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彷徨える一〇一物語 〜魔法少女って聞いてたけれど、ちょっと想像と違う世界観だよ。外伝〜  作者: 山本航


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『徘徊る者』

 南高地から姿を現した太陽がようやく山際に祝福をもたらす頃のことだ。東の空を蓋する雲まで届く壁の如き南高地の西の山肌を横目に、三十騎を数える漆黒の騎馬が南の地平へと落下するように疾走している。寡黙な乗り手たちは鈍く光る厳めしい鎧に黒い僧衣を纏い、鉄の仮面で顔を覆い尽くしているが、僧兵たちを率いる者だけは鉄仮面を脇に抱えている。艶めく栗色の髪を風になびかせ、翠玉の目を細めて行く先を見つめる美婦は遥か遠い丘陵の神秘に語り掛けるように呟く。


「て手出しは無用です。あなあなたは加減というものを知らないから」そうして女はちらと脇に抱える鉄仮面――それは他と違い、燃え盛る角を戴く山羊を象っている――を見やる。「しゅ主導権は私にあることをおわお忘れなく」


 黒い部隊を率いる女の黒馬にもう一頭が鼻先を並べ、乗り手の鉄仮面の女が呼びかける。


「もうそろそろ隠れた谷間(オールバー)の都です。首席」


 首席と呼ばれた方の女は不思議そうに、自身に属する女の鉄仮面から覗く黒い瞳を見つめる。


「どど(ドロラ)、ちゃん」騎馬を率いる女は戛々たる馬蹄の打ち鳴らす音に負ける声で話す。「こ、この、この前私たち友達ですよねって言ったのに。なん、何で、あん、芽吹きの季節(アンソルーペ)って、なま名前で呼んでくれない、ですか?」

「仕事中なので」とドロラはぴしゃりと断る。「話を戻します。徘徊(たもとお)る森は既に八つの村落を呑み込んでいます。森の通り過ぎた後は跡形もなく、村民もまた行方不明です。尚も南へ進攻した森は現在フォルビア行政区の誇る古都オールバーを呑み込み、停止しています。村落の規模に停滞時間が比例していることから、一両日中には再び移動を始めるものと思われます。オールバーで待ち伏せしていた先遣の次席部隊は実質壊滅。連絡員の報告によると丸ごと焼き払う策を行ったそうですが、それ以上の速度で森は拡大し、抵抗空しく都市ごと部隊は飲み込まれたそうです」


 アンソルーペは不満げに唇を結び、ちらちらとドロラを盗み見る。


「やき焼き払えなんて言ってない。街の生きのこ、残りがいるかもしれないのに」

「焼き払うなと命じておくべきでしたね。森ですから、当然選択肢に上がるでしょう。それに我々、焚書官ですし。ですが想定を上回る魔術によって返り討ちにあったというわけです」とドロラは冷静に答える。そして少しばかり興奮した様子で続ける。「その強力な魔術から魔導書使いによる仕業である可能性がとても高いです。私が焚書官になってから今まで、外ればかり引いて来ましたが今度こそ活躍できそうです」


「ま魔導書はとてもきき危険ですから。むむ無理、無理無理――」

「そこまで否定しなくても」

「ち、違、無理しないでって――」

「見えてきましたよ。首席」


 ドロラの視線の先にこんもりと茂る青々とした森林が丘陵の向こうからのそりと現れる。何も知らなければ緑に輝くその様は豊かな森林資源か、あるいは神聖な古森か、だろうか。とても八つの村と千に近い人々を呑み込んだ邪悪な存在には見えない。

 騎馬集団は森を前にして行軍を停止する。アンソルーペは馬の鼻をドロラの方へ寄せる。


「そもそもそも、そこまで分かってるなら、第三局のかん管轄じゃないですか?」

「あちらも忙しいようなので。それで、どうするんですか? 首席」

「ど、どうします?」アンソルーペは脇に抱えた鉄仮面を見つめて呟く。「……別にいいじゃないですか。参考にするだけです。……え?」


 アンソルーペが顔を上げると、遠目にも森がざわめているのが分かった。どころか徐々に視界に広がっていく。大地から次々に芽が生え、瞬きの内に大木へと成長している。森の方からこちらへと進攻を始めたのだ。


 屈強な僧兵達も俄かに怯む。魔術に明るくない者ならばその異様な光景に慄き、魔術に明るい者ならば邪悪な魔術の使い手の力量に圧倒されるというものだ。しかしアンソルーペは僧兵達を叱咤するように腰に帯びた棘球付き鎚矛を掲げる。


「つつつ突っ込みます!」


 三十の騎馬が掲げた剣を閃かせ、臆病者が聞いたならば地に伏せるだろう鬨の声と嘶きで応じ、迫り来る邪悪な森林へと突撃する。




 アンソルーペ率いる首席部隊は破城槌の如く鋭い陣形を成し、緑と茶色の城壁を一点突破する。巧みな馬術に操られた馬は流れる水の如く、押し寄せる木々をかわし、僧兵の集団は奥へ奥へと突き進む。蠢く木々は敵意を剥き出しにし、舞い散る木の葉は敵対者を惑わさんとしている。時には後ろから追ってきて、騎馬と並走して機会を窺う樹木もあり、前に進んでいながらその場に停止しているような錯覚を引き起こす。


「おかしいです」とドロラが報告する。その声色は疑念と不安を表している。「もうオールバーの街のあった辺りのはずです。なのに影も形もありません」


 人一倍空間識に優れ、またその類の魔術も修めているドロラが言うならば、その通りなのだろう、とアンソルーペは納得する。その上で街にたどり着かない理由があるとすれば。


「どど土中から生やしたじゅも樹木で、はは破壊されたんじゃないですか?」とアンソルーペは馬の背中に揺られながら尋ねる。「そもそもそも村落も消滅させて来たんですよね。おオールバーも同じ目にあったのかと」

「だとしたら想定以上の速度で呑み込み終えたことになります。それに、石畳の欠片一つ見つからないというのも――」


 その時、悲痛な馬の嘶きと野太い声が後方から聞こえた。一名落馬と簡潔な報告がすぐに戻ってくる。避け切れなかったのだ。しかし助けに戻ったりはせずに突き進む。


 再び悲鳴。樹木の攻撃だと後方から報告を受ける。徘徊(たもとお)る森はただ突進するだけではなく、枝を振り回して的確に侵入者を狙っていた。


 避けるだけでは大本の魔導書使いにはたどり着けそうにない。アンソルーペは鎚矛を振り上げ、迫り来る一本の樹木に狙いを定め、空気が激しく唸る速度で幹に打ち付ける。ただ一撃のもとに樹木はへし折れ、鎮まった。どうやら先遣隊の策も無意味ではなかったらしい。ただ火の焼き尽くす速度が劣っただけのようだ。


 他の焚書官たちも次々に破壊的な呪文を唱え、襲い掛かる樹木に対抗する。ある者は枝を切り裂き、ある者は焼き捨て、しかし悲鳴は積み重なっていく。


「首席! まだですか!? 我々も全滅しますよ!」とドロラが叫ぶ。


 アンソルーペは羊を象った鉄仮面を見つめながらも襲い掛かる樹木を労せず避けて突き進んでいる。


「みみ見つけた!」


 アンソルーペは馬の勢いを利用して跳躍し、一本の樫の木を打ちのめす。大洪水にも耐えられそうなどっしりとした大木が根から剥がれて倒れ行く。そして木の上から下品な悪態のような悲鳴と共に男が落ちてきた。都市民らしい上等な衣を身に着けているが、ほとんど襤褸に近い薄汚れ方をしている。魔法使いにも見えなければ、山賊のようにも見えない。


 樹木の氾濫をいなしきった十数騎は、首席が命じることなく男の周囲を取り囲もうと駆けてくるが、男もそれを待たずに森の奥へと逃げ去ろうとする。その迷いの無さ、勝手知ったる様子は徘徊(たもとお)る森の主ゆえに違いない。


「私が押さえます!」


 先回りしたドロラが馬によって容赦なく男を蹴倒すと上から飛び掛かり、首根っこを掴んで抑え込んだ。更に三人ほどが下馬してドロラを補佐しようとするが、森の主らしき男は気を失ったのか動かなくなっていた。


 逃げられないように騎馬で周囲を固めると、ドロラが男の上から降り、別の焚書官が男を検める。呼吸無し。脈無し。目ぼしいもの(・・・・・・)も無し。そして男が死んだのは数日前だろうとのことだった。動く樹木に比べれば、動く死体など魔法使いの世界では珍しくもない。とはいえ、ならば尖兵たる役割を担った樹木と比し、この死体にはどのような意味があるのだろうか、と考えねばならない。


 再び悲鳴。沈静していた森が再び焚書官たちに襲い掛かり始め、鉄仮面の僧兵たちは対抗する。


「ねねねえ、どういうことですか?」アンソルーペは羊の鉄仮面に尋ねる。「そそそれは、だって、勝手なことをして欲しくないから、……え?」


 アンソルーペが何かに導かれるように視線を向けた先でドロラが背を向けて走り去っていた。まるで勝手知ったる森の主のようだ。そして遮るように木々が視界を覆い尽くす。


「……いや、駄目です」アンソルーペは羊の鉄仮面を見下ろす。「だってどドロラちゃんが。……それはそうですけど。……分かりました。おお追い付いたらたら交代ですよ?」


 アンソルーペは躊躇いつつも羊の鉄仮面をかぶる。




 燃える角を戴く羊の鉄仮面をかぶったアンソルーペが下卑た哄笑を放ち、馬にも劣らない速度で森を駆け抜け、無差別に木々を薙ぎ倒す。


「おらおらおらあ! どこへ逃げるんだあ!? お嬢ちゃん!」


 木々は統率された軍隊のように的確に素早くアンソルーペに飛び掛かるが、アンソルーペの歩みは少しも滞らず、ドロラの背中を見失わない。他の焚書官たちは一人残らず置き去っている。


「操られてんのかあ? それとも憑りつかれてんのかあ? 教えてくれよお! なあ!」


 アンソルーペの挑発のような呼びかけに答えず、ドロラは一目散に逃げていく。少しずつ距離が縮んでいたが、突然アンソルーペは立ち止まり、ドロラから視線を外す。


「何だあ? 何の臭いだ? ……うるせえ、黙ってろ。……へえ、面白そうだ」


 アンソルーペはドロラの逃げる方向とは別の方へと走っていく。邪魔をしていた木々も暫く戸惑った様子だったが、すぐにさっきよりも激しくアンソルーペに襲い掛かって来た。アンソルーペの手数は増え、雨垂れのように木々を穿ち、歩みは少しばかり鈍ったが、それでも押し止めることはできない。


 そして木々を力づくで掻き分けて森を抜ける。というよりは森の中の空地へと出る。青々とした下草に覆われているが、木々は真円に空間を取り巻いている。涼し気な風が吹き、いつの間にか空は晴れ、温かな陽光がありふれた野草を輝かせている。特別な場所であることは間違いない。静謐な雰囲気だが、しかし似つかわしくない代物がその空間の大半を占めている。


 そこには巨大な塊があった。石でも木でもないそれは肉塊だ。見たところ人の皮膚に覆われており、醜い縫合跡が見て取れる。血の臭いが漏れ出ているが、血そのものは滲んですらいない。


「面白い発想だ」アンソルーペは美術品でも鑑賞するように肉塊を眺める。「しかしよくもまあ集めたものだな。何人分だ?」

「五千人とちょっとさ」


 アンソルーペに答えたのはドロラだった。少し離れた場所から空地へと入って来た。


「お前が作ったのか? いや、お前に憑りついているお前に言っているんだ」


 ドロラは皮肉っぽい笑みを浮かべて頷く。


「オレ様用の体が欲しくてな。あと少しで完成するんだ。見逃してくれないか?」

「お前は巨人にでも憧れているのか?」とアンソルーペは馬鹿にしたように笑う。

「オレ様の偉大さに釣り合う偉大な体なのさ」ドロラは剣を抜き、首筋に刃を触れる。「さあ、仲間が死んでほしくなければ――」


 アンソルーペは苦笑する。「脅しとは卑小な奴だな。いいさ。どうやって乗り移るのか見てみたい。どちらにしてもお前は回収されるんだ。その肉塊も有効活用させてもらおう」


「させねえっつうんだよ!」


 ドロラが叫んだ途端、背後の森がアンソルーペに飛び掛かる。枝葉の鞭を打ち据えんと振り上げ、根の縄を絡ませんと差し伸ばす。しかしアンソルーペは伸びてきた枝を鎚矛に絡めると根から引っこ抜き、勢いのままに振り上げてドロラの方へと叩きつけた。


 辺りに土が降り注ぎ、湿った臭いが立ち込める。木をかわしたドロラが剣を振り上げ、アンソルーペに詰め寄るが、振り下ろされた剣を鉄仮面でいなす。返す刃は身を反らしてかわし、躊躇いなくドロラの脳天に鎚矛を叩きつけようとするが不自然に軌道が変わって地面を抉った。


「おい! 勝手に動かすな!」「わたわ私の体です! かか勝手はそっちです!」


 アンソルーペが1人で口論している隙を突き、ドロラは踵を返して肉塊の方へ逃げる。その背中を指さしてアンソルーペは高笑いする。


「何が偉大だ! 虫けらに等しい心性の小賢しい雑魚め。もう良い。さっさと魔導書を差し出せ! 真の偉大さを振り仰いで死ね!」


 ドロラは肉塊をよじ登って姿を消す。すると肉塊がぶるりと震え、動き出した。丸太をいくつも束ねたような太い両腕をつっかえ、上体を起こす。巨大な人の形は、人の形の継ぎ接ぎ模様に覆われている。見たところ女の輪郭をしているが、細部はまだ手付かずのようだった。手足に指が無く、顔には穴が空いている。その顔の穴の中にドロラが倒れていた。


 継ぎ接ぎの巨人が指のない巨大な拳を振り下ろす。アンソルーペは身軽にかわし、棘球付き鎚矛で巨人の脛を打ち据え、肉を抉るが巨人の態勢は少しも揺るがない。


「勿体ないが、破壊するしかないか」


 アンソルーペが呟いた瞬間、枝に不意を突かれ、跳ね飛ばされる。その拍子に羊の鉄仮面が弾き飛ばされ、地面を転がり、巨人によって踏みつぶされた。


「ああ、もう。つめ詰めが甘いんですから」アンソルーペは苦痛に顔を歪めつつ立ち上がり、肉塊の巨人と対峙する。「よくよくもこれだけの無辜の民の命を奪ってくれましたね。ここ心が痛まないんですか?」

「オレ様の心はやわじゃねえんだよ!」


 振り下ろされる拳をかわし、蹴り上げられる足を避ける。大ぶりのそれはアンソルーペにとって木の枝を避けるよりもずっと易しかった。


「すくすく少なくともあなたを打ちのめして、いた痛む心は私も持ち合わせていませんね」


 大地にめり込む握られない拳の一撃を紙一重で避け、鎚矛を継ぎ接ぎの皮膚に突き刺す。巨人が拳を持ち上げるとアンソルーペはその拳をよじ登る。


「どどドロラちゃん! 札はまだまだ見つかりませんか!?」

「何で言っちゃうんですか!」と巨人の顔の穴の中からドロラが答える。

「てめえら! 知ってたのか!? やめろ!」


 巨人が顔の穴へ両手を突っ込むとアンソルーペも顔の穴の中へと到達する。そこではドロラが這いつくばって札を探している。巨人の指のない手では二人を邪魔することはできなかった。


「ほほほら、こここにありますよ」


 アンソルーペが指さした穴の中の皮膚から血が零れている。アンソルーペは手を突っ込み、そして引き抜いた。その指先で一枚の血塗れの札をつまんでいる。途端に巨人は体を支える力を失って、地響きを起こしながら倒れた。


 アンソルーペとドロラの二人は何とか巨人の肉を掻き分けて脱出する。すっかり血によって薄汚れてしまった。


「あと少しで私の手柄だったのに。最後まで囮になっててくださいよ」とドロラは文句を垂れる。

「だだだってどどドロラちゃんがしんぱ心配だったから」アンソルーペは巨人の足裏に喰い込んだ鉄仮面を回収する。「けけ怪我はない?」

「ええ、大丈夫です。むしろ首席に殺されそうだった気がするんですけど」


「そそそれは私だって」

「あれは操られてたから……」ドロラはじろりと羊の鉄仮面を見やる。「まあ良いです。二人で回収したと報告しますからね。アンソルーペさん」

「うう、うん!」

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