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彷徨える一〇一物語 〜魔法少女って聞いてたけれど、ちょっと想像と違う世界観だよ。外伝〜  作者: 山本航


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『測る者』

 鼻の先も見えない霧の中、勾配の急な山の中、木々の密な森の中を彷徨う者がいる。厚い頭巾と外衣(マント)で身を隠すように包み込んでいるのは魔性の存在、測る者(カタスタス)だった。

 カタスタスはぶつくさと文句を言いながらゆったりとした袖を前横に伸ばし、すり足で地面を探り探り進む。足を踏み外したところで死にはしないが、札が外れては事だ。


 目的の街への近道をしようとしたのが間違いだった。カタスタスはありとあらゆる測量の魔術を身の内に収めており、目的地への最短距離を魔法的測量で導き出したのだった。山道に関しては織り込み済みだったが霧は予想していなかった。何を測量するか、得た数字をどう解釈するか、を補ってくれる魔法は知らなかった。


 最終手段を試みようかと迷う。本性を表せばありとあらゆる情報を瞬時に観測することができる。しかしカタスタスはその本性の姿が好きではなかった。いや、その姿を好きではない者に出遭い過ぎたのだった。普段の姿さえ、完全な人間とは言い難く、こうして頭巾と外衣(マント)で隠している。


 決断する直前、どこからか話し声が聞こえてきて、思いとどまる。輪郭を失った乳白色の太陽が真南で蕩けだし、束の間霧が晴れ、一軒のぼろ家に出会った。まだ山の中なので猟師の山小屋か何かと思い近づく。しかしどうやら人の生活があるらしい。小さな畑があり、踏みしめられて色濃くなった道があり、細い煙が上がっている。


 カタスタスが様子を探っていると突然霧の奥から人が現れて驚き、仰け反る。少女だ。何度も修繕した跡のあるぼろい服に裸足、土汚れか全体的に黒ずんでいる。あまり身綺麗とはいえない。貧しい生活を送っているようだ。

 屍衣を纏ったような者が現れて、少女もまた驚いている様子だが先んじたのは少女だ。


「あなた誰? 里の人? 見覚えがないけど」

「いや。私の名はカタスタス。旅の魔法使いだ。近くに人里があるのか? この霧の中で困ってたんだ。案内してくれないか?」

「あたしは(エグゾラ)。案内するのは別にいいけど――」


 そこへやはり霧の中から女が飛び出してきて少女エグゾラを庇うように立ちはだかる。どうやら母親のようだ。


「一体何の御用ですか? 私たちはあなたにご提供できる何も持っていません」


 その警戒の眼差しはカタスタスの頭巾の奥を見出そうとしている。


「親子か? そう警戒するな。娘にも話したがただの旅人だ。行商しながら旅をしている魔法使いだ。必要なら商いもしよう。不要なら里の方向を教えてくれ。すぐに去ろう」


 母親は里のあるらしい方向を指さす。去り行こうとするカタスタスを娘が呼び止める。


「おじさんが売ってるのって魔法? 物々交換には応じてくれる?」

「ああ、交渉次第だが」


 母の名は大きな器(ザレー)といった。

 ザレーの方はあいかわらず苦い顔をしているがエグゾラの方は興味津津でカタスタスの鞄を見つめている。家には入れてくれそうにないのでその場で商品を広げた。エグゾラが商品を覗き込むと、カタスタスは圧し出されたように一歩下がり、屈む。


 大半は素朴なお守りのようなものだ。様々な測量器具もあるが、母子が代わりに提供できるものなどないだろう高価なものだ。

 エグゾラはカタスタス同様に屈み、丹念に魔法の品を眺めるが、ザレーの方はいつでも娘を引き剥がせるようにすぐ後ろで構えている。


「あとは測る仕事なら何でも請け負おう」カタスタスは気まずい空気を払拭したくて場違いな営業話を切り出したのだった。

「測る仕事?」とエグゾラ。

「ああ、距離、面積、体積。地質や水質。気温、湿度。人間の健康状態。ありとあらゆるものを測れる」

「そんなの売れるの?」


 エグゾラは分からないなりに分かろうとしているようだ。


「売れなくはない。土木工事や建築現場、農耕、牧畜、医療。個人で求める者はあまりいないが。里の者たちになら売れるかもしれんな」

「どうだろうね」エグゾラは広げられた御守りに視線を戻す。「外の人はあまり信用されないし、それに里の人たちは手招きの力を持ってるから」

「手招きの力? それは何だ?」


 長年旅をしてきたカタスタスにも聞き覚えのない言葉だ。


「エグゾラ!」とザレーが叱咤する。「外の人には話しちゃ駄目って言ったでしょう!」

「あたしたちも外の人でしょ!」とエグゾラは憤慨するが、カタスタスは二人がどうして怒っているのかまるで分からない。


 困惑しているカタスタスに気づいたエグゾラが勝手に話し始める。


「近くに隠れ里があるの。手招きの力を持つ人たちの隠れ里。手招きの力っていうのは……見た方が早いかも。ついてきて」


 エグゾラがまるで霧などないかのように飛び出し、ザレーが制止するが止まらない。


「里へ案内してもらった後に私が連れ戻そう」そう言ってカタスタスはエグゾラを追い、霧の向こうへと立ち去る。




 山に囲まれた隠れ里までやってくると歓迎されているかのように霧が晴れた。山々に囲まれた盆地のような僅かな土地にその里は隠れていたのだった。まるで時間が止まったみたいに、幾世代前かまだ人々が深い森に対して慎み深く、開けた野原に対して節度を持っていた古い時代の様式の木造の家々が立ち並んでいる。一方の山から歌うようにささめく清らかな川が流れてきて、控えめに里を巡ったのち、谷の方へと流れ去っている。


 川原では幼い子供たちが水遊びをしているようだった。手足を跳ね上げ水飛沫をあげて、初めて水の清涼さを知ったかのように歓声を上げている。その子供たちをエグゾラが指さす。見ていろ、ということだ。

 エグゾラの言う通り、確かに見た方が早かった。


「あれが手招きの力か」


 子供の一人が川に向かって手招きをした。すると手の中へ魚が自ら飛び込んで来たのだ。それは釣りだったのだ。子供たちは魚を捕っては大きさを品定めし、十分に大きなものを川原に置いていた籠に放り込んでいく。


 次にエグゾラは里の方を指さす。川原沿いに一人の背の曲がった老いた男が歩いていた。その背後には馬のいない荷車が、先を歩いている老人の後ろを追っていた。だが腕を後ろに回しているが手招きはしていない。


「あれもそう。必ずしも手招きする必要はなくて、かざすだけでも少し引き寄せるし、触れたらくっつく」


 カタスタスはその様子を想像し、素直な感想を呟く。


「それは少し面倒そうでもあるな」

「もう一方の手で引き寄せれば力が釣り合って離れるし、使わない時は拳を握ってるよ」


 そう言ってエグゾラはお道化るように掌を見せる。

 二人は木々の香りの吹き抜ける里を巡る。時折視線を向けられるが、エグゾラを連れ立っているおかげか警戒心は薄まっているようだ。

 丁度新しい夫婦のために家を建てている所に遭遇した。槌や鋸は手招きの力で代用できない様子だが、重量物を持ち上げるのは綱を使ったりもしていない。さらには子供までもが手伝っている。どうやら力の強さは年齢とも関係ないらしい。


「いわゆる妖術というやつだな。聞いたこともない力だが、呪文らしい呪文もなければ呪物を使っている様子もない」


 再び川原に戻ってきたところでカタスタスは感想を述べた。


「妖術? 何それ」

「あまり詳しくはないが、体そのものに宿った魔法だ。たいがい術者の意図とは無関係に行使されるのだが、ここでは上手く扱っているみたいだな。里の皆が使えるのか? 君はどうなんだ?」


 聞くべきではない迂闊な質問だったことはエグゾラの表情からよく分かる。エグゾラの視線は釣りをする子供たちに向けられている。


「おじさん、分からないの? 何でも測れるって言ってたけど」

「少し手間がかかるからな」

「じゃあ測ってみて。あたしと里の人を比べてみて」


 エグゾラは何かを期待しているようで、声を少し上擦らせている。

 鞄から鑿を取り出し、近くの平らな石にエグゾラの手を置かせる。その手形に彫り刻み、特別な塗料や手間暇かけて調合した粉末をふりかけ、最後に槌で石を叩き割る。カタスタスはじっくりと石を眺める。塗料の色合い、粉末の分布、断面に入った模様、亀裂の流れ、そこにエグゾラのエグゾラも知らない情報が表れている。


「君は十二歳か。一か月と十二日前に誕生日を迎えたのだな。おめでとう」


 カタスタスが言い当てて、エグゾラは驚く。その後も、身体的精神的特徴を言い当てる。身長や体重はエグゾラにも言い当てられているのか分からなかった。擦り傷や切り傷の位置を言い当てられた時ははにかんだ。


「そして確かに……」カタスタスは言い淀む。

「そう。あたしは手招きできない。お母さんもそう。お父さんは外から来た人だし」




 カタスタスは里での商売を試みたが、上手くはいかなかった。いきなり追い出されるということもなかったが、どうにもすぐには信用できないというわけだ。顔すら見せない魔法使いとあっては信用する方が難しいというものだろう。


 その日は一先ず退散するにしても宿などないこの里でエグゾラが寝床を提供すると申し出てくれた。とはいえ、それなりに役に立つ魔法と引き換えの物々交換ではあるが。


「ねえ、おじさん。外には手招きの力を持っていない人がいっぱいいるんでしょう?」


 再びエグゾラの家であるところの小屋へ戻る道中のことだ。まだ煙っているが山中を彷徨っていた時に比べればかなり見通しが良くなっていた。


「ああ。というかここに来るまで見たことがない」

「あたし外に行きたい。ここではどうしたって幸せにはなれないよ!」

「里の者たちに迫害されているのか?」


 里から離れた小屋で暮らしている意味については想像していたが、里での嫌な視線はもっぱらカタスタスに向けられていた。


「そんなことはないけど。お父さんはちょっと煙たがられてたけど、同じく煙たがられてたお母さんとくっついたから厄介払いしてくれて助かったって、言ってたけど……」


 誰に言われたかは聞くまいとカタスタスは心に秘める。エグゾラの涙声に胸が締め付けられる。

 エグゾラとザレーの家が見えてくる。


「ならば幸せになれないということはないだろう。どんな仕事でも手招きでどうにかなる、というわけではなかろう。お前にできることをすればいい」


 しかしカタスタスの助言はエグゾラに響かないようだった。


「あたしは許せないの! 母さんを! 手招きの力を持たない二人の子供だよ! 当然力を持たずに生まれるに決まってる! そんなこと分かり切っているのにあたしを生むなんて。お願いおじさん。あたしも外で生きたい。手招きの力がなくても生きられる場所に連れてって」


 外に出たからといって幸せになれるわけでもない。手招きの力を持たない不幸な人間は外にも山ほどいるのだ。が、それらを事細かく説明しても仕方ない。


「悪いが、そんな義理はない。それに母を見捨てる気か? とてもお前について来そうにはなかったが」

「それは……。でも、あたしは……」


 父母を恨んでいる様子だったが、情が枯れた訳ではないらしいと分かり、ひとまずは安心する。

 そこへ丁度エグゾラの母ザレーが家から出てきて二人を出迎えたが、エグゾラは何も言わずに家に飛び込んだ。




 いくつかの素朴な魔法を提供し、ついでに家事も手伝い、日が暮れて、必要もないが横になろうとしたその時、ザレーに声をかけられる。深刻な顔でカタスタスと向き合う。エグゾラはもう床に入って寝息を立てている。


「お願いがあります。カタスタスさん」ザレーは神妙な面持ちで切り出す。

「まさかとは思うが、エグゾラを連れていけと言うんじゃないだろうな?」


 ザレーは王に対するように深々と頭を下げる。


「お願いします。親としての私の力不足は重々承知しています。それでも娘には幸せになって欲しいんです」

「いや、力不足という話ではなくだな。今日出会ったばかりの魔法使いをどうして信用できる。どうかしているぞ」

「あなたも私に似ていると思いました。臆病で、近づけなくて、でも立ち去ることも出来ない」


 カタスタスは虚を突かれた様子でしかし答えず、話を戻す。


「……このような生活、と思っているかもしれんが、旅というのは少なからず命懸けだ。幸せなど、保証できん。貧しくとも生きていけているだけましというものだろう」

「私も夫に救われたんです。外から来た夫に……」

「だから娘も、と? 験担ぎみたいなものではないか。冷静になれ」

「お願いします。どうか、お願いします。あの子は物覚えの良い働き者です。損はさせないはずです」


 縋り付かん勢いで懇願され、カタスタスも折れる。


「分かった。分かった。だが何も約束などできんぞ。ただ飯を喰らわせるつもりもない。弟子兼従者として旅に連れ回す。良いんだな?」

「はい。お願いします」




 確かにエグゾラの物覚えはよかった。飢えた犬のように知識と技術を喰い尽くし、カタスタスの知るあらゆる測定の魔術を身に着けた。そして、たったの三年後には一人で仕事を任せられるまでになった。高低差の大きな川岸に架ける橋の建設のために神殿に雇われ、荒波のような勾配の平野を渡る街道の敷設のために王宮に雇われた。その上、カタスタスは思いもつかなかった仕事として、人を測定し、相性を検討することで結婚の世話人までするようになった。エグゾラを仲人とした夫婦は誰もが円満な生活を送っている。完全な人の姿に化けられないカタスタスに比べればエグゾラはずっと上手く生きている。


 さらに二年が経ち、旅立ってから五年後のある日、カタスタスはエグゾラを免許皆伝とすることに決める。実のところ全てを教え切ったわけでもないが、独り立ちするには十分のはずだった。

 二人が借りていた家は十分に大きく、貯蓄まである。エグゾラ自身が結婚してもいいし、必要なら母を連れてくるのもいい。一方でカタスタスは旅に出たかった。エグゾラと出会う前よりずっと多くの人々と交流を持ったが、それでも一人が性に合うようだった。


 その話をしようと家で待っていたが、仕事から帰って来たエグゾラは少し様子がおかしかった。いつもと違って少し機敏で、かと思えば突然上の空になる。気持ちが高ぶっている様子だ。


「恋でもしたか?」とカタスタスはが尋ねるとエグゾラは頬を染める。

「カタスタス様、あたしのことを測定したんですか!?」

「見れば分かる。お前も長く旅をして、この街に来てからも沢山の人と出会っただろう。手招きの力、いや、妖術自体持っている者の方がずっと珍しい。それでもみんな何とかかんとかやれているものだ」

「ええ、そうですね」エグゾラは少し寂しそうに微笑んで相槌を打つ。

「どんな男なんだ?」


 エグゾラはくすくすと笑う。


「父さんみたいですね」

「たったの五年だが、お前の良い人生を願う程度には情もある」

「ええ、ごめんなさい。ありがとうございます」と謝ってから一拍置いてエグゾラは嬉しそうに話す。「実は世話人の仕事で誰か相性の良い人を紹介しようとしていたんですが、……つまり、口説かれてしまって」


 カタスタスは腕を組んで続きを待つ。相手の男を測定(・・)したらエグゾラは怒るだろうか、などと考える。


「悪い人ではなさそうでしたけど、初めは興味ありませんでした。自分の好み、というのもよく分かりませんでしたし、それに少し軽薄そうな、いえ、最初は、でも明るくて朗らかな性格というか。でも、そう、自分でもよく分からなくなってしまいまして。だから、その、よくよくその人を測ったら、手招きの力を持っていたんです」


 どこへ転がるのかと身構えていると思いもよらぬところへ飛んで行った。


「ほう。あの里から出てきたのか?」

「いえ、彼の話によるとあの里を出たのは父親だそうです。その人はこの街で育ったらしくて」


 ()を語るエグゾラは一人で仕事を任せられた時以来の昂揚ぶりだった。




 エグゾラとその恋人花林(ホートン)、二人の恋はとんとん拍子で進展した。まるで父のように見極める、ことはしなかった。必要ならエグゾラ自身にできることだ。免許皆伝の話も旅に出る話も保留にしていたが、二人が婚約となった際に祝福と共に全てを伝えた。


 そうしてカタスタスが旅に出たのが五年前のことだった。ザレーとエグゾラの母子に出会って十年。カタスタスの旅路に差して変化はなかったが、しかし歩みはずっと軽くなっていた。


 久々にエグゾラの住む街の近くへやって来た時、エグゾラとその夫ホートンに挨拶しようと思い立ち、家を訪ねた。二人は街でも評判の魔術師となっていた。エグゾラの測定の魔術もホートンの手招きの力も夫婦と街の人々を幸福にする強い力となったのだ。昔以上にその魔術を重宝され、街の人々の感謝に比する豪邸を築き上げていた。


「カタスタス様、お久しゅうございます」


 エグゾラとホートンに出迎えられ、久々にカタスタスは人の温もりを感じた。少し言葉をかわすことさえ、親しい物と他人とでは肌触りが違って感じる。

 豪邸だけではない。夫婦の振舞い、身なり、言葉遣い。隠れ里の外れで出会った頃とは比べ物にならない恵まれた生活を送っているだろうことがよく分かる。枯れ木のような痩せっぽちだったエグゾラは艶やかな肌でふくよかになった。そのうえ、子宝に恵まれていた。


 豪邸はしかしそれでも少し手狭な様子だった。夫婦はエグゾラの母ザレーと幾人かの召使い、さらにはエグゾラの弟子と共に生活をしているのだった。言うなれば孫のようなものか、とカタスタスは思いついたが、しかし孫のように可愛がるにはその魔性は照れ屋に過ぎた。

 エグゾラは夫と母と共にカタスタスを歓迎してくれ、急な訪問にもかかわらず召使いと弟子を総動員して宴を開いてくれた。儲け話に惚気話、二人の幸福は語り尽くせない様子だった。


 しかしカタスタスは何かが気になった。エグゾラの夫や母ザレーに比べるとエグゾラは宴の間中どこか気もそぞろだった。表面的にはいつもと変わらない。いや、常人にとっては、だ。カタスタスにかかれば測定の魔術を使うまでもない。


 宴をお開きとし、やはり必要もないのに横になろうとしたが、やはりエグゾラの様子が気になった。どこか思い詰めているようにも思えたのだ。十年ぶりだ。思い過ごしだろう、とも思ったのだが、確かめてからでも遅くはない。測定は正しくとも解釈を間違えることはあるのだ。


 宴の片づけをしている召使いに夫妻の居場所を尋ねると、旦那様(ホートン)の方は酔いを醒まそうと夜気に当たり、奥様(エグゾラ)の方は倉庫へ向かったと聞く。このような時間に何故倉庫に用があるのかは召使いも知らなかった。


 嫌な予感に後押しされ、カタスタスは屋敷の中心の辺りにある倉庫へ飛び込む。一見誰もいないのに燭台に火が灯っている。すぐに棚の陰で何かを呑もうとするエグゾラを見つけた。

 カタスタスは慌ててエグゾラを取り押さえて、呑もうとしたものを取り上げた。それは墓石を削るという石割り苔を煎じた薬、妊婦が呑めば堕胎を促す毒薬だった。


「何故だ!?」カタスタスはそれ以外の言葉が思いつかなかった。


 ぽろぽろと涙を流し、嗚咽するエグゾラを見てカタスタスは冷静さを取り戻す。エグゾラを踏み台に腰掛けさせ、その震える背中を撫でる。


「一体何があったんだ? 事情を聞かせてくれ」

「不安だったんです」エグゾラはぽつりぽつりと語り始める。「だから腹の子を測定しました。ちゃんと幸せになれるのか、不安だったんです。そしたら手招きの力を受け継いでいなかった」


「だが夫の子なのだろう?」

「それはもちろんです! 疑うならばカタスタス様も調べてください!」

「いや、疑っているわけではない。必ずしも手招きの力を子が受け継ぐわけではないのだろう。それがどうしたというのだ」

「だって、これじゃあこの子は幸せになれない……」


 何を馬鹿なことを! と怒鳴りつけたかったカタスタスだが何とか思いとどまる。それだけエグゾラは手招きの力を持たないことで劣等感を抱いていたのだろう。


「必ずしも生まれ持った力だけが幸せの道ではないだろう。それはお前自身が証明したはずじゃないか。今の生活は幸せなのだろう?」


 エグゾラは涙を流しながら何度も頷く。


「だけど、だけど、あたし、ずっと母さんを恨んできた。あたし、手招きの力を持たないだろうあたしを産んだことを……」エグゾラは首を横に振る。「でも違う。母さんは測定できないんだから確信はなかったんだ。母さんは里の子だから祖父母から一つ飛んで手招きの力が受け継がれるかもって考えてたんだ。でもあたしは違う。もう知ってる。この子は手招きの力を持ってない。ああ……」


 カタスタスは慰めの言葉を思いつかず沈黙に呑まれる。エグゾラはかつて自身が母にぶつけた言葉によって呪縛されてしまったのだ。そしてまだ見ぬ我が子からも。


「馬鹿なことを言わないでちょうだい!」と叫んで倉庫に飛び込んできたのはザレーだった。そうしてエグゾラに縋り付く。「あんたが自分を不幸だと思ってようが、あんたに恨まれようが、何だろうが、あんたが生まれた時からずっと私は幸せよ! 酷い母だと罵りたければ罵ればいい! それでも、私は、辛く苦しい生活をするあんたが、ただ生きているだけで幸せなんだ。あんたが生きていればこそ幸せにしてあげたいって思えるんだ!」


 その強い叫びはこれから母になろうというエグゾラにも響いたようだった。倉庫に母子の泣き叫ぶ声が響く。

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