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彷徨える一〇一物語 〜魔法少女って聞いてたけれど、ちょっと想像と違う世界観だよ。外伝〜  作者: 山本航


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『祈る者』

「何故に許可していただけないのですか!?」


 神官祈る者(プロサゴ)が天上に座す者に祈るが如く仰ぎ見て、しかし不遜な態度で訴えかける。視線の先には、偶像のない台座を背にして大神官を含む七人の神官が壇上で腰かけている。秘密と謎の象徴である灰色の長衣(ローブ)頭巾(フード)がプロサゴを見下ろしている。


「禁足地だからだ。神聖故に不可侵なのだ。知らぬわけではあるまい」と四番目の神官が石のような表情で応じる。

「何もお前だけ禁じられている訳ではない。みだりに古代神殿に踏み入るべきではないのだ」と七番目の神官が身を乗り出して戒める。


 神殿ほどではないが講堂もまた立派な佇まいだ。高い丸屋根(ドーム)と切妻屋根は樹木のように枝分かれする柱に支えられている。祭壇を模した教壇と向かい合うように多数の机が設置されているが座っている者はいない。黄昏時の講堂は差し込む明かりに乏しく、最前列の、机と机の間に立っているプロサゴにも神官たちの頭巾(フード)の陰の表情は読み取り難い。


 プロサゴは信じられない言葉を聞いたかのようにかぶりを振る。


「知りたいとは思わないのですか!? 我らが偉大な神のことを。神官ならばこそ!?」

「我らの勤めは神に祈り、御言葉に従って民を導くことだ」と三番目の神官が穏やかな声色で切り返す。

「土に塗れて遺跡を発掘することではない」と五番目の神官が淡々と付け加えた。


 プロサゴは我慢ならないという形相で上層部の神官たちに意をぶつける。


天の隷(ガユロ)神の新たな真実が発見されるかもしれないのですよ!?」

「そもそも散々に探索されておる。我らが神殿建立時にな」と六番目の神官が思い返すようにして言った。

「然様。幾つかの遺物は厳重に保管しているではないか。お前にも見せたことがあるだろう」と二番目の神官が探るように説く。


 プロサゴの勢いは止まらない。


「それが全てだなどと何故言えるのですか!? 遺跡は半ば埋もれているではないですか!?」

「ならばそれが神の御意思なのだ。プロサゴよ。謎と秘密こそが大神ガユロの思し召しなのだ」と大神官が冷徹に答えた。「まだその時ではないのだ」


 プロサゴは、自身が上層部へ至るまで待っていられなかった。


「ならばガユロ神は私を食い止めてくださるだろう!」とプロサゴは吐き捨てる。


 それが故にプロサゴは謹慎という名の軟禁状態に陥った。




 古い時代の神官たちの居室であった石室はまるで牢獄のような有様だ。隙間なく積まれた石は所々罅割れている。小さな窓、あるいは穴からは薄紫色の残照の欠片が滲み出ている。明かりのためというよりも窒息死を防ぐための空気穴のような小ささだ。床は小石混じりの土が剥き出しで、大陸北方の山岳地帯ではいつの季節も氷のような冷たさだ。やはり元から牢獄、それも死刑に処されるまでの待合室だったのではないだろうか、とプロサゴは推測する。


 しかしプロサゴに後悔はない。神のためを思えばどのような苦難も信仰の糧となる。


 確かに、大神官の言う通り、ガユロ神は謎と秘密に包まれた神だ。天とその運行を司るということ以外は多くが神秘の帳の向こうに隠れている。あるいは謎と秘密を司る神だという異教徒の嘲りもさもありなんというものだ。


 プロサゴはその魂に秘めた大いなる信仰心と探求心を慰めるべく、グリシアン大陸各地の信仰についてまで熱心に学んできた。

 神々の多くは何かしらの関係、縁で結ばれている。親子であったり、兄弟であったり、恋人であったりした。しかしガユロ神はどの神の神話にも言及されていない。天を司る神であれば、昼と太陽と喜びを司るジャングヴァン神や深き愛と慈しみで知られる月と夜の双子の女神に関係がありそうなものだが、どの創造譚にも英雄譚にも見出せなかった。ガユロ神は孤独な神なのだ。


 であれば、やはり直接ガユロ神を知らなくてはならない。探り、学び、謎を解き明かすことこそが信仰を深めるのだ。プロサゴはそのように確信していた。


 石室の中でも日々の祈りは欠かさない。朝の祈り、夕の祈り、糧の祈り。そしてそれとは別に、自身の信仰を深めるための、天神ガユロに近づくための祈りを捧げる。膝をつき、天を仰ぐ。プロサゴの頭上にあるのは石の天井だが、その向こうに広がる無窮の世界に想いを馳せて祈る。


 ふとプロサゴは天井の石の染みに人の顔を見出す。よくある錯覚だ。まじまじと見ると人の顔とは似ても似つかないものだ。しかしやはり人の顔に見え、惹かれるように立ち上がり、背伸びをし、よく観察する。やはり人の顔だと分かる。そして人の手による彫刻だと気づく。壮年の男の顔だ。目を瞑り、口を閉じている。他にも六か所ほど人の手が入っているようだったが、仕損じたのか、ただ石を削られているだけのようだ。幾度かの試行を経て、ようやく納得のできる彫刻が残されたのだろう。


 遥か昔の神官の彫刻だろうか。だが、何を彫ったというのか。当然、信仰に関わるものだ。もしや、とプロサゴは敬虔な思いが去来する。ガユロ神の似姿、偶像なのだろうか、と。しかしそんなものは見たことがない。神殿に納められているのは台座のみで、信徒は虚空と神官の語る物語に跪くのだ。古くから受け継ぐものもなければ、新たに彫り刻まれたこともない。


「時は来たれり」


 プロサゴの頭の奥で祈りの言葉のような厳かな響きが聞こえた。唖然として周囲を見渡すが小部屋にいるのは一人きりだ。プロサゴの混乱した頭の中は言葉を返そうという発想すら出てこない。


「参られよ」

 再び声が聞こえ、プロサゴは問いかける。「何者ですか!? どこへ参れと言うのですか!?」


 しかしそれ以上声は返って来なかった。

 他にはあり得ない。そうプロサゴは確信し、決心する。今、ここで、この尊顔を見出したこと、聞こえた声はガユロ神の御意思に違いない、と。古代遺跡へと導くガユロ神の呼び声なのだ、と。プロサゴの信心が天へと通じたのだ、と。


 その時、外で騒めきが起きる。見張りの神官たちの声色を聞くに、上層部の神官たちがやってきたようだ。謹慎が解かれるのか、あるいは新たな処分が決定したのか。


 外から扉が開かれ、プロサゴは石室を出る。待っていたのは夜の見張りの神官ともう一人、大神官その人だった。処分の通達に走らされる者ではない。それを吉兆と受け止るほどプロサゴは楽観的ではなかった。


 プロサゴが先んずる。「声を聞きました。ガユロ神の御言葉に違いありません。時は来たれり。参られよ、と」


 大神官は目を剥いて絶句する。当然信じはしないだろう、とプロサゴも分かっていたことではあるが。


「世迷言を抜かすな」と長く伸びた髭の中で大神官は言い放った。「だが、いや、これからは好きなだけ世迷言を抜かすがいい。其方の放逐が決まった。プロサゴ。以後、信仰の場に近づくことは決して許されぬ」

 プロサゴは微かな溜息をつき「そうですか」とだけ答える。

「堪えておらんようだな。お前ほど敬虔な者はおらんと思っていたが」

「その通りです。私は神殿の下にいるのではなく、天の下にいるのです。どこへなりとも参りましょう。天の座に坐す方の目の届かぬ所はありません。私の魂もまたガユロ神の足下にあります」


 大神官は憂いを帯びた瞳を潤わせて深く頷く。


「そうか。さらばだ。寂しくなるな、プロサゴ」

「ええ、さようなら。御恩は忘れません、義父上」




 もちろんプロサゴは黙って野に降り立つつもりはなかった。ガユロ神の御言葉の他に優先する者などない。それに義父から受け継いだのは類稀な信仰心だけではなかった。比類なき反骨心もまたその魂を突き動かした。放逐された足で、そのまま真っすぐに山の奥深くへと分け入り、翌日の昼を過ぎた頃、侵すべからざる禁足地へと踏み込む。まるでガユロ神の導きに従うように、迷いなく古代遺跡へと赴いた。人が禁じてもその聖なる土地は何者も拒むことなく、信心深い訪問者を懐へと招き入れる。


 上層部の神官だけが立ち入ることのできる遺跡は長らく野晒しで半ば埋もれているわけだが、森林限界の先にあるため植物に侵されることなく形を保っている。往時の賑わいを想起させるものなどない凄涼たる情景が広がっている。


 話には聞いていたが、古い時代の神殿群であることはプロサゴにも見て取れた。祭壇の据えられた本殿に、神官たちが居住したであろう独居の数々が灌木と岩塊と共に居並ぶ。


 今に通じる意匠がそこかしこに残っていた。天を捧げ持つ手と腕のような柱、天球と星々の音楽めいた調和を表した丸屋根(ドーム)。見覚えのないものもある。たとえば古神殿の破風には精緻な浮彫細工があった。七人の王か、神官か、神々か。注目すべきは、内六人の顔が削り取られていることだろう。


 古い遺跡には古い魔法が息づいているものだ。異教徒を追い払う者ばかりでなく、信徒の信心を験す呪いもありうる。守りをもたらす祈りの言葉を唱えつつ、プロサゴは慎重に古神殿の中へと踏み入った。


 天井が一部崩落しているが、想像していたよりもずっと形を留めている。神殿の奥の壁にも浮彫りがあった。一つの顔とおそらく削り取られた六つの顔だ。それは石室の天井にあった顔によく似ているように思えた。そして、あちらにも削り取られたような跡があったことを思い出す。唯一残った顔は最も高い場所に位置しているが、中心の顔を囲む六つの顔の一つにも思える。


 プロサゴはその顔をよく見ようと近づき、影の中に座っている者に気づく。それは微動だにしない。死体だろうか。入り口に背を向け、壁の顔を仰ぎ見るようにして胡坐をかいている。痩せ細って、木乃伊(ミイラ)のように見えた。


「ようやく来ましたか。プロサゴよ」と禿頭から嗄れ声が語り掛け、プロサゴは驚き、足を止める。


 その声は古神殿の内でこだまする。


「何者ですか? 私を待っていたというのですか?」プロサゴは囁きかけるように尋ねる。「あの声はあなたですか? あなたが私を呼んだのですか?」

 木乃伊(ミイラ)は問いに答えない。「……プロサゴ。あなたしかいないのですか?」


 こちらを振り向けば分かることだ。動けないのだろうか。プロサゴは凝視するが、やはり木乃伊(ミイラ)のようにしか見えない。誰かが物陰から語り掛けているのかもしれないと思い、周囲を見渡すが尻尾は掴ませない。


「何者ですか? ここは禁足地。ガユロ神を捧げ奉っていたとされる古代遺跡、聖なる土地です。神殿上層部の許可は得ているのですか?」と己を棚に上げつつプロサゴは強い調子で問いかける。

「ふうむ。何も聞かされていないと見えますね」木乃伊(ミイラ)は知った風な口を利く。「プロサゴよ。あなたほど敬虔な者はいませんね?」


 プロサゴは何も答えてくれない者に不信感を募らせる。


「ええ、まあ。許可なく禁足地に踏み入る者を不敬者だと考える者もいますが」


 木乃伊(ミイラ)は密やかに笑い声を漏らす。


「なるほど。読めてきました。中々の変わり種のようですね。ですがプロサゴには違いないようです。さあ、こちらへ来なさい。私が信仰の極致へと導きましょう」


 プロサゴは更に不信感を募らせる。信仰の極致などと大それたことを言う信仰者はいない。


「ここでも話せますよ。顔を突き合わせるべきだと言うなら振り向いてはどうですか? いずれにせよ、その影の中にいては表情も分かりませんが」

「それもそうですね。しかし随分待ったのです。少しの衝撃で崩れてしまいそうです。ですが、安心してください。この神殿は丁度旭日がこの壁に差し込む造りになっているのです」


 プロサゴは入り口を少し振り返り、壁の顔の浮彫りに視線を戻す。


「昼を過ぎたばかりですよ」

「朝の祈りを知らないとでも?」

「何を仰っているのか分かりませんね。朝の祈り? もちろん知っています。何千回と祈りの言葉を捧げて来たのですから、眠りながらでも唱えられます」


 木乃伊(ミイラ)が朝の祈りの言葉を呟く。何度も聞いて来た言葉の連なりであるはずだが、唯一正しい祈りを初めて聞いたかのように思わされた。とても深みのある声が、峡谷の谷風のように古神殿の内で響き渡る。花畑に蝶が舞い、戦場に死体が転がるように、そこにあるのが当然で、今まで聞こえなかったことが不思議なようにさえ思えた。


 次の瞬間、辺りが眩く照らされる。プロサゴは顔色を変えて振り返り、目を眩まされる。あるはずのない朝日が古神殿の隅々まで射しそめる。


「……いったい何が」

「これが信仰の極致ですよ」そう言うと木乃伊(ミイラ)がゆっくりと動き出し、立ち上がろうとする。先ほど言った通り、今にも崩れそうで罅割れており、軋んでいる。「私の、祈る者(プロサゴ)の力です」


 そうして背中を向けたままこちらへ歩いてくる。関節が逆に曲がり、後頭部の罅割れから二つの目玉と鼻の孔が覗き、口が裂けて現れた。


「さあ、プロサゴよ。こちらへ来なさい。さあ」


 プロサゴは背を向けて朝日に向かって走り出す。こんなこと、何も聞かされていない(・・・・・・・・・・)

 大神官の意図を察する。神殿上層部の頂点でさえも、何者かを裏切らなければ養子(プロサゴ)を救えなかったのだ。プロサゴは神殿を捨て、山を捨て、信仰を捨てて逃げ去った。

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