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葬儀屋はハレの日を知らない  作者: 宵宮祀花
幕間◆氷の女王

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■シーンⅠ 逃否-Touhi-


 死は生者の隣人である。

 付き合い方は選べるが、別れることは出来ない。


 管理局対策本部の地下にある、遺体安置所。此処は、一定の権限がある上級天使のみ立ち入りが許可された特別指定区域の一つである。厳重な金属扉を閉ざしているのは指紋認証とパスコードの二重ロックで、一度間違えると入力者の情報が即座に本部コンピューターに登録される。更に二度間違えれば警戒音が鳴り響いて、警備隊に追われる羽目になる。

 扉を開けば、内部は極寒の氷室。壁も天井も床も全てが氷で覆われ、入口扉の内側には、何故か氷の天使像が門番の如くに鎮座している。

 吐く息さえ凍りそうな絶対零度の中、無数の遺体に囲まれて、一人の少女が佇んでいた。彼女はエンジェル階級ながら特別な部署に所属しており、能天使クラスの権限を与えられている役員だ。

 雪のような長い白髪に、赤い瞳。髪と同じく、透けるような白い肌。アルビノの特徴を持つその少女は、氷柱の切っ先にも似た鋭い眼差しで室内を見回した。

 頬にかかる短く真っ直ぐ切り揃えた髪と、背中に流したポニーテールの長い髪は、少女の動きに従ってさらりと靡く。氷に閉ざされた空間であるにも関わらず、少女の服装は榊市にある私立花園大学附属中学の夏服だけである。


「……減らないな」


 ぽつりと、一つも命の灯が灯っていない空間で白皙の少女、椿は呟く。

 死者は語らず、言葉も聞かない。彼女がなにを思おうともただ其処に横たわるのみ。

 この部屋に、五体満足で運ばれてくる遺体は少ない。文字通りに横たわっているものは百体以上安置出来るこの室内で、片手で足りるほどしかない。四肢のいずれかが足りない程度ならば幸運と言われ、ひどいときだと、かき集めた肉片が何人分であるかもわからないことがあるほどだ。

 そういったものの一部は先の如く納棺師の元へと贈られるが、それもごく少数で、大半は残飯を入れるような金属容器に纏められて此処に置かれることとなる。

 しかし最も悲惨なのは、先日のガレスのような最期だろう。遺体も残らず、帰る先もない。墓に入るのは、葬儀のために作られた紛い物の人形だ。


「……今日は特に任務もないし、此処にいてもいいんだけど……またうるさいのが来ても面倒だ、戻るか」


 独りごちながら、認証キーを入力して外に出る。極寒の部屋から常識的な温度の室内に戻ると、錯覚とわかっていても熱く感じた。

 地下から上がって正面エントランスを目指して歩いていると、誰かの話す声が聞こえてきた。


「またアレが出たってよ。鶫支部は災難だったな」

「こないだも葬儀屋が出動したそうだが、支部員だけでどうにかならんのかね」

「断片化だけでも煩わしいってのに……研究班はなにやってんだか」


 またあの話題か、と少女は気に留めずに歩を進めた。どうやら噂をしているのは内勤の隊員で、自動販売機で購入した缶コーヒーを片手に、エントランスホールのベンチで休憩しているようだ。


 去って行く椿の背を横目で見ながら、噂話に興じていた職員は声を潜める。


「あの子供、例の部署のだろ?」

「葬儀屋だってな。神城本部長もなんであんなもん作ったんだか。まあ、ヤバい連中を墓場部署に隔離してるって考えれば、ありがたいのかも知れないけど」

「氷の女王は子供だけど、その他の不気味な連中といられるって相当だろ」

「聞いた話、何年も姿が変わってないとか。スケアクロウでもないのに異常だよな」


 強化ガラスで出来た自動扉を越えて、外へ出る。背後から聞こえてきていた噂話は、夏の熱気に溶かして聞かなかったことにして。


「午後から学校に出るのも怠いな……はぁ……」


 いっそ任務でも入ってくれればと思いながら炎天下を歩いていると、ポケットの端末が震えた。取り出して見れば、本当に任務が入ったようだ。


 ――――榊市繁華街地区裏路地、区画S=03にて、能天使クラスへ救援要請。


 椿は口角をつり上げ、進路を変更した。行き先は転送ゲート。対策本部と各地を繋ぐゲートで、ごく一部の上層調査隊員のみが利用出来る上位設備だ。当然ながらその管理は厳重で、私的利用は出来ない。今し方出てきたビルの傍らに建つ三階建ての建物に入ると、廊下を進んで目的の名前が入ったプレートを探す。


「あった」


 ドアプレートに榊市と書かれた扉脇の端末に、出動命令のメッセージに添えられていた十六桁の認証コードを入力する。小さな電子音と共にランプが緑色に変わると、カチリと解錠音がした。

 扉の中は個人の私室のような作りになっていて、仮眠用ベッドに腰掛けて本を読んでいた女性が椿に気付いて顔を上げた。外見も所作も人に見えるが、彼女は歴とした転送用AIゲートだ。


「S=03、繁華街エリア入口まで頼む」

「行ってらっしゃい」


 女性はにこやかにそれだけ言うと、椿の目の前に一枚の扉を作り出した。何の変哲もない木製の扉を開けば、その向こうには女性の私室ではなく薄暗い工場地区が広がっている。


「行ってくる」


 短く告げて扉を越える。直後、背後で扉が閉まる音がして、たったいま越えてきたばかりの扉は跡形もなく消えた。

 脳内にある繁華街裏の地図と照らし合わせながら、椿は灰色の景色を駆けていく。人はいない。喧騒は遠い。此処もまた、生きた気配のない空間だ。死で満たされた空間と違い、なにもないだけマシではあるが。

 そしてこの、なにもない空間にあってはならないものがある。生きた気配がしていてはならない空間に存在する、イレギュラーな命。死の中の生も、無の中の生も、探すまでもなく目立つ。

 椿は間もなくそれを見つけ出し、真っ直ぐに駆け寄った。

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