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彷徨える一〇一物語 〜魔法少女って聞いてたけれど、ちょっと想像と違う世界観だよ。外伝〜  作者: 山本航


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『穿つ者』

 罪深き者が炙られるという地獄の如く赤々と燃える街。雲をも焦がす灼熱の炎に巻かれて焼け落ちる塔。石の橋脚を残して燃え尽きる橋。黒ずんだ屋根瓦が雨あられと降り、巨人に蹴倒されたかのように石の壁が崩れる。

 訳も分からず泣き叫び、転がるように逃げ惑う人々。甲高い悲鳴と野太い怨嗟の声。苦痛に喘ぐ鈍い声。


 どこからか赤熱する鉄の槍が飛来し、大きく弧を描いて石畳に深々と突き刺さる。次々と間断なく火の槍が降り注ぐ。神の鉄槌さながらの激しい破裂音が轟く。

 人々は次々に斃れる。渦巻く火に焼け爛れ、崩れた建造物に押し潰され、何よりその多くが槍に穿たれて命を落とした。女子供も容赦なく、命乞いにも慈悲はなく、折り重なって死んでいく。叫喚の途絶えた肉体が黒く焦げ、今際の痛苦に耐えかねる形相で燃える天を仰いでいる。


 一人の男が街を走り抜けていた。上等で、かつ使い込まれ、炎に照る皮鎧に身を包んだ男だ。老境に差し掛かってはいるが、若い時分に鍛え上げた肉体は衰えを知らない。灰をかぶったような髪、猛禽の如き鋭い眼。そして柄から鋭い穂先までが一体の赤熱した槍を握っている。


「親父さん! 助けてちょうだい! 夫と娘が!」


 燃える家の前で(くずお)れた女が、近くを通りかかった老境の男に訴えかける。もはや建物は崩れ、中で生き永らえている者はいないだろう。

 男は無言で女に近づき、躊躇なく槍を振り下ろす。そうして悲鳴さえあげることなく倒れた女のもとを後にする。


 男は歯を食いしばって通りを走る。生きた人間を見つけると、隆々とした腕を振り上げ、筋張った手に握る赤く燃える槍を振り下ろすと同時に解き放つ。流星の如く槍は飛んで行き、逃げ惑う人々を無慈悲に貫いた。無辜の死に様に一瞥もくれず新たな獲物を求めて走り去る。


「おい! あんた! 親父さん! どうしちまったんだよ!」


 一人の薄汚い格好をした若い男が老いたる男の背中に叫ぶ。槍を握る虐殺者は振り返り、品定めするように若い男を睨みつける。若い男はその眼力につい怯むが臆せず怒鳴る。


「何であんたが!? 俺みたいな賊にさえ悔悟の機会をくれた、赦してくれたあんたが! こんなひでえことをするんだ!?」


 しかし街を滅ぼさんと弑逆の限りを尽くす男は若者の訴えに耳を貸すことなく去る。

 不埒を働いているのは一人ではない。殺しも火付けもしていないが、盗みを働いている者は山ほどいた。そういう者たちに限って、槍で貫かれることはなかった。


 それからどれほどの屍が積み上げられたことだろうか。炭と灰になった街の火勢すら弱まり始めた頃、街で正義と慈悲を求める者はいなくなった。男は灰積もる家々の屋根を走り抜け、炎も気に掛けず物見の塔によじ登り、血と炎の街を眺望し、丹念に罪なき生き残りを探したが最早抵抗する者も逃げ出す者もおらず、ただ火事場泥棒だけが滅びゆく街をうろついていた。


 男は一人、塔の上で槍を構えると、「赦してくれ」と呟いて、己の頭を貫いた。




「こんなところにいたのか。穿つ者(ヒンドロ)君。探したよ」


 鎮火した街を眺める物見の塔の頂に一人の男がやって来た。自死した男より一回り大きく、着物は襤褸で、しかしうらびれた格好に見合わない豪奢な装飾品を身に着けている。無精髭に胡乱な双眸は堅気ではないことが分かる。


 虐殺者の屍は深く刻まれた皴に涙を流していた。ヒンドロはただ静かに滅んだ街を見つめていたが、ならず者が塔を上って来たことに気づくと我を忘れたように叫び、頭に槍の刺さったまま飛び掛かる。


「動くな。ヒンドロ君」


 その一言でヒンドロと呼ばれた男はぴたりと立ち止まる。しかし怒鳴り続ける。


「殺す! 殺してやる! その汚え顔を潰して肥えた肉を引き裂いてやる! 生まれたことを後悔させて、死を希わせてやる! 必ず! 必ず! 必ず! 親父の苦しみ以上のものを味わわせてやる!」

「まあ黙れ。ヒンドロ君」と男が命じるとヒンドロは黙る。「恨みはもっともだが、君に自由はやって来ない。見たまえよ、この景色」


 男とヒンドロは物見の塔の手すりの向こうに広がる凄惨な光景を眺める。


「噂には聞いていたが想像以上だ。君を遊ばせていたこの街の連中は阿呆だな。ただ四六時中賊を殺し続けるように命じれば安穏とした生活が約束されたものを。君が親父と慕っていたその男の無能さが招いた事態だよ、これは。ともかく、これからは略奪の尖兵として大いに利用させてもらう。気張りたまえよ」


 そこへ更に若い男がやってくる。火に燃える街の中、ヒンドロに道義を訴えながら見逃された男だ。青い顔で二人の男を見比べる。


「首領。ご無事でしたか。俺も何でか見逃されて、助かりました」

「ああ、生きていたか」首領と呼ばれた男は手下の男を抱き寄せ、励ますように背中を叩く。「俺に感謝すると良い。街の人間(・・・・)を皆殺しにしろ、と命じたお陰で助かったんだ。私からお前にも感謝しなければな。拷問に耐えて私の計画を黙っていてくれてありがとう」

「いえ、俺はこのことは知らなかったんです。拷問もされてません」

「おや、そうだったか? まあいい。どちらでもな。計画は成功したのだから。臭い飯は飽きたろう。収穫に行こうじゃないか」


 階段に向かう首領に手下の男は頭を下げる。


「ええ、ありがとうございます。その、そいつは?」

「ああ、そうだな」首領は振り返るとヒンドロに命じる。「ヒンドロ君は念のために見張りでもしていてくれ。街に近づく者がいれば殺せ。とはいえ、伝令の一人も取りこぼしちゃいないからな。誰が来ることもなかろうよ」




 焼き尽くされ、破壊しつくされた街をヒンドロは見つめる。古の神々と巨人族との戦にもこれほどの凄惨な光景は語り伝えられていない。倒れずに済んだ神を寿ぐ塔が罪なき者たちの血飛沫で染められ、その威容を誇示するだけで気性の荒い蛮族を山向こうへ追い返した英雄の青銅像が打ち倒されている。


 全て賊の首領に命じられた魔性ヒンドロがやったことだ。得体の知れない存在にも優しく接してくれた街の人々を刺し貫き、己の槍の技術を伝授してきた若者たちを焼き殺したのだ。


 何の変哲もない当たり前の日を迎えたはずが、突如失われ、時間も空間も隔てた先で殺戮を始めてしまった。それも大恩ある男の体を突き動かして、非道の限りを尽くした。

 ヒンドロは怒りに震え、ただただ首領とその手下たちの死を望んだ。


 そして再び突然に目の前の景色が移り変わった。




「動くな」と先ほどの三下の賊に命じられる。


 景色が移り変わって、宿る体も変わった。ヒンドロは塔の中腹辺りにいて、憎き仇の体に宿っている。しかしまるで何事もないかのように、賊の声など聞こえないかのようにヒンドロは繰り返し繰り返し呪いの言葉を吐き続ける。


「お前にとっても親父さんは恩人だったって聞いたことがあったよ。こんなことになっちまって……。俺も思いは同じだ。さあ、お前のやりたいようにやってくれ、ヒンドロ」


 するとヒンドロは首領の肉を蠢かし、骨を軋ませて変形していく。頭から四枚の赤い翼が生え、二本の腕は肘で枝分かれし、四本の手に三本の槍が握られる。それぞれ毒液と瘴気を吹く槍、禍々しく枝分かれした棘の槍、大木の如き巨槍を軽々と持ち上げる。背中には炎の外套(マント)を纏い、両足は華奢な紅鶴(フラミンゴ)の如きそれになる。


 手下の隣を通り抜け、再び階段を上って恩人の元へと参じる。ヒンドロは暴れ馬のように嘶くと苦痛に呻きながら恩人の頭に刺さった槍を引き抜く。四本目の槍は赫々と灼熱する。


「そっか。そうだよな」

 それがヒンドロを解放した賊の最期の言葉だった。


 ヒンドロは油に塗れていたかのように燃え上がる手下の屍を物見の塔から放り捨てると身体の芯まで震え上がらせる恐ろしい叫びを街にいる全ての者たちに聞かせる。


 日が傾くも変わらず空は雲に覆われている。街を焼き尽くした炎は消えてもヒンドロの心は怒りに燃え上がっていた。悲しみさえも穿たれて、火焔の如き憎しみと泥沼の如き恨みがヒンドロの魂を鞭打っている。


 槍持つ怪物は塔から飛び立ち、何が起こったのかと振り仰ぐ賊たちに災いを体現した四種の槍を降らせた。燃え上がる火焔の槍が再び街に火をつける。醜悪な毒と瘴気が逃げ惑う者たちを冥府に引きずり込む。殺意が形を成した棘の槍は人間を肉片に変え、巨槍は無慈悲に圧し潰した。放たれた四種の槍は誰かの命を摘む度に一人でにヒンドロの手の内へと戻っていく。


 ヒンドロは叫ぶ。怒りと憎しみと恨みを以て賊共を殺して回る。火と毒を振るい、屍を積み上げる。

 辛うじて形を保っていた鐘楼が、神殿や兵舎や貯蔵所が完膚なきまで破壊される。熱風が旋風となって炎と血の臭いを撒き散らす。赤い炎が柱になって濡れた雲を焦がす。苦痛と絶望の声が煮詰められ、末期の街が鳴いているかのように震える。


 幾人か、腕に覚えのある賊は空を舞う怪物に矢を射かける。しかし火炎の槍が飛ぶ矢を焦がし、射手は臓腑をも焼く熱に身を反らして呻く。火が肉を焦がし、骨を炙る。流した涙を乾かし、血を蒸発させる。


 俺が悪かった、赦してくれ、とヒンドロの魂に訴えかける者がいたが槍の怪物は少しも手を緩めなかった。


 魔術に通じる者は懐に隠していた呪いを起こし、空を舞い飛ぶ怪物に(けしか)ける。しかしヒンドロの投げた棘の槍は呪いをも貫き、術者を抉る。賊は叩きつけられた蛇のようにのたうち、更なる追撃に息の根を止められる。


 頼む、もうやめてくれ、仲間を殺さないでくれ、と泣き叫ぶ者がいたが、怪物ヒンドロは耳を貸さない。


 戦意も敵意も失って逃げ惑う賊を毒液と瘴気の槍が追う。最後の生き残りの賊共は胃と肺から赤黒い血を吐き、倒れ、もはや藻掻く気力さえ失って命の灯火が吹き消される。


 分かった、早く殺してくれ、と何もかもを失った者が心の内で無力に吐露する。


 ヒンドロは慈悲深い巨槍を構え、しかし何者をも貫かず、その巨体は膝をついた。酷使の余り、人間の肉体の限界を超えたのだった。その奇妙な怪物の肉体はヒンドロの仇の姿へと戻る。


「赦すも咎めるもない」首領の体はただ微かに、絶え絶えに息をするばかりだった。「誰がどうすれば俺を宥められるというんだ」


 ヒンドロは巨槍を己の、仇の腹に突き刺した。そしてようやく皆のために、自分のために涙を流した。

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