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彷徨える一〇一物語 〜魔法少女って聞いてたけれど、ちょっと想像と違う世界観だよ。外伝〜  作者: 山本航


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『爆ぜる者』

 冬を見送って緑に光り輝く丘の向こうから緩やかに流れてくる小川と競い合うように、小さな兄妹が走っている。歓声のような流れに、急き立てるような水飛沫が立つと昼の光が反射して、細やかな幸いを幼い子供たちにもたらした。


調和(フィーア)のせいで昼が過ぎちゃったじゃないか」と兄の詩人(スプード)が妹を責める。「計画を修正しなくちゃいけないぞ」


 スプードは羊のように捻じれた茶色の髪でそばかすの乗った少年だ。背筋を伸ばし、腕をよく振って元気に走っている。


「スプードがお母さんのお手伝いをするって言うから、もうちょっとかかると思ったんだもの」


 黒い髪に赤い頬のフィーアの方は猫背気味で、腕を振るどころかまるで祈りを捧げるみたいに手を組んで走っている。


「だったら大人しく待ってればいいだろ。何してたんだよ」

「おばあちゃんを見送ってたの。途中まで荷車を押す手伝いをしてて、それでどんな花が好きか聞いたの。私は喇叭水仙が好き。だけどおばあちゃんは変わり者だから大きいお花ならなんだって好き、だって。大きければ大きいほどね。そしたら――」


 スプードは急に止まり、フィーアは兄の背中にぶつかる。スプードは幼気な丸っこい顔で、それでも兄の威厳を示そうとできる限り厳めしい顔を作る。


「どんな花が好きか聞いたって? よりによっておばあちゃんに? 秘密って言っただろ。計画が台無しじゃないか」

「言ってない。秘密なのは花を贈ることでしょ。それは話してない」

「同じだよ。そんな質問したら僕たちが何を贈ろうとしているか分かるに決まってる」


「じゃあやめる? 私が言ったみたいに綺麗な石にする? 森のところの河原に――」

「石なんて欲しがるわけないだろ。もう花って決めたんだ。沢山の花だ」


 スプードはもう一度走り出し、フィーアが追いかける。

 春を迎えた村や丘や森には様々な花が咲いている。森の奥にひっそりと咲く喇叭水仙、生垣でも見かける星型の牡丹一華(アネモネ)、湿地に群れる金盞花(マリーゴールド)。他にも様々だ。誕生日を迎える祖母のために兄妹はあちこちで花を摘んで贈るつもりだった。


「ほら、急げ。時間がないぞ」とスプードは妹を急かす。「あちこち回らなきゃいけないんだから」


 妹は頷くが兄の背中に目はついていなかった。


 年を召してなお朝から晩まで二人の祖母は働いている。菜園の面倒を見たり、蓄えた羽毛を売りに行ったり。それは誕生日でも同じだった。だからお祝いは日が暮れてからで、それまでに村のあちこちで花を集める計画だ。


「ねえ、世界で一番大きい花ってどれくらい大きいの?」と小さな妹が尋ねる。

「世界一かどうかは知らないけど、お皿くらいの大きさの花は見たことがあるな」と小さな兄が答える。

「雲くらい大きな花はないのかな」

「そんなのあるわけないだろ」


 最初は森に群生する青風鈴(ブルーベル)。まるで青い絨毯のように沢山咲き乱れることを兄も妹も知っている。木々の間から深い青い色が出迎えてくれるはずだった。

 しかしどこにも見つからなかった。去年もその前の年にも咲いていたはずの場所に一輪たりとも咲いていない。


「何でだ? 咲いてないはずがないのに……」スプードは木々の間を駆け巡り、可憐な青の花を探し求めるが、やはり見つからなかった。

「どこに隠れちゃったのかなあ」とフィーアが暢気に呟く。

「花が一人でに隠れるわけないだろ」とスプードが刺々しく呟く。


 しかしまるでかくれんぼでもしているみたいに二人は花を探していた。


「光ってくれたらいいのに。火みたいに」

「光る花なんて聞いたことないよ」

「燃える花は?」

「燃える花も」


 結局青風鈴(ブルーベル)は一輪も、花弁の一片たりとも見つからなかった。その代わり兄妹は奇妙なものを見つけた。石でできた蜥蜴のように見えるが、首も手足も尻尾も太い。それが仰向けになって寝息を立てている。


「見つかった?」と駆けて来たフィーアが石蜥蜴で躓いて転んだ。


 石蜥蜴は苦しそうに呻くと、のそりと起き上がり、人間のように二本足で立ち上がる。尻尾も支えに使っている。


「一体なんだ? 私を蹴ったのか?」石蜥蜴の野太い声は兄妹を震え上がらせるのに十分だった。「寝ている者を蹴るとはどういう了見だ?」

「ごめんなさい」とフィーアは素直に謝る。「ただの石ころだと思ったの。痛かった?」


 わざと蹴ったらしい。


「痛くはないよ、お嬢さん。私が頑丈だからね。しかし注意した方が良い。お嬢さんの方こそ怪我は無いか?」

「無いわ。私はフィーア。こっちは兄のスプード。蜥蜴さんの名前を聞いてもいい?」

「ああ、いいとも。私は爆ぜる者(エクリカント)。古くは長髭王の時代からこの辺りの丘で知らぬ者はいなかった轟音と閃光の……」


 エクリカントは急に黙り、辺りを眺める。


「ところで蜥蜴さん」フィーアはエクリカントの彷徨う視線を覗き込む。「青風鈴(ブルーベル)を知らない? 光らないけど綺麗な青い花なの。本当なら森一面に咲いているはずなんだけど」

 石蜥蜴のエクリカントはより一層声を低める。「そうだ。青風鈴(ブルーベル)だ。青風鈴(ブルーベル)がない! どこに行った!?」

「僕らも困ってたんだよ」スプードもようやく口を開く。「青風鈴(ブルーベル)が根こそぎ無くなっちゃって。必要なのに」


「根こそいだのは私だ」エクリカントは悪びれもしないで明かす。「私が昨晩からかき集めて……、君たちも青風鈴(ブルーベル)が必要なのか?」

「そうよ。私たちのおばあちゃんにお花を贈るの。大きなお花を沢山ね。青風鈴(ブルーベル)は大きくないけど、青風鈴(ブルーベル)だけじゃなくって他にも沢山」


「そうだ。他にも沢山だ」とエクリカントは叫ぶ。「この村中の花をかき集めたんだ! それなのにない!」

「待ってくれよ」スプードはエクリカントを睨みつける。「根こそぎ全部? 欲張りすぎやしないか。僕らにも必要なんだ」


 エクリカントがじろりと兄妹を見つめる。「君たちにも必要? つまり花が必要でこの森に来て、私がかき集めた花の山を見つけたという訳だ」

「見つけてないわ。初めから無かった。まるで咲いたことないみたいにね」とフィーアは反射的に反論する。「あなたがそう言ったんじゃない。根こそいだって」

「だからそれをここに置いておいたんだ」とエクリカントはさっきまで寝ていた場所の隣を指さす。「ここに全てがあった。村中全ての花が」

「だから僕たちが来た時にはそんなもの無かったんだよ」

「嘘をつけ! 君たちが盗んだんだろ!? 許さないぞ」


「そうだとしても全部根こそぎ花を摘んだ君だって泥棒のようなものじゃないか!」とスプードもエクリカントを責める。

「自白したな! そうさ! 今この村で花を持っていたのは私だけなんだ。今花を欲している者は私から盗むしかないんだ」

「だから盗んでないって言ってるだろ!」

「うるさい!」という怒鳴り声が掻き消えるほどの爆ぜる音がし、閃光に包まれたかと思うと近くの木が倒れた。幹の真ん中から折れ、切断部は燻って白い煙を吐き出している。辺りに焦げ臭いにおいが漂う。

「このエクリカント様から物を盗むなんて大それた子供たちだ。だけど私は子供にも容赦しないぞ。さあ、花を返せ。でないと次は君たちがああなるぞ」


 エクリカントは焦げた木を指して脅す。


「蜥蜴さん。魔法使いなの? それなら花を咲かせる魔法は使えないの?」とまだ皮肉を知らないはずの妹が尋ね、スプードは気をもむ。


 やはり癇に障ったらしいエクリカントが指の間に火花を散らしてフィーアの方へと向けた。

 兄は妹の手を取って森の奥へと駆け出した。爆発音が聞こえ、エクリカントの怒鳴り声が聞こえる。しかし石蜥蜴は子供たちよりもずっと足が遅くて、二人はすぐに追っ手をまいてしまった。

 木の陰に潜み、エクリカントの声が遠いことを確認して、二人の兄妹は息をつく。


「酷い濡れ衣だ。何の証拠もないのに」スプードは悪態をつく。

「蜥蜴さん。エクリカントって言ってた?」とフィーアが耳を疑っている。

「何度も言ってたよ。フィーアはもう少しひとの話を聞いたらどうだ?」


「悪戯妖精のエッキーじゃない?」

「知らないよ、そんなの。誰に聞いたの?」

「おばあちゃんに聞いた。おばあちゃんがまだ子供だった頃に村でぼや騒ぎを起こしたり、大岩を粉々にしたりする悪い妖精が出たって」


「ああ、その話は聞いたな。妖精なんて言ってた?」

「言ってた。人を驚かせるのが好きで、おばあちゃんも何度も驚かされたって言ってた。でも飽きちゃったみたいでしばらくしていなくなったって」


「そいつがまたやってきたんだな。花を根こそぎ奪ったのも村の皆を驚かせるためってことか」

「どうする? スプード。やっぱり綺麗な石にする?」

「花だって言ってるだろ。おばあちゃんは花が好きなんだから花なんだ。あいつが集めた花が村のどこかにあるはずだ」


「大岩を粉々にできるならお月様を粉々にすることもできるのかな」フィーアの視線は梢の間に覗き見える昼の月へと向けられていた。「そしたらお花みたいになるかも」

「あいつに余計なこと言うなよ。本当にできたら大変なことになる。そんなことより、このままじゃ僕たち殺されちゃうぞ」


「殺しはしないさ」エクリカントの声が聞こえたかと思うと太い石の腕がフィーアの細い腕を捕まえた。「花を返してくれたらな」

「妹を離せ!」スプードがエクリカントに飛び掛かるも軽々と突き飛ばされる。

 苛立ちつつエクリカントが繰り返す。「花だよ、花。花を返せ。あれは大切な贈り物なんだ」


「誰に贈るの?」とフィーアが尋ねる。

「小さな女の子さ。君と同じくらいのね。最愛の人(ランネア)っていう子だ。知ってるか?」

「この村でランネアは一人だけ。私たちのおばあちゃんよ」

「おばあちゃん? もうそんなに経ったのか。だがあの子の孫だとしても盗みは許さないぞ」


 エクリカントの短くて太い指の間でばちばちと火花が散る。


「待ってくれ」とスプードは懇願する。「僕たちもおばあちゃんに花を贈ろうと思ってたんだ。だからもう、意味はないんじゃないか? 僕たちが盗んだのだとしても贈られるのはおばあちゃんだ」


 濡れ衣は濡れ衣だが、殺されないのが優先だ。


「それはそうか」エクリカントがフィーアを離す。「でも、それじゃあ、お前たちからランネアに花を贈ってくれるか?」

「盗んだのは私たちじゃないって言ってるでしょ」とフィーアが掴まれていた腕をさすりながら悪戯妖精のエッキーを責める。


「それじゃあどうするというんだ。私はランネアを驚かせると約束したのに」

「おばあちゃんは悪戯妖精に驚かされたんじゃなかったのか?」と兄が妹に尋ねる。

「おばあちゃんはそう言ってたよ、たしかに」とフィーアは保証する。

「ランネアもそう言ってた」とエクリカントが保証する。

「どっちだよ」とスプードは言わずにいれなかった。


「少なくとも見た目には驚いているようには見えなかった」

「おばあちゃんはのんびり屋さんだものね」

「感情の乏しい子だったな」

「そうかな」とスプードは蜥蜴の妖精に否む。「嬉しい時は喜ぶし、悲しい時は落ち込むぞ」

「それにおばあちゃんも悪戯好きだよ」とフィーアは付け加える。


「そうなのか? 変わったんだな」とエクリカントは寂し気に呟く。「よく驚いてるか?」

「驚いてるかどうかはどうだろう」と兄が首を傾げると「どうだろう」と妹も首を傾げる。

 エクリカントは遠い過去を見つめて語る。「いつか本当に仰天させてやるって約束したんだ」


「お空にお花を咲かせられたら天を仰げるのにね」とフィーア。

「だからそんなことできるわけないだろ」とスプード。

「私は爆発の魔法しか使えないんだ」とエクリカントは悲し気に呟く。「花を咲かせる魔法が使えればランネアを驚かせられたのだろうか」


「できないことを言っても仕方ないだろ」とスプードは落ち込む悪戯妖精を励ます。「誰にも天を仰ぐような巨大な花を咲かせることなんてできない。大体もうじき日が暮れてしまうよ。真っ暗な夜空に天を仰ぐような巨大な花を咲かせることなんてもっとできないよ。真っ暗で見えないしね。それより盗まれた花を探そう」スプードの現実的な提案に妹と妖精は乗り気にならなかった。「何だよ。言いたいことがあるなら言ってくれ」


「そもそも誕生日なのだろ?」とエクリカントが申し訳なさそうに呟く。「それは知らなかったんだ。祝いの日に驚かすというのもな」


 悪戯妖精が悪戯を遠慮している。


「良いんだよ。驚いて、喜ぶよ。贈り物なんだから」悪戯などしたことのないスプードが悪戯妖精を励ました。

「そもそも驚いて喜ぶかなあ」と飽きてきた時のように地面を蹴りながらフィーアはぼやく。「だって蜥蜴さんの魔法でもおばあちゃんを驚かせられなかったんでしょ? 花をたくさんもらったくらいで」


 スプードとエクリカントが落ち込む。そして三人で地面を蹴りながらぶつくさと言い合う。

 エクリカントが蹴った小石はしばらくして小さく破裂し、散らばった破片が更に爆ぜた。


「できるかもしれない」とスプードが呟く。「真っ暗な夜空に天を仰ぐような巨大な花を咲かせることが」

「まさか、そんな」エクリカントが畏怖の目でスプードを見つめる。「そんなことができるわけが。まさか君は魔法使いだったのか? そうでもなければ真っ暗な夜空に天を仰ぐような巨大な花を咲かせるだなんて」

「もちろん、僕にはそんな力はない。君がやるんだよ、エクリカント」




 家族みんなで夜空を見上げる。祖母、父、母、兄、妹。五人の視線が月と星の彩る夜空を見上げる。兄と妹以外は何を待たされているのか知らなかったし、兄と妹もいつまで待たされるのか知らなかった。だが、その時は来る。


 村のどこかで控えめに爆発する音が聞こえ、次いで火の玉が勢いよく夜空に打ちあがる。それだけでも小さな兄妹の父母はとても驚き、腰を抜かしそうになっていた。しかし祖母のランネアはにこにこと笑みを浮かべて火の玉の行方を追う。


 火の玉は夜空に届くと極彩色の輝きを伴って花開く。まるで喇叭水仙、牡丹一華(アネモネ)金盞花(マリーゴールド)。そして青風鈴(ブルーベル)の如き火の花が夜空を彩る。千古の昔より夜空の主役だった星々もこの夜ばかりは脇役に押しやられ、月は恥じ入るように雲の向こうに隠れてしまった。世の誰も見たことがない夜空の火の花は代えがたい美しさを示したが、父母と村の人々にとっては驚愕と恐怖以外には何も感じなかった。


 しかし小さな兄妹とその祖母だけは悪戯妖精の火の仕事に大変感動し、その光景と得難い胸の高鳴りは生涯忘れられなかった。


「驚いたねえ」とランネアは呟く。「これじゃああたしの悪戯が霞んじゃうよ」


 何のことを言っているのか分からない兄妹を尻目にランネアはそばに置いてある荷車にかけられた布を取り除いた。そこには夜空の輝きに負けず劣らず色鮮やかな花々が詰め込まれていた。

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