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彷徨える一〇一物語 〜魔法少女って聞いてたけれど、ちょっと想像と違う世界観だよ。外伝〜  作者: 山本航


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『処す者』

 都の西方には王城に比しても高く分厚く、何より陰鬱な壁に囲まれた館があり、その土地の半分は草木もない乾いた砂の広場だった。中の様子を知らずとも寄り付く者はおらず、中の様子を知ってなお寄り付く者は腐肉を漁る烏の他には誰もいない。


 暗澹たる曇天の下、石に染み込んだ血の臭いが雨の予感と共に香り立つ。都の誰もが忌避する館の砂の広場の中央には肉塊があった。それも、それだけで、それが牛や豚ならば一人の人間を百年は養える巨大な肉塊だ。赤黒く、生臭い異臭を放って鎮座している。頭も手足もない、ただの肉塊だが、脈打って、生きていた。


 今、その肉塊の前に一人の男が立っている。飾り気のない黒衣でありながら、血の染み込んだ跡が見える。男は肉塊に対して慣れきっており、少しも思うところはない様子だ。

 男はおもむろに腰の剣を抜き放ち、肉に突き刺す。肉塊からは血が泉のように湧き出て、砂を潤すが、しかし瞬時の間に剣の刺さったまま傷は塞がった。男が力を込めて剣を引き抜くと、やはり肉塊は少しの抵抗はあったが容易く引き裂かれ、しかし同様にすぐに元通りになる。

 その不気味な状況を咎めるように湿った微風が吹きつけて、血の香りを運び去る。やがて血の香りを得体のしれない噂と交換し、都にばらまくのだ。


「どうしたというのだ? 城砦(アルバッソス)君。ずいぶん投げやりじゃないか」と尋ねたのは肉塊だった。


 水の中から話しかけるような濡れた声が肉塊を通して響く。


「いくら切り裂いても、火炙りにしても、あらゆる毒や酸を用いても、お前は死なないのだな」とアルバッソスは引き抜いた剣に滴る血を見つめながら呟いた。

「まだ色々試せることはあるじゃないか。石打ちとか、電気も氷漬けもまだだ。斬首、それに首吊り」

「どこに首があるというのだ」


 突如肉塊が蠢き、形を変え、輪郭だけ女の体を模した。とはいえ、髪や目や爪でさえ肉でできており、大した違いはない。


「これでどうだ?」と肉塊の女はアルバッソスを見下ろして微笑む。

「どうだも何も形を変えられる者に首吊りも何もない」アルバッソスは零れた血に足で砂をかける。「一体どうしてそう楽しそうなのだ」

「殺されるのは初めてだからね」

「誰しもがそうだが、楽しそうにしていた者は見たことがない」


 肉塊の女の視線に気づいてアルバッソスも振り返る。館の召使いが広場の端で恐ろしそうに眉を顰め、人ならぬ者と会話する主と形だけ人を模した巨大な肉塊を見つめていた。アルバッソスは血振りをして剣を鞘に納めると召使のモトに赴いた。




「申し訳ありません。このようなところで」


 上流階級の者としてはありえべからざることだが、アルバッソスは館の門の外で二人の客を出迎える。

 男と女だ。王の使いを示す黄衣を身に着けている男は一歩たりとも館に入る気はないらしく、アルバッソスと正対するのがやっとという様子だ。首切り役人に対する態度など階級を問わず似たようなものだ。恐ろしくて、忌まわしいのだ。今にも陰から血に飢えた猟犬が飛び掛かってくるとでも思っているかのように緊張した面持ちだ。


「いえ、私の方に次の仕事があるので」と王の使いは短く答える。

 アルバッソスは男の方を、王の使いの方だけに尋ねる。「それで陛下は何と? 報告は滞りないはずですが」

「王は変わらずかの肉塊の処刑に成功する報せを待ち侘びております」王の使いは一呼吸を置く。「そして、それについて獣痕(マルゲラ)族の長が協力を申し出ており、王は許可を与えました」


 王の使いの不躾な態度に目を瞑るアルバッソスもその言葉には苛立ちを露わにする。


「私の仕事に蛮族が口を出す許可を陛下が与えたと?」

「恐れながら申し上げますが、処刑は王命であり、閣下とご一族に与えられた栄誉ある任務でしょう。私が王の代理人であるように、閣下もまた王の代理人であるはずです」


 そうでなければ人の血に汚れる仕事を引き受ける者などいない。

 アルバッソスはようやくもう一人の訪問者である女、マルゲラ族の長らしい女と向き合う。まるで御馳走を前にした犬のように浮足立った様子で、アルバッソスを上から下まで見つめて何度も往復している。


 アルバッソスは憎々し気に睨み返す。神ではなく奇妙な肉塊を崇める蛮族だ。長年王国と敵対してきたが、とうとう王に下った。崇めていた肉塊を接収されても抵抗せず、今では税に関するいくつかのささやかな条件を呑んだだけで自由に王領を闊歩している。


「具体的に、何を協力するというのです?」アルバッソスは再び王の使いに目をやる。

「さあ、私もそこまでは聞き及んでおりません」

(ミヴ)だよ。よろしくね」と蛮族の長は自己紹介し、続けて尋ねる。「歌や踊りは好きですか?」

「いや」


 アルバッソスは王の使いの方をじろりと見るが、王の使いはずっと目をそらしたままだ。


「では抱擁は?」と蛮族の女は両手を広げる。

「御免蒙る」本当は口もききたくなどないがアルバッソスは耐え忍ぶ。「忠告しておくが、我が館の内で丘の向こうに住む者の慣習など一切認めない。分かったか」

「分かった」と蛮族は愛嬌たっぷりに頷いた。


 まるで御馳走を食む許可を得るべく芸をする犬のように。




 結局、アルバッソスは蛮族の女に一切手出しさせないことにした。蛮族の女を館にあげるだけでも我慢ならないことであったが、仕事に関して助けを求めるよりはずっとましだ。

 清潔さや振舞いに関して適当に理由をつけて広場には近づけないようにした。結果、まるで客ではなく家族のように共に生活をする羽目になってしまい、召使いたちの不平は留まるところを知らなかった。やれ金切り声で歌う、やれはしたない格好で踊る、やれ所かまわず抱き着く、何とかしてくれ、とのことだ。

 たとえ主とて首切り役人だと恐れていた召使いたちがむしろ口数が多くなった。その全てが愚痴と待遇改善要求だったが。


 それならばと召使いと同様の仕事を与えると蛮族の長は少しも疑問を持たずに働き始めたのだった。召使いたちは蛮族をもてなすことと蛮族と共に働くことのどちらがより悪いか、答えを出せないまま日々を過ごすことになった。


 しかし今日も今日とて王の処刑者アルバッソスは何の成果も出せないでいる。鍛冶屋にありとあらゆる奇妙な道具を発注し、市場を巡って様々な魔術に使う風変わりな材料を買い漁り、肉塊を殺すために手を尽くすが何も変わらない。

 蛮族の女に協力を求めることを考えなかったわけではないが、自力で王命を成し遂げられず、蛮族の手を借りて遂行するなど永遠の恥であり、二度とそそぐことのできない家名の汚点となるだろう。

 そしてとうとう何も思いつかなくなった。


「まだ他にも処刑方法はあるだろう?」と砂の広場の主の如き肉塊は館の主に疑問をぶつける。「諦めるのはまだ早いよ」

「試せるものは試した。お前の言っていた他の処刑魔術はまず修めるのに時間がかかりすぎる」


 今日は傲慢なほどに晴れやかで、血の臭いも抑えられている。アルバッソスは秋の空を見上げて、剣の柄に縋り付き、大きな溜息をつく。

 そんなアルバッソスの憂鬱など気にも留めない者が現れる。


処す者(ユーラレイ)! 元気にしてた!?」


 大きな声を張り上げて蛮族の長が広場の真ん中へ駆けてくると、愛おしそうに肉塊に抱き着いた。肉塊は腕だけ生やしてかしましい女を抱きとめる。


「ぴんぴんしてるよ。あんたは大丈夫? 酷いことされなかった?」

「ううん。良くしてもらってるよ。王国の人はね、すごいの。色々な美味しい料理を作れるし、住処はいつもぴかぴかで、色んな魔法を知ってるんだよ。でも歌と踊りは苦手みたい、素面の時はだけどね」


 アルバッソスは蛮族の長が勝手に広場にやってきたことを咎めて追い返そうかとも思ったが、もはやそのような気力もなかった。

 毎度毎度王の使いは報告書を受け取ると、王はどう思ってるだの、王命はどうのこうのと飽きることなく嫌味を言い残して去って行く。もしかしたら報告書など誰も読んではいないのではないか、という気にもなっていた。しかし読んだところで何も変わり映えしないのもまた事実だ。


 アルバッソスは「知り合いだったのか」とだけ呟く。

 蛮族の長は楽しそうに答える。「当たり前だよ。ミヴはマルゲラの長で、ユーラレイの面倒を見る巫女なんだから」

「じゃあ何で協力を申し出てきたんだ。お前たちの神が死んでもいいのか?」

 蛮族の巫女は首を傾げる。「死なないと思うし、死んだら嫌だけど。そもそもミヴ、ちゃんと家事してるよ? みんなと一緒に。めしつかい、だっけ?」

「肉塊を処刑する方法を教えに来たんじゃないのか?」

「そんなの知らない」


 肉塊ユーラレイがくすくすと笑っている。

 王国の平時の処刑の全権を与えられた王命こそが一族の興りだ。蛮族の実質的な親玉を処刑できなかったではただの血に穢れた一族となってしまう。アルバッソスは他の何よりも価値のあるべき誇りを昂らせる。王命を果たせぬことに比べれば蛮族に頼ることなど恥でも何でもないはずだ、と己に言い聞かせる。


 アルバッソスは食いしばっていた口を開く。「ならば、この肉塊について、知ってることを全部教えてくれ。私はこの肉塊を殺さなくてはならないのだ」


 ミヴはにこやかに笑みを浮かべ、歌うように答える。


「伝承によるとユーラレイは古の獣の指先だよ。獣は不滅の存在だったけど地の底に追いやられてしまったの」

「そんなに大きな獣がいたら向こう千年、喰う物に困らないだろうな。だが獣は地獄行きというわけか」

「ううん。食べるのは獣の方。沢山の腕、沢山の手、沢山の指で人も獣も鳥も捕まえて食べるの。だから生きとし生けるものは死ぬ。古の獣の腹の中が死の国なんだよ」

「それは恐ろしいことだ」とアルバッソスは無感情に呟く。


 蛮族の悪夢じみた妄想など取るに足りないものだ。


「だからミヴたちはユーラレイを奉るの。空腹を誤魔化すために歌って踊って、どうしてもと言う時は捧げものをする。そうして生きてきたの」

「ならどうして取り返そうとしない? 大事な肉塊様が殺されようとしているぞ」

「私が止めてるんだ」と古の獣の指先ユーラレイが答える。「長年の殺し殺されが哀れでねえ。割と話の分かる奴だって聞いたんで王に和解を申し出たのさ。私を好きにしていいから、この子らには手出ししないでくれとね。まあ、私もあんたたちやこの子たちをずいぶん殺してきたけど」

「食ったのか?」


 ユーラレイはその禍々しい姿に反して透き通った声で高らかに笑う。


「いや、あんたと同じ、ただの処刑人さ。マルゲラ族にも掟を破る罪人はいる。その処刑を任されてきたんだ」

「ああ、あれやこれやと口出ししてきたのはそれか」とアルバッソスは小さなため息をつく。

「ここでも面倒を見れてミヴは嬉しいよ」と蛮族の巫女は目を輝かせて肉塊ではなくアルバッソスを見つめる。


「お前、私の目を盗んで肉塊に会っていたのか?」

 ユーラレイが豪快に笑って否定する。「そうじゃないよ。私だけが処刑者だったから、マルゲラ族にとって処刑者は神聖なのさ。私からすれば短い命をさらに短くするのは馬鹿々々しいけどね」


 つまり信仰対象を見る目で自分は見られていたのだ、とアルバッソスは気づき、居心地が悪くなる。


「王国では処刑は神聖じゃないの?」と蛮族の長はアルバッソスに問う。

「神聖どころか、忌避されている」とアルバッソスは呟く。「当然だ。死を忌避するのは人間のさがだ」


 アルバッソスは幼い頃を思い返す。良い思い出と言えるものはない。まるで自分たち自身が死であるかのように扱われてきたものだ。王命であり、家業は一族の誇りであるという言い聞かせは確かに己を誤魔化すことができた。しかし他の誰も誤魔化されはしない。


「じゃあアルバッソスがミヴを忌避するのは何故? ここに来てから今日まで全然話してくれなかった。ミブは処刑者じゃないよ? ミヴのこと嫌い?」


 思わぬ問いかけにアルバッソスは面食らう。


「それは、お前たちは、マルゲラ族は、長年敵対してきたから」

「今は敵対してない」

「野蛮な生活を送っていた。地を駆け回って、暴力的で――」

「狩人のこと? 戦士のこと? 王国にもいるよ」

「知識も知恵も信仰も――」

「今は都で生活している者もいる。読み書きを覚えて商売に成功した者も。信仰は王にも保証されている。それでも石を投げてくる者がいる」

「蛮族は――」

「蛮族でも何でもいいけど。今はミヴの話をしてるの」


 ミヴがアルバッソスの顔をつかみ、自身の方に顔を向けさせる。赤毛は燃え立ち、黒いつぶらな瞳が見つめ返す。アルバッソスにも何の獣か分からない白い毛皮を身に纏っている妙齢の女だ。


「すまない」とアルバッソスは呟いた。


 ミヴは納得できない様子だったが、手は放してくれた。


「あんたらの王も愚かだが、その点に関しては賢明だね」ユーラレイは静かに語る。「奴は私の魔法をよく知るとマルゲラ族に手出ししないことを約束したよ。何だってそうさ。知らなきゃ始まらないもんだ」


 何がおかしいのか他の誰にも分からなかったがユーラレイは笑う。

 家業が王に与えられたのは何代も前の話だ。当代の王が極力処刑を望んでいないことはアルバッソスもよく知っていた。


「お前を殺す方法を考えているのは私だけだろう」とアルバッソスは自嘲する。

「いや、本当のことを言えば、王も私の処刑をあらかた試したよ」とユーラレイが明かす。

「何!? 王自身がか!?」


 想像だにしないことだった。何のために処刑者の一族がいるのか分からなくなる。


「そうさ。殺すため、というよりは私の秘密を解き明かすため、だけどね」

「秘密? 王は何を求めているのだ」

「そうだね。王が試して、あんたが試していないのはこの肉を喰うことくらいさ」


 アルバッソスは己の耳を疑う。


「王が喰ったというのか? お前のような得体のしれない肉を!?」

「そうさ。何も珍しくはない。勝利者は支配を望み、支配者は永久の君臨を望むのさ。私の肉にそんな力はないんだけどね」


 アルバッソスはすぐに察する。目の前の肉塊が王には(とこ)()を約束する霊薬に見えたのだろう。


「不死か。お前のように不滅になろうと王は望んだのだな。そしてその力がないと知るや我が家に押し付けたのか。我が一族に永遠に不死者の面倒を見させようという腹か」

「面倒をかけるね」

「面倒じゃないよ」とミヴが肉塊に抱き着く。「ん? 何これ」


 ミヴが、肉塊が地面の接する辺りで傷からはみ出た札を見つけ、躊躇なく引き剥がした。




 その食卓にはアルバッソスとミヴ、そして一匹の犬がついていた。

 豪勢な食事の主役はよく焼けて、香辛料(スパイス)調味料(ソース)に引き立てられて香ばしい匂いを放つ肉塊だ。


「王は何とも言ってこないのか?」と犬が皿の上の肉を舐めながら尋ねた。

「ああ、別に何も真新しいことは報告していないからな。今日はこのような刑を試し、失敗しました。それだけさ」とアルバッソスは肉を切り分けながら答える。

「どうして?」とミヴが尋ねる。「ユーラレイを処刑したってことにできそうだけど」


 アルバッソスは肉を咀嚼する。味わい深いが少し硬く、臭みも強い。しかし調理方法によっては問題なく食べられる。もちろん不死の力は湧いてこないが。


 アルバッソスはいくつかの答えを思い浮かべ、適当なものを口に出す。「ユーラレイから知りたいことは沢山ある。処刑の魔術とか」

「別にそれは王に私の札のことを隠したままでもできるだろう?」とユーラレイは指摘する。

 ミヴがアルバッソスの顔を覗き込む。「ねえ、どうして? どうして処刑したことにしないの? 褒美がもらえるかもよ?」


 アルバッソスはミヴを見、ミヴを慕うだろう数多のマルゲラ族を想像する。

 しかしその問いに答えられるのはまだ先になりそうだった。

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