。近いうち訊ねてください」


 椿は書類を受け取ると、もう此処に用はないとばかりに踵を返した。

 扉に手をかけたところで、背中に「氷女!」と声がかかる。が、無視して外へ出ると、騒々しい足音が追いかけてきて、追い越して、目の前で止まった。

 ギリギリ百四十センチの椿と五十センチ近い身長差があるせいで、目の前に立たれると凌の胴体以外なにも見えなくなる。


「……邪魔だ」

「そう邪険にすんなよ。なァ、また俺と戦えよ」

「断る」


 椿が身長差をものともせずに睨みながら一蹴するも、凌は懲りずにあとをついて回って「戦え」「勝負しろ」とうるさく囀った。支部の建物内にいてその様子を目撃した一般職員は、長身の男が小柄な少女を追い回している図に少なからず引いていたが、男が火達磨暴走事件を起こした業炎の主で、追われているほうはその常識外の炎を沈めた化物だと知っているため、決して関わろうとはしなかった。

 その熱心な勧誘は、結局対策本部の建物を出て、資料に示された新部署の前に着くまで続いた。

 新部署の葬儀屋は、見たところゴシック建築の教会を模しているようだ。開かれた扉から見える身廊が奥へと伸び、その先に佇む豪奢な祭壇と来訪者を真っ直ぐに繋いでいる。ただ、正面の壁に飾られている十字架が逆さ十字であることなど、所々に不穏な要素は見られるが、概ね教会らしく作られているように見える。

 椿は入口前で足を止めると凌を振り返り、口を開いた。


「其処まで吼えるなら、任務中にあたしの氷を溶かしてみろよ。あたしは《氷の女王――ゲルダ》あんたのぬるい焚き火如きが落とせる城じゃねえって思い知ることだな」

「はっはァ!! 上等だぜ氷女ァ!! テメェご自慢の氷をぶち砕いて、お望みどおりぬるま湯にぶち込んでやるぜェ!!」


 挑発に挑発で返した凌の背後から、誠一朗が静かに追いついてきた。そして一言。


「凌。氷を一気に溶かすつもりなら、蒸発させるほうが強い」


 小学校の理科レベルの誠一朗の指摘に「マジかよ!?」と心底驚く凌の横で、椿は内心で密かに学校教育の重要性を再認識していた。


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