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彷徨える一〇一物語 〜魔法少女って聞いてたけれど、ちょっと想像と違う世界観だよ。外伝〜  作者: 山本航


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『鍛える者』

 陽光も散り乱れる霧深い幽谷に鋼の打ち合う甲高い音が響く。それは巡る季節や月の満ち欠けのように正確に周期的に打ち合い、鳴り渡り、こだまし続けている。


 山火事を知らせる警鐘よりも高らかな響きを聞き逃すはずもないが、耳を澄ましながら歩み続ける者がいる。隻腕の剣士フォーロックだ。瞼に傷の走る目許は涼しく、凛々しい面立ちの青年だが、しかししばらく手入れのない無精髭に覆われていた。右肘から先の義手の他には背嚢を一つ背負い、賊から身を守るには十分な装備を調えている。義手と鋼の胸当て、小手にはいくつも傷があるが穴はない。色褪せた革の手袋に脚絆はくたびれている。腰には一振りの抜身の剣が下がっている。他の装備と同様にフォーロックの一部ともいえる身に馴染んだ剣だ。


 急な傾斜が突如現れても、乱雑に伸びた木の根に足を取られつつも、フォーロックは硬い意志を撓ませることなく、金音の聞こえる方へ真っすぐに進む。次第に不吉な噂話でもするような密やかな川の流れが聞こえ始め、しばらくしてフォーロックの足取りと交差する。


 蔓と木切れを組み合わせた粗末な橋を渡った先、とうとうたどり着いたのは橙色の火の明かり漏れる切妻屋根の鍛冶工房だ。素朴な石造りの建物だが比率が大きい。天井は高く、扉も窓も幅広い。


 鳴りやまぬ鎚の律動に誘われるように、フォーロックは工房へと近づき、正面から回り込む。次第に空気が熱を帯び、外に開け放たれた巨大な工房が現れる。


 そこには鋼を溶かし固めたような巨人がおり、しかしその巨体には似つかわしくない人間用の鎚を振るって今まさに赤熱した鉄を打ち延ばしているところだった。金床の周囲には派手に、それでいて予兆めいた火花が飛び、打たれた剣は黄色く甲高く明滅している。


 その太い腕を止めることなく、「ぼくに何の用だ?」と古びた鐘の音のような声の巨人に尋ねられる。

「私は旅の剣士、フォーロックと申します」フォーロックは背を正して敬意を示す。「貴方様こそは満天下に知れ渡る名剣の作り手、名工鍛える者(シデラクリーダ)様とお見受けします。不躾なお願いではございますが、私のために剣を鍛えていただきたく参りました次第です」


 その巨体のせいで狭苦しい工房で丸まっている巨大な鍛冶屋シデラクリーダはちらりとフォーロックの方を見ると、すぐに目下の剣の仕事に戻る。


「剣なら持っているじゃないか。隻腕の剣士が二刀流という訳にはいくまい?」

「平凡な剣です。貴方の鍛えた名剣には遠く及びません」


 どちらが話している時も鎚は振るわれ続け、火花は散り続けている。フォーロックは外におり、風に吹かれてもいるが工房の熱で汗を噴き出している。


「悪いがお前の求めるような名剣とやらはない。どうしても欲しいならそこにあるやつを持っていけ。お前の得物よりましかどうかも分からんが」


 確かにシデラクリーダの言う通り、工房の端に剣が無造作に積み上げられている。フォーロックはそちらへ行き、剣の一振りを持ち上げ、矯めつ眇めつ検める。


「申し訳ありませんが、これでも一端の剣士。多少は目が利きます。これも確かに悪くありません。しかし無礼を承知で言いますが、貴方の作ってきた剣に比べればなまくら(・・・・)も同然です」


 フォーロックはシデラクリーダの意識をこちらに向けさせようと挑発するが、巨大な鍛冶屋は乗って来ない。


「そうか。残念だったな」とだけシデラクリーダは答えた。


 しばらくフォーロックは続きの言葉を待つが痺れを切らす。


「貴方の作はこれまでに幾つか見てきました。どれも素晴らしい名剣でした。どうして私の為に新たな剣を鍛えてもらえないのですか? それなりの謝礼はもちろん用意していますが」

「ぼくはもう農具しか作るつもりはない」


「貴方の手にかかれば農具も素晴らしい出来なのでしょうが。なぜ剣を打たないのですか?」

「僕は鍛冶仕事が好きなんだ。別に剣にこだわっちゃいない。だから農具を売って、次の仕事の資金にする。それを繰り返しているだけさ」

「剣を打たない理由を聞きたいのですが」


 シデラクリーダはひたすら鎚を振るばかりでフォーロックの問いには答えなかった。フォーロックはじっとシデラクリーダの仕事ぶりを眺め、何かを決意したように小さく頷く。


「分かりました。ならば私に剣の鍛え方を教えてください!」フォーロックは槌の音に負けない声を張り上げる。


 シデラクリーダは手を止めず、仕事を続ける。その言葉の意味をゆっくりと咀嚼しているようだった。そうして沈黙を保ったまま焼き入れの段となり、水槽から水蒸気を噴き上げさせながら答える。


「いいだろう。技を教えるというのを一度やってみたかったんだ。ぼくの域に達することはなかろうが」

「それはどうでしょうね。こう見えて技術を身に着けるのは得意なんですよ」




 しかし全くシデラクリーダの言う通りだった。フォーロックは真面目な性格故に努力を積み重ね、多少の技術的向上はあったが、特にこれといって特別な才能はなく、なにより隻腕には限界があった。


 一方で隠者シデラクリーダはフォーロックの思いのほか、鍛造技術を教授することについて熱心で、フォーロックの拙い腕を、それでもさらに鍛え上げようと注力していた。自らもむしろフォーロック以上に隻腕の鍛冶について研鑽を深めるほどだった。


 鍛冶屋の師と弟子のような関係が半年も続き、もはやシデラクリーダはフォーロックの当初の目的を忘れてしまうほどだ。いかに弟子を大成させるかについて思い悩むことに喜びを覚え始めていた。


 ある朝のこと、いつも通りフォーロックは日課の剣の稽古をしていた。ここへ来てからも欠かすことなく、剣を振るい、その鋭さは日々増し続ける。その日初めて、シデラクリーダもフォーロックの稽古を目にした。仕事を始める前に稽古をしていることは知っていたが、フォーロックの剣士としての技量を目の当たりにするのは初めてだった。


 そうして、農具を造る仕事兼フォーロックへの教授を始める前にシデラクリーダは尋ねた。


「今もぼくの剣が欲しいのか?」


 シデラクリーダに先んじて仕事の準備を済ませていたフォーロックは、久々にこの土地へとやって来た頃の熱意を表に出す。


「当然です。先生も分かっておいででしょう? 私が私自身満足のいく剣を鍛えるまでにどれほどの時間がかかることか」

「ざっと見積もって七十年」

「そんなに……」


 工房のいつもの場所に巨体を収め、シデラクリーダはまだ何も置いていない作業台を見つめる。


「どうしてそこまで剣を欲するんだ? いや、大体分かってる。剣士としての高み、そんなところだろう?」

「ええ、ですが、私には具体的な目的があります」いつになく真剣な眼差しでフォーロックはシデラクリーダと相対する。「ある人物を越えなくてはなりません。貴方が鍛冶師の頂点ならば、彼女は剣士として、最高峰の人物です」

「きみがそれほどに称える人物なら、きみは死ぬんだろうな」


 フォーロックは憤りを堪えて、冷静に再度願い出る。


「そう思うなら、力を貸してください。少しでも剣士としての力量差を埋められるなら、私は何だってします」


 シデラクリーダはまだ火の入っていない工房と共に沈黙し、いつもなら鳴り止まない鎚の音が響き始める時間だが、立ち込めた霧の向こうから、まだ見ぬ海へと旅立つせせらぎの囁きだけが聞こえる。


「まだ聞いていませんでしたね」とフォーロックが口を開く。「その最高の腕を剣の為に振るわなくなった理由。教えてもらえませんか?」


 シデラクリーダは更に丸まり、ほんの少しばかり縮んだように見える。


「死ぬんだ。ぼくの、特に最高傑作といえる出来の剣を携えた者は」


 フォーロックは呆気にとられ、しかしすぐに気を取り直す。


「それは、当然ですよ。皆が皆、戦いの場に身を置く者です。どれほど強力な剣を持っていても、戦い続ければいずれ、その日は来ます。それにそれは、剣の出来に関わらずなまくらであっても同じことでしょう。いや、むしろなまくらを持つ者の方が死ぬ可能性は高まるではないですか」


 シデラクリーダは大きな頭を小刻みに振り、フォーロックの言葉を否定する。


「そうじゃない。そうじゃないんだ。ぼくの手になる最高傑作を握れば、その剣士の命はすぐさま摘み取られる。まるでぼく自身が剣に呪いでも仕込んだかのように」

「先生。その剣を預けた者たちについて教えてください」

「騎士丘の息子(ロボール)に〈長き剣の死の顎(マルギオル)〉を。王の子荊傷(アイデック)に〈片刃の先触れ(キスミック)〉を。末子(ジング)に〈平らげる者(ハクリゾン)〉と〈安寧の娘(ティスバク)〉の二振りを。他にも……。親しい者に贈った剣もあれば、仕事として鍛えたものもあった」


 フォーロックは沈痛な面持ちで、確固たる意志を示すように答える。


「どうやら私はどうしても先生の剣を握らなければならないようです。先生。それらの剣士たちを斬り殺したのはただ一人の人物、人斬りシャイズ、その人です。私はシャイズを止めるために、その力を借りるために先生のもとにやってきました。そして、先生は不本意でしょうが、その名剣の名声がシャイズを誘き寄せたのでしょう」


 シデラクリーダはぽかんと開いていた艶々とした鋼の口を、話の繋がったことを示すように硬く結ぶ。


「君なら止められるのか?」

「私と先生の剣ならば」

「なぜそう言える?」

「師の剣技と先生の剣を越えるものは他にありませんし、どちらも携えている者も他にはいません」


 フォーロックの眼差しの奥に灯る光を垣間見、その言葉の揺るがぬ響きを聞いて、シデラクリーダは覚悟を決めた様子で、身じろぎし、工房の端に立てかけてあった鎚を手に取る。


「手伝ってくれ。今までのどれよりも強力な剣を鍛えなくてはならない」


 ただの鋼の剣ではない。月光の神秘を封じ込めた魔法の剣だ。フォーロックは剣を鍛える以外の全てを請け負った。貴い任務を果たして聖性を宿した剣を掻き集め、古の世より祈りを種に燻り続ける熾火を運び、最も清らかな湖の底の未だ光を知らない暗黒の純水を汲み、月光の輝きが真空を渡る秘密の通り道を越えて地上に降り注ぎ、冷たい土の中で結晶化したものを掘り出した。


 そうしてシデラクリーダの驚異の腕と深遠なる呪文で鍛えられた剣は月の光を芯に宿し、剣を握る者の剣技を研ぎ澄ませ、何より悪意ある剣を打ち砕く威力を秘めていた。


 旅立ちの朝になってもまだシデラクリーダには躊躇いがある様子で、日の下にあって月の光で輝く剣を名残惜しそうに見つめていた。


「先生。ありがとうございました。この剣で以って必ずやシャイズを止めて見せると約束します」

「いや、約束は一つだけだ。死ぬな」


 フォーロックは無言で頷き、やって来た時と同様に霧深い森へと歩みを進める。

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